
高村光太郎の詩といえば、「僕の前に道はない/僕の後ろに道は出來る」(「道程」)や、「智恵子は東京に空が無いといふ、/ほんとの空が見たいといふ。」(「あどけない話」)といった詩句をまず思い出す。「火星が出てゐる」は、それらに比べるとあまり知られていないかもしれない。

しかし、彫刻を学ぶために米英仏へ留学し、西欧的な芸術観を身につけた一人の人間が、ふとした折に立ち止まり、何かを決断しようとするとき、日本的な思考が強くしみ出してくる。その様子が描かれているという点で、この詩はとても興味深い。
そのキーワードは、「自(おの)ずから然(しか)る」である。この言葉は、現代を生きる私たちにとっても大切な響きを持っており、「生の指針」ともなり得る。
火星が出てゐる。
要するにどうすればいいか、といふ問いは、
折角たどった思索の道を初にかへす。
要するにどうでもいいのか。
否、否、無限大に否。
待つがいい、さうして第一の力を以て、
そんな問に急ぐお前の弱さを滅ぼすがいい。
予約された結果を思ふのは卑しい。
正しい原因に生きる事、
それのみが浄い。
お前の心を更にゆすぶり返す為には、
もう一度頭を高くあげて、
この寝静まった暗い駒込台の真上に光る
あの大きな、まっかな星を見るがいい。