
孤独と死への思いを具体的なイメージとして夢想したことを終点として、自分の内面を見つめる場面は終わりを迎え、意識は外に向く。夜が来たことに気づき、そして、部屋から下に降り、通りに溢れる群衆の中へと入って行く。
— Ainsi va ma pensée, et la nuit est venue ;
Je descends, et bientôt dans la foule inconnue
J’ai noyé mon chagrin :
Plus d’un bras me coudoie ; on entre à la guinguette,
On sort du cabaret ; l’invalide en goguette
Chevrote un gai refrain.
(朗読は5分18秒から)
— こんな風にぼくの思いは進み、そして夜がやって来た。
ぼくは階を降り、すぐに、見知らぬ群衆の中に、
悲しみを溺れさせた。
何本もの腕がぼくを肘で突く。みんな、安酒場に入る。
キャバレーから出てくる。ほろ酔い気分の傷痍兵が、
かすれた声で、陽気な小唄を口ずさむ。

この場面は、詩の冒頭の、「夏の日曜日の夕方6時ころになると人々はせわしなく家を出て野原へ遊びに向かう」という場面と対応し、フランスで日が沈むのは8時過ぎだと思われるので、「ぼく」は2時間以上、窓の鎧戸を閉めて部屋に閉じこもっていたことになる。
そして、夕方の太陽が全てを黄色に染める間に浸っていた夢想が終わり、通りに出て行くと、そこには群衆が溢れている。彼らはみんな酔っ払い、歌声も聞こえる。
「ぼく」の心の中の孤独な思いとは正反対の世界が、そこには広がっている。
次に続く最後の詩節から、読者は何を読み取るだろう?
Ce ne sont que chansons, clameurs, rixes d’ivrogne,
Ou qu’amours en plein air, et baisers sans vergogne,
Et publiques faveurs ;
Je rentre : sur ma route on se presse, on se rue ;
Toute la nuit j’entends se traîner dans ma rue
Et hurler les buveurs.
あるのはただ、歌や叫び声、酔っ払いの喧嘩、
あるいは、人目につく恋、恥じらいのない口づけ、
人目もはばからぬ情事だけ。
ぼくは家に戻る。道では人が押し合い、殺到している。
夜のあいだじゅう、ぼくの通りで聞こえるのは、よろめき歩き、
わめき散らす、酔っ払いたちの声。

通りに出た「ぼく」の前で繰り広げられるのは、酔っ払いの大声や、恋人たちのあけすけな行動だけ。
そして、その騒動は、家に戻っても続く。部屋の中から外の大騒ぎがはっきりと聞こえ、夢想に戻ることもない。太陽が沈むのと一緒に、黄色い夢想も消え去ってしまったのだ。
では、「群衆の中での孤独」と「夢想の中での孤独」との対比を際立たせるこの最後の場面から、現代人は何を読み取るのだろうか?
jauneという色彩 にこだわりながら、もう一度最初から « Les Rayons jaunes » を読み直してみると、自分なりの答えが見つかるかもしれない。
「黄色い光線」は、サント・ブーヴが1829年に刊行した『ジョゼフ・ドロルムの生涯と詩と思想(Vie, poésies et pensées de Joseph Delorme)』の中に収録されている。
そこで、サント・ブーヴは、ジョゼフ・ドロルムという架空の詩人を作り出し、自らの詩論と詩を収録しているのだが、「黄色い光線」には、以下のような注釈が付けられている。
Cette pièce est peut-être, de toutes celles de Joseph Delorme, celle qui a essuyé dans le temps le plus de critiques et d’épigrammes. Diderot a dit quelque part (Lettres à mademoiselle Voland) : « Une seule qualité physique peut conduire l’esprit qui s’en occupe à une infinité de choses diverses. Prenons une couleur, le jaune, par exemple : l’or est jaune, la soie est jaune, le souci est jaune, la bile est jaune, la lumière est jaune, la paille est jaune ; à combien d’autres fils ce fil ne répond-il pas ?… Le fou ne s’aperçoit pas qu’il en change : il tient un brin de paille jaune et luisante à la main, et il crie qu’il a saisi un rayon du soleil. » Le rêveur qui laisse flotter sa pensée fait quelquefois comme ce fou dont parle Diderot : ainsi, ce jour-là, Joseph Delorme.
この作品は、おそらくジョゼフ・ドロルムの全作品の中でも、かつて最も多くの批判や警句を浴びた一篇である。ディドロはどこかで(『ヴォラン嬢への書簡』)次のように述べている。
「ただ一つの感覚的な性質が、それについて思索する精神を、無限に多様な事物へと導くことがある。たとえば一つの色、黄色を取ってみよう。金は黄色、絹は黄色、キンセンカは黄色、胆汁は黄色、光は黄色、藁は黄色。この一本の糸が、いったいどれほど多くの他の糸につながっていることだろうか?… 狂人は、自分がその糸を取り替えていることに気づかない。彼は、黄色く光る一本の藁を手にして、太陽の光線をつかんだのだと叫ぶのである。」
思考を漂わせる夢想家も、ときにディドロの語るこの狂人と同じことをしてしまう。あの日のジョゼフ・ドロルムが、まさにそうだった。
もしすべてのもの、例えば黒いはずの胆汁(bile)でさえ、黄色に見えるとしたら、それは見る人間がそのように見るからである。比喩的に言えば、一本の藁(un brin de paille)を手に取り、太陽の光線(un rayon du soleil)をつかんだと言う、ということになる。
こうした見方は、人間の心の内面を何よりも重視することにつながり、主観性を重視するロマン主義文学の、フランスにおける始まりを告げる作品の一つであることを示している。
つまり、古典主義の時代には取り上げられることがなかった、ごく普通の個人の日常生活を通して、内面的な不安や病的な振る舞いを描き出し、韻文詩「黄色い光線」のテーマとしたのだった。

最後に、詩作品に対するサント・ブーヴの姿勢が、批評家としてのあり方と密接に関係していることを指摘しておこう。
つまり、彼が目指したのは、「社会的な自己」ではなく、「内面」であり、それが彼にとっての「人間」だった。

評論家としてのサント・ブーヴに大きな影響を受けた小林秀雄は、次のような考察をした。
彼(サント・ブーヴ)が常に文学の源泉に向かって棹(さお)をさしたのは、趣味や教養によってではない、「寛大である為には、あまりに鋭敏な」彼の辛い資質によってである。そして川上に彼は人間を発見した。(中略)
「現代の主なる著者達について書くことは、僕には殆ど不可能になっている。僕はもう長い間彼等の著書なぞに構わず、彼等の人間を直かに判断し、彼等のぎりぎりの言葉を捕えようと努力して来た。この種の考察は人間にあまり近付き過ぎているから、僕等の生きている間に印刷する事が適わぬ」。
そういう「人間」を彼は発見した。人間とは何んと非人間的な意匠を纏(まと)うのが好きな生き物であろう、と彼は苦々し気に言ったかも知れない。
(小林秀雄「『我が毒』について」1939年)
サント・ブーヴが捉えようとしたのは、「人間」だった。その「人間」が様々な意匠=趣向を凝らし紡ぐ言葉が文学であり、そのぎりぎりの言葉を捉えるのが批評家であり、さらに言えば、私たち一人一人の読者なのだ。
そして、「黄色い光線」の読解を通して理解してきたことを参考にすると、ここで言う「人間」とは、鎧戸を閉じて夢想に耽ったり、家の外の通りを行き交う群衆たちに交じり疎外感を感じる、「心理的な存在」だということがわかってくる。
そのように考えると、ロマン主義芸術の中心には、内面を持つ「人間」があったことがわかってくる。
そして、当時の作品を読むことは、「非人間的な意匠」をまとった「人間」を発見し、対話することだということになる。