
歌を聞くとき、私たちはメロディーと歌詞の両方に注意を向けている。歌詞が好きでなかったら聞く気がしないし、メロディーが好みでなければ、歌詞は好きでも好んでその歌を聞こうとは思わない。
詩も歌と同じで、言葉が伝える「意味」と同様に、言葉の作り出す「音楽」も重要な要素。とりわけ、フランス語の詩では音楽性が重視される。
ところが、日本ではせっかくフランス語で詩を読みながら、詩句のリズムや音色に注意を払わず、意味にばかり注目する傾向にある。
意味が不明な詩を選び、あれこれとひねくり回して意味を考えたりもする人たちさえいる。
素晴らしい詩を読みながら、詩句の美しさには無関心ということもさえある。
歌詞とメロディーの両方を好きでなければ歌を好んで聞こうとは思わないように、意味と音楽の両方を好きでなければ詩を好きにはなれないし、意味の理解もままならない。
せっかくフランス語で詩を読むのであれば、詩句の奏でる音楽も楽しみたい。
そんな思いで、ここでは、フランス語の詩句のリズムと音色について、考えてみたい。
つまずきの原因
フランス語の発音を最初に学習する際、日本人にとってポイントとなるところを外し、それほど本質的ではないことにこだわることがある。
それがフランス語学習のつまずきの元だし、詩を読むための妨げにもなる。
(1) 音節ではなく、個々の音にこだわる

フランス西部にある都市の名前 ナント。
フランス語の綴りと発音は以下の通り。Nantes [ nɑ̃t ]。
日本語は子音だけで独立した音はなく、子音の後ろには必ず母音(a, i, u, e, o)がつく。
そのために、ナントの場合、na-n-toのように、3音節に聞こえる。
それに対して、フランス語の発音では、母音は [ ɑ̃ ]の一つ、つまり一音節の言葉。
日本人の習性として、最後の子音に母音を付け足す癖を直すのは結構難しい。
それに対して、発音を教える時、日本語にはない鼻母音 [ ɑ̃ ]の音にこだわり、鼻から音を抜くとか、いろいろな説明をし、フランス語の発音は難しいと思わせてしまう。
その一方で、音節の違いには注意が向かず、たとえ鼻母音がうまく発音できたとしても、[ nɑ̃-to ]と2音節で発音することもある。
音節数が狂っては、発音も通じにくいし、話を聞いてもスピードが早く感じられ、うまく理解できないという事態が生じやすい。
また、詩を読むときにも、音節の意識がなく、詩句のリズムを感じにくくする原因になる。
(2)意味を考えずに発音する

フランス語の動詞は複雑な活用をするために、初級者は動詞の活用を覚えることを強いられる。
Je suis, tu es, il est ; j’ai tu as, il a …..
この発音をしている時、誰が意味を考えるだろか?
Je suisという音は、その後、私がどういう人間か、どういう気持ちか等々、私についてのなんらかの発言をする際に使われるはず。
しかし、そんな意味は考えず、ただ、je suisの後に、tu es と口にする。
読む練習をする時もだいたい同じように、意味を考えず、音だけを「正しく」出そうとする。それでは、音と意味が完全に切断されてしまう。
日本の外国語学習が効果を挙げられず、小学生から英語の授業を受けながら、多くの生徒や学生たちが英語を使えないままでいる原因が、こうしたところにもありそうである。
詩に酔うために「詩句の意味と音楽の融合」は不可欠なのだが、動詞の活用の練習は、そうした融合と反対の方向に向かって学習者たちを導いていく。
詩句のリズム
普段あまり意識しないのだが、言葉の意味とリズムは密接に関係している。
日本語では5/7/5 7/7といったリズムが気持ちよく響くが、5 / 7の区切りに意味が対応していることが、意味の理解にとって重要な要素になっている。

例えば、小野小町の有名な和歌。リズムと意味の対応が崩れると、意味がわかりにくくなる。
おもひつ/つぬれば/やひとのみ/えつらむゆ/めとし/りせばさ/めざらま/しを
(これを5/7のリズムに戻すと、意味が理解できる。)
おもひつつ/ぬればやひとの/みえつらむ ゆめとしりせば/さめざらましを
あなたのことを思いながら眠りについたので(「眠(ぬ)ればや」)、あなたが夢に現れたのだろうか。もし夢だとわかっていれば、夢から覚めなかったのに。
リズムが狂い、言葉の流れの切れ目が違うと、意味は全くわからなくなる。
この例と同じように、フランス語でもリズムと意味は対応している。
(1) 12 = 6 // 6 = 最も基本的なリズム
12音節の詩句の場合、6//6のリズムが基本になる。
Fourmillante cité ( 6) // cité plaine de rêves (6)
蟻のように人々がうごめく街 // 街は夢に満ちている
Baudelaire, « Les Sept vieillards »

このように6音節目の後ろにセジュール(césure:切れ目)が入り、6/6のリズムが刻まれる。
そして、そのリズムと詩句の意味が対応する。
(2)6 // 6のリズムを壊して、ヴァリエーションを加える。Enjambement(区またぎ)
6//6のリズムで続く詩句は均整が取れて美しいのだが、しかしあまり続くと単調に感じられることにもなる。
そのために、時にはリズムを変化させ、そのリズムに合わせて意味にスポットライトを当てることもある。
6//6に区切れを超えたり、一つの行の終わりを超えて次の行にまで意味が続く場合、「句をまたぐ」と言われる。
A. 1行の詩句の中での句またぎ(enjambement)
意味の塊が6音節の言葉の表現とずれ、例えば、3/9のようになることがある。
1 2 3 / 4 5 6 // 7 8 9 10 11 12
Nous voulons (3) / tant ce feu (3) // nous brûle le cerveau (6)
plonger au fond du gouffre, (6) // Enfer ou Ciel, qu’importe (6)
我々が望むことは、この火が私たちの脳髄を燃やす限り、
深淵の底に潜ること。地獄だろうと、天国だろうと、どちらでもいい。
Baudelaire, « Le Voyage »

最初の一行は、nous voulons (3)でいったん意味が切れ、次の tant ce feu nous brûles le cerveau (9) が一つの意味の塊を作る。
そこで、6/6のリズムから、3/9のリズムになる。
そのことで、通常のリズムである6の後半の3の音(tant ce feu )にスポットライトが当たる。
B. ルジェ(rejet):次の行に跨がる句またぎ
詩句の意味のつながりが、一行では終わらず、次の行の最初の言葉まで続くことがある。
その場合、前から続く次の行の言葉を、「送り語(ルジェ・rejet)」と呼ぶ。
1 2 3 4 5 6 // 7 8 9 10 11 12
1 2 3 / 4 5 6 // 7 8 9 10 11 12
Madame, il faut poursuivre (6) ; il faut vous informer
d’un secret (9), / que mon cœur (3) // ne peut plus renfermer (6)
奥様、続けなければなりません。知ろうとしなければなりません、
ある秘密を。私の心は(それを)閉じ込めておくことができないのです。
Racine, « Phèdre »

1行目の後半の6音節の言葉(il faut vous informer)の意味は、次の行の「ある秘密(d’un secret)」と繋がっている。
そのことは、動詞 s’informer de…(・・・を知ろうとする)という表現の、動詞と前置詞の繋がりからも明らかである。
この句またぎにより、2行の詩句のリズムは、6// 9(6/3) / 3 //6になる。
その結果、2行の目の最初の言葉がルジェ(送り語)の位置に置かれ、 D’un secret(秘密)にスポットライトが当たる。
C. コントル・ルジェ(Contre-rejet):最初の行の最後の言葉が次の行の文を導く句またぎ
ルジェ(送り語)とは逆に、前の行の言葉が短く、次の行の文を導くこともある。
1 2 3 4 5 6 // 7 8 9 10 / 11 12
1 2 3 4 5 6 // 7 8 9 10 11 12
Souvenir , Souvenir (6), // que me veux-tu ? (4) / l’automne (2)
faisait voler la grive (6) // à travers l’air atone (6)
思い出よ、思い出よ、お前は私に何を望むのだ? 秋は
ツグミを舞い上がらせた、色あせた空の中に
Verlaine « Nevermore »

この詩句では、最初の行の最後の言葉 l’automne(秋)が、次の行の文の主語となる。
このように、最初の行の言葉が短く、次の行の関係する文が長い場合、最初の行の言葉はコントル・ルジェ(逆句またぎ)の位置にあることになる。
その詩句のリズムよって、意味的に「秋」にスポットライトが当てられていることが明らかになる。

12音節の詩句の場合、基本的なリズムは 6 // 6になる。
その上で、6音を分割し、一部を次の6音と繋げるなどして、ヴァリエーションを付ける。
それは単にリズムの変化というだけではなく、意味と関係する。
それが詩を理解する上で重要な要素になる。
基本のリズムから外れた部分にはスポットライトが当たる。
そのライトは、ここがポイントだと詩人が読者に示す合図に他ならない。
その意味でも、歌詞とメロディーからなる「歌」と同じように、詩句の音楽と意味は密接に結びついている。
詩句の音楽性のもう一つの要素である「音色」についても同様であり、母音や子音の作り出す音色に耳を傾けることで、詩の理解が深まり、詩を読む楽しみも増す。
(フランス語の詩の音楽性 その2:詩句の音色参照)
フランス詩法の全体像については、以下の項目を参照。
フランス語の詩を読むために
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