
あるインタビューの中で、SF作家であり政治家でもある安野貴博が、興味深い指摘をしていた。
私はSF作家だからわかりますが、作家の思考回路と陰謀論を生成する思考回路はとてもよく似ている。脳みそに「妙に残っちゃう」ストーリーや、仮にそうだとしたら面白いと思うアイデアを生み出すところが(笑)。
https://books.bunshun.jp/articles/-/9738
確かに、単なる事実よりも陰謀論の方が「ロマン」があるように感じられるし、人間にとってフィクションと現実が切っても切れない関係にあることは確かである。
しかし、夢のあるサイエンス・フィクションとは異なり、悪をでっち上げ、それを攻撃することで成立する陰謀論は、決して社会を善い方向へは導かない。
いまや偽りの情報に対して、どれほど「正しい情報」を提示しても意味をなさない時代が到来している。「ポスト真実」という言葉さえ、すでに過去のものになりつつある。
こうした現状を踏まえ、ここでは「なぜ正しい情報は広がらないのか」という問いから出発し、「陰謀論のシステム」と「そこにハマる人々の心理」について、できる限り簡潔に考察していきたい。
なぜ「正しい情報」は広がらないのか
正しい情報そのものは、人を動かす力が弱い。その理由はどこにあるのか?
① 感情に触れない
事実を確認するだけの情報は、
- 正確
- 冷静
- バランスが良い
しかし、
- 面白くない
- 不安も安心も強く刺激しない
陰謀論
- 不安・怒りを刺戟する
- 私(たち)だけが知っているという優越感を生み出す
② 「認知のコスト」の違い
正しい情報:
- 複雑
- 条件付き
- 「場合による」
→ 理解するのにエネルギーが必要となる。
陰謀論:
- シンプル
- 一因一果
- ストーリー化されている
→ すぐ理解できる
③ アイデンティティの問題
人は情報ではなく「立場」で動く
- 自分は賢い側か
- 騙されていない側か
陰謀論は、「あなたは真実を知っている側だ」というポジションを与える
一方、正しい情報は、「あなただけが真実を知っている」というポジションではなく、誰もが共有できる事実しか伝えない。
陰謀論が作動するシステム
① 人間は、不確実な状況に置かれると:「意味」を作ろうとする存在。
- 経済が不安定
- 将来が読めない
このとき:
- 「よくわからない」状態は耐えがたい
- 何か理由が欲しい
ここで陰謀論は、「理由」と「物語」を与える。
②人間は偶然が苦手
たとえば:
- 株式市場が上下する
- なぜか損する
本来は偶然や複雑な要因がある。しかし心理は: 「そんなはずはない、何か理由がある」
ここで関連するのがデイヴィッド・ヒューム の問題意識」:
人は「因果関係」を過剰に見出す。
その傾向は、人間が生存するために発達させた「パターン認識能力」の副作用である。
③ 意図を考える
人間は進化的に、「背後に意志がある」と考えるようにできている。
それはなぜか?
- 草が揺れる
→ 風かもしれない
→ でも「敵がいる」と考えたほうが生存に有利
その結果:過剰に意図を読み取るクセ
ここで思い出されるのがフリードリヒ・ニーチェ の言葉:
「人間は出来事の背後に「意志」を作り出す」。
④ 陰謀論は不思議な安心を与える。
A) 通常の世界
- 複雑
- 予測不能
- 誰もコントロールしていない
→ 不安
B) 陰謀論の世界
- 誰かが操作している
- 敵がいる
怖いが理解可能。
つまり:「理解できない世界」より、「悪意のある世界」のほうが安心できる
⑤ 心理的補償作用
損をしたとき
- 自分の判断ミス
→ 受け入れにくい
陰謀論による心理的補償作用。
- 仕組まれていた
→ 自分は悪くない
ここで働くのが「自己奉仕バイアス」
⑥陰謀論は心理的報酬を与える。
2つの感覚
- 他の人は騙されている
- 自分は真実を知っている
ここから生まれる優越感とアイデンティティ。
これは単なる誤解ではなく、社会的なポジションでもある。
⑦陰謀論は構造的に強い。
- 敵がいる
- 因果が明確
- 善悪がある
→ 小説のように理解しやすい
一方、現実は:
- 多数の要因
- 偶然
- 誰も全体を支配していない
→ 理解しにくい
⑧陰謀論とは「偶然の世界に耐えられない人間の応答」
人間は常に「意図」を求めてきた。
- 古代:神の意志
- 近代:自然法則
- 現代:構造と確率
心理は常に、「意志(誰か)」を求める
⑨人が陰謀論を信じる理由
- 不安を減らしたい
- 偶然を嫌う
- 意図を読み取りたい
- 自分を守りたい
- 物語を求める
一言で言うと陰謀論は、「安心するための思考のショートカット」。
陰謀論にハマる人の心理
① 無知の自覚
「無知の自覚」ができるかどうかが、ほぼ決定的な違い。
これは決してハマりやすい人が無知で知的ではないということでは決してない。違いは、「心理的な耐性(不安への強さ)の差」にある。
■ ハマりやすい人
- 「わからない状態」が苦手
- 答えがないと不安
- 白黒つけたい
→ シンプルな説明に引き寄せられる
■ ハマりにくい人
- 「よくわからない」を保てる
- 答えが未確定でも耐えられる
→ 複雑さをそのまま受け入れる
これは哲学的には、ソクラテス の「無知の自覚」に近い態度。
② 単純化
■ ハマりやすい人
- すぐに原因を一つにまとめる
- 「これが原因だ」と言い切る
つまり、単線的な因果に納得する。
■ ハマりにくい人
- 複数の要因を考える
- 偶然や確率を含める
多層的な因果がることを理解し、物事を単純化しない思考を維持する。
③ 意図、原因探し
■ ハマりやすい人
- 出来事の背後に必ず意図を探す
- 「誰がやったか」を重視
- 世界は誰かがコントロールしているはず
- 大きな出来事には大きな原因がある
「大きな出来事には、それに見合う大きな原因(黒幕)があるはずだ」と信じ込む心理は、「比例バイアス(Proportionality Bias)」と呼ばれる。
例えば、「ケネディ暗殺のような歴史的大事件が、たった一人の青年の犯行であるはずがない」という心理であり、「出来事の大きさと原因の大きさを一致させようとする本能」に動かされていることになる。
■ ハマりにくい人
- 構造や仕組みで説明しようとする
- 「どうして起きたか」を見る
- 世界は部分的に無秩序
- 小さな要因の積み重ねで大きな結果が出る
違いは、意図中心 vs 構造中心か。
④ 自己奉仕バイアス
■ ハマりやすい人
- 自分の判断ミスを認めにくい
- 外部要因に帰属しやすい
→ここで働くのが「自己奉仕バイアス」
■ ハマりにくい人
- 「自分の判断も間違う」と前提する
- 責任を部分的に引き受ける
⑤ 確認バイアス
現代的に重要な点は、「確認バイアス」。
■ ハマりやすい人
- 自分の考えを強化する情報だけ集める
- 反対意見を排除する
■ ハマりにくい人
- 反対意見も一応検討する
- 「自分が間違っている可能性」を残す
⑥ 置かれている状況
思考は、一人一人が置かれている状況に左右される。
ハマりやすくなる状況:
- 不安が強いとき(経済・健康)
- 孤立しているとき
- 大きな変化の最中
こうした状況にある時、ハマる人は、単純化・意図化・確定化を求める。
ハマらない人は、複雑化・構造化・保留の意識を持つ。
⑤や⑥の心理的要因を加速させているのが、現代のSNSのアルゴリズム。
つまり、個人の資質(ハマりやすさ)だけでなく、「自分の見たい情報だけが流れてくる環境」が、確認バイアスを物理的に強化している。
アルゴリズムによって作り出される閉じた環境は、まさに、現代社会の構造的な問題にほからなない。
一言で言えば、悪を単純な原因の求め、すぐに結論を出すか、原因を一つにせず、自分の中に「わからない」を残すかが、陰謀論にハマるか、ハマらないかの違いになる。
「事実」はバラバラの点であり、「物語(陰謀論)」はそれをつなぐ線である。
人はバラバラの点(事実)だけでは生きられず、どうしても線(物語)を求めてしまう。
だからこそ、私たちは意識的に「線を引かない」クセを身に付けたい。