小林秀雄 「美を求める心」 3/3

黒白のポートレート写真で、スーツを着た男性が椅子に座り、真剣な表情をしています。背景には書籍が並んでいます。

私たちは様々なものに心を動かされる。感動する経験は、誰にでもある。小林秀雄は、そうした生(なま)の感情の動きが、そのまま芸術になるわけではないことを、読者である小・中学生にもわかりやすく説いていく。

私達の感動というものは、自(おのずか)ら外に現れるものだ。顔の表情となって現れたり、叫びとなって現れたりします。そして、感動は消えて了うものです。だが、どんなに美しいものを見た時の感動も、そういうふうに自然に外に現れるのでは、美しくはないでしょう。そういう時の人の表情は、醜く見えるかも知れないし、又、滑稽(こっけい)に見えるかる知れない。そういう時の叫び声にしても、決して美しいるのではありますまい。例えば諸君は悲しければ泣くでしょう。でも、あんまりおかしい時でも涙が出るでしょう。涙は歌ではないし、泣いていては歌は出来ない。悲しみの歌を作る詩人は、自分の悲しみを、よく見定める人です。悲しいといってただ泣く人ではない。自分の悲しみに溺(おぼ)れず、負けず、これを見定め、これをはっきりと感じ、これを言葉の姿に整えて見せる人です。

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小林秀雄 「美を求める心」 2/3

オフィスでカメラに向かって座っている男性のモノクロ写真。男性はグレーのスーツを着ており、背後には本棚が見える。

「美しいもの」というとき、私たちは、目に見えるものや耳に聞こえてくるものを思い浮かべるのではないだろうか。花を見て美しいと思う。あるいは、好きな音楽でなくても、楽器の音を聞いただけで美しいと感じることがある。そうしたとき、大切なのは、その美しさを説明することではなく、まず美を感じることだと、小林秀雄は強調する。

美しい自然を眺め、或(あるい)は、美しい絵を眺めて感動した時、その感動はとても言葉で言い現せないと思った経験は、誰にでもあるでしょう。諸君は、何んとも言えず美しいと言うでしょう。この何んとも言えないものこそ、絵かきが諸君の眼を通じて直接に諸君の心に伝え度(た)いと願っているのだ。音楽は、諸君の耳から這入って真直ぐに諸君の心に到り、これを波立たせるものだ。美しいものは、諸君を黙らせます。美には、人を沈黙させる力があるのです。これが美の持つ根本の力であり、根本の性質です。絵や音楽が本当に解るという事は、こういう沈黙の力に堪える経験をよく味(あじわ)う事に他なりません。ですから、絵や音楽について沢山の知識を持ち、様々な意見を吐ける人が、必ずしも絵や音楽が解った人とは限りません。解るという言葉にも、いろいろな意味がある。人間は、いろいろな解り方をするものだからです。絵や音楽が解ると言うのは、絵や音楽を感ずる事です。愛する事です。知識の浅い、少ししか言葉を持たぬ子供でも、何んでも直ぐ頭で解りたがる大人より、美しいものに関する経験は、よほど深いかも知れません。実際、優れた芸術家は、大人になっても、子供の心を失っていないものです。

絵画や音楽の場合には、感じることが大切だと言われれば、その通りだと思う。しかし、言葉によって成り立つ文学の場合はどうだろう。言葉を理解することなしに、文学の美を感じることができるのだろうか。小林は、次に、こうした疑問に答えていく。

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小林秀雄 「美を求める心」 1/3

黒白のポートレートで、スーツを着た男性が座っている。後ろには本棚があり、商談中のように見える。

小林秀雄の「美を求める心」は、小学生や中学生に向けて、「美」を感じる際の心得をやさしく語ったエッセーだと考えられている。

私が驚くのは、子供たちに絵画や和歌、詩を理解することだけでなく、そうした芸術の美を感じる方法についても語っていることだ。しかし、それと同時に、1957年(昭和32年)、つまり今から約70年前には、これほど硬質な文章でも子供たちに向けたものとして通用したという事実にも驚かされる。現在であれば、こうした文章は、高校生や大人の読者を対象としたものと考えられるだろう。それほど、文章を読み解く力の水準が低下しているのではないかと思ってしまう。

他方で、「美を求める心」で展開される小林の勧めが、知識を持たず、素直に芸術作品に向き合うといった、単なる体験主義として理解されてしまうのではないかという懸念も拭えない。「美術や音楽に関する本を読むことも結構であろうが、それよりも、何も考えずに、沢山見たり聴いたりする事が第一だ」という、冒頭に出てくる言葉は、そうした反知性主義や経験第一主義といった誤解を招く余地を残している。

しかし、「何も考えずに」という言葉をそのまま受け取ってしまうとしたら、なぜ小林が「何を措(お)いても、見ることです。聴くことです」と、「見ること」や「聴くこと」をあれほど強調するのかが理解できなくなる。小林がこのエッセーで子供たちに伝えようとしているのは、まさに「見ること、聴くこと」の難しさなのだ。そして、その難しさを通して、「理解する」とはどういうことか、「感じる」とはどういうことかを考え、子供たちを「美しい物の姿を正しく感ずる心を持った人」へと導こうとする。それが、彼の意図だったと考えられる。

ここでは、「美を求める心」を素読するようなつもりで、小林秀雄の言葉に触れていきたい。

近頃は、展覧会や音楽会が盛んに開かれて、絵を見たり、音楽を聴いたりする人々の数も急に殖えてきた様子です。その為でしょうか、若い人達から、よく絵や音楽について意見を聞かれるようになりました。近頃の絵や音楽は難かしくてよく判らぬ、ああいうものが解るようになるには、どういう勉強をしたらいいか、どういう本を読んだらいいか、という質問が、大変多いのです。私は、美術や音楽に関する本を読むことも結構であろうが、それよりも、何も考えずに、沢山見たり聴いたりする事が第一だ、と何時も答えています。

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太平洋戦時中のヒットラー像 

「変なはなしだと思われるかも知れません。まったく変なはなしです。しかし、それを変だと思わないほど、ぼくは日常そのことに慣れっこになっていたんです。いや、そうじゃない。今でこそ変だといいますけど、そのときには別に何とも思っていなかったんです。」

机の前に座る男性と積まれた本の画像

これは、昭和13年(1938年)に発表された石川淳の「マルスの歌」に登場する人物の言葉だ。
後から考えればおかしい、あるいは間違っていたと思えることでも、その渦中にある時には慣れてしまっていて、変だと思うことも疑問を持つこともない。そうしたことはしばしばあるし、むしろそれこそが普通なのだろう。

逆に言えば、それほど当たり前だと思っていることや常識を問い返すことは難しく、さらに言えば、後から振り返って「変だ」「間違っている」と言い、過去の当たり前や常識を批判することほど易しいこともない。かつての当たり前を非難する際に「今の常識も実は変かもしれない」と疑うことは難しいのに対し、今の常識とは異なる過去のものを批判することは容易だからだ。

そうした視点から第二次世界大戦中の日本におけるヒトラー像を振り返ると、当時の日本の「当たり前」が見えてくる。

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小林秀雄 「無常という事」 2/2 上手に思い出すこと

「無常という事」は、あるものを実感する姿勢(態度:1)と、それを理論的に説明しようとする姿勢(態度:2)という二つの対比を軸として論が展開されていく。その上で、後半では、この対比を前提に、「態度:2」を経た後で、いかにして「態度:1」を取り戻すかが考察される。

まず、鎌倉時代をめぐる「歴史」の考察に現れる、この二つの態度の対比を確認してみよう。

歴史の新しい見方とか新しい解釈とかいう思想からはっきりと逃れるのが、以前には大変難かしく思えたものだ。そういう思想は、一見魅力ある様々な手管(てくだ)めいたものを備えて、僕を襲ったから。一方歴史というものは、見れば見るほど動かし難い形と映って来るばかりであった。新しい解釈なぞでびくともするものではない、そんなものにしてやられる様な脆弱(ぜいじゃく)なものではない、そういう事をいよいよ合点して、歴史はいよいよ美しく感じられた。

ここでいう「歴史の新しい見方とか新しい解釈とかいう思想」は、明らかに「態度:2」に属する。

これに対して「態度:1」に属するのは、歴史を生きた現実として感じ取るあり方である。小林は、「歴史」は新しい解釈によって左右されるようなものではないと言う。

この「歴史」が「態度:1」に属することは、それまでの議論を踏まえると理解しやすい。一言で言えば、過去の出来事が現在の自分の経験の中に生きた現実として立ち現れてくるとき、それは小林のいう「歴史」となるのである。

小林はかつて、「出来事の意味や背景を理論的に説明し、解釈しようとする営み」(態度:2)に強く惹かれ、そこから離れることは難しいと感じていた。しかし、比叡山で『一言芳談抄』の断片を突然思い出し、その世界を生きた現実として感じ取った経験を通して、解釈ではなく実感として受け止められる「歴史」に、美を見いだすようになったのである。

したがって、「無常という事」で用いられる「歴史」という言葉は、単なる過去の事実や歴史学の対象ではなく、過去が現在の自己の経験の中によみがえり、生きた現実として感得されるもの、という意味で理解する必要がある。

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小林秀雄 「無常という事」 1/2 美はいかに経験されるのか

小林秀雄を読むのは、なかなか骨が折れる。高度な考察が書かれているらしいのだが、すっと理解できる文章ではないし、思考の流れも入り組んでいるように思われる。わからないまま、途中で投げ出してしまうこともあるだろう。

「無常という事」も、日本文化を理解するうえでキーワードとなる「無常」という言葉が題名に掲げられ、しかも2200字程度の短い批評なので、なんとか最後まで読もうと思うのだが、飛ばし読みしたり、途中で挫折してしまう読者も少なくない。

そこで、ここではまず、論理の組み立てをたどることから始めてみたい。
読み解くための第一歩は、「二つの対立する要素」が積み重ねられながら論が展開されている点に注目すること。語られている具体的な内容が、その二つのうちのどちらに分類されるのかを丁寧に区別していくのである。

その二項対立を意識したアプローチで読み進めていくと、小林の批評において中心的な意味を持つ「美」という言葉の本質が見えてくる。単なる字面にとらわれることなく、彼が言葉にどんな思想を託して読者に伝えようとしているのかが、徐々に理解できるようになるはずだ。

そして、「無常という事」という短い文章を理解することができれば、小林秀雄という日本を代表する批評家の思想の中核にも近づくことができるだろう。

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Sainte-Beuve Les Rayons jaunes サント・ブーヴ 韻文詩「黄色い光線」 4/4

孤独と死への思いを具体的なイメージとして夢想したことを終点として、自分の内面を見つめる場面は終わりを迎え、意識は外に向く。夜が来たことに気づき、そして、部屋から下に降り、通りに溢れる群衆の中へと入って行く。

— Ainsi va ma pensée, et la nuit est venue ;
Je descends, et bientôt dans la foule inconnue
J’ai noyé mon chagrin :
Plus d’un bras me coudoie ; on entre à la guinguette,
On sort du cabaret ; l’invalide en goguette
Chevrote un gai refrain.

(朗読は5分18秒から)

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人間の本質は変わらない 小林秀雄のランボー論と本居宣長論を例にして

年齢を重ね、ある時ふと過去を振り返ると、何かを感じ、考え始めた時期に興味を持ったものと同じものに、ずっとこだわり続けていることに気づくことがある。
そして、そんな時、自分の根底に流れている音楽――いわば、人生という楽曲を通して響き続けている通奏低音――は、変わらないものだと痛感する。

その一例として、小林秀雄(1902〜1983)を取り上げたい。

小林が東京帝国大学在学中に最も親しんだのは、フランスの詩人シャルル・ボードレールとアルチュール・ランボーであった。1926(大正15)年にはランボー論を大学の論文集に発表し、翌年にはランボーをテーマとした卒業論文を提出している。
他方、晩年に中心的に取り組んだのは、江戸時代中期の国学者・本居宣長である。『本居宣長』論は約11年にわたって雑誌に連載され、1977(昭和52)年に単行本として刊行された。

ランボーのような破天荒な詩人と、現在の日本でもしばしば参照される国学の基礎を築いた学者とでは、思想的にも表現方法の上でも全く異なっている。
フランスの近代詩や哲学から評論活動を始めた小林秀雄が、『源氏物語』や『古事記』の研究に生涯を捧げた宣長になぜ惹かれ、人生の最後の時期を費やしたのか――それは一見、不思議に思える。

しかし、ランボーと宣長という、まったく接点のない対象を扱った論考を通して、見えてくるものがある。
それは、小林秀雄の批評を貫いて響く通奏低音である。
対象は変化しても、小林の在り方は決して変わらない。ランボーも、宣長も、そして小林自身も、対象に対して外部から理性的にアプローチするのではなく、対象に入り込み、一体化しようとする。そして、そこにこそ創造が生まれる。

小林秀雄自身の言葉を手がかりに、その跡をたどってみよう。

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「疑う」ことの難しさ

昭和15(1940)年8月、小林秀雄は、日本が日支事変、つまり日中戦争に突入していく中で、「事変の新しさ」という記事を書き、次のように記している。

前に、事変の本当の新しさを知るのは難しいと申しました。何か在り合わせ、持ち合わせの理論なり方法なりえ、易しく事変はこういうものと解釈して安心したい、そういう心理傾向から逃れることは容易ではないと申しました。つまり疑うという事は、本当に考えてみますと、非常に難しい仕事なのであります。
      (小林秀雄「事変の新しさ」『小林秀雄全集 13』新潮社、p. 117.)

実際、自分がごく当たり前だと思うことを一端カッコに入れ、疑ってみることは、思っている以上に難しい作業だといえる。
その理由は、視野がある一点に向かうと、それだけを見て納得してしまうということがしばしばあるからだと思われる。

その例として、最近の国際情勢を見ていきたい。

アメリカがウクライナに対する軍事支援を中止する動きがトランプ大統領によって示されて以来、少なくともヨーロッパ・アメリカを中心とする世界において、平和に関する議論が変化しつつある。
そうした中で、核兵器に関する話題も取り上げられているのだが、日本とフランスで全く違った議論がなされている。

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小林秀雄 雪舟 絵画の自立性について

小林秀雄は、ボードレールから学んだ芸術観に基づいて、「近代絵画の運動とは、根本のところから言えば、画家が、扱う主題の権威或いは強制から逃れて、いかにして絵画の自主性或いは独立性を創り出そうかという烈(はげ)しい工夫の歴史を言うのである。」(『近代絵画』)と定義した。

要するに、一つの山を描くとして、モデルとなる山に似ていることが問題ではなく、絵画に描かれた山それ自体が表現するものが重要だということになる。

こうした考え方は、画家の姿勢だけではなく、絵を見る者の観賞の仕方とも関係している。
「雪舟」(昭和25(1950)年)の中で、小林秀雄が雪舟の山水画について語る言葉を辿っていると、実際、絵画の自立性という考え方に基づいていることがはっきりとわかる。

小林が見つめているのは、雪舟の「山水長巻」(さんすいちょうかん)。
全長16メートルにも達しそうな長い墨画淡彩の絵巻の中に、二人の男が散策する姿が描かれている場面がある。

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