「数を数える」ことは誰もがいつもしている。しかし、そのことで、「見えているもの」が見えなくなることに気付くことは少ない。
家の近くには、アカとシロという地域ネコがいる。アカはキジシロだし、シロは白いネコ。性格も行動パターンも違うし、考え方もたぶん違っている。二匹にははっきりとした個性の違いがある。
そのネコたちについて誰かに話すとき、「家の近くに二匹のネコがいて」と言うのはごく普通のことだ。
その際、ネコがいることと同じ程度に、「2」という「数」に、言葉の焦点が当たる。そして、その時点では、アカとシロの違いは問題になっていない。
つまり、違うものを足し算する時、それぞれのもの自体の存在は「数」の後ろに追いやられていることになる。
アンリ・ベルクソンの『意識に直接与えられたものについての試論』(英語訳の題名『時間と自由』)を読んでいて、そうした「数」の不思議について気付かされる一節があった。
Il ne suffit pas de dire que le nombre est une collection d’unités ; il faut ajouter que ces unités sont identiques entre elles, ou du moins qu’on les suppose identiques dès qu’on les compte. Sans doute on comptera les moutons d’un troupeau et l’on dira qu’il y en a cinquante, bien qu’ils se distinguent les uns des autres et que le berger les reconnaisse sans peine ; mais c’est que l’on convient alors de négliger leurs différences individuelles pour ne tenir compte que de leur fonction commune.
( Henri Bergson, Essai sur les données immédiates de la conscience, chapitre II. )
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