
私たちは様々なものに心を動かされる。感動する経験は、誰にでもある。小林秀雄は、そうした生(なま)の感情の動きが、そのまま芸術になるわけではないことを、読者である小・中学生にもわかりやすく説いていく。
私達の感動というものは、自(おのずか)ら外に現れるものだ。顔の表情となって現れたり、叫びとなって現れたりします。そして、感動は消えて了うものです。だが、どんなに美しいものを見た時の感動も、そういうふうに自然に外に現れるのでは、美しくはないでしょう。そういう時の人の表情は、醜く見えるかも知れないし、又、滑稽(こっけい)に見えるかる知れない。そういう時の叫び声にしても、決して美しいるのではありますまい。例えば諸君は悲しければ泣くでしょう。でも、あんまりおかしい時でも涙が出るでしょう。涙は歌ではないし、泣いていては歌は出来ない。悲しみの歌を作る詩人は、自分の悲しみを、よく見定める人です。悲しいといってただ泣く人ではない。自分の悲しみに溺(おぼ)れず、負けず、これを見定め、これをはっきりと感じ、これを言葉の姿に整えて見せる人です。
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