What a wonderful world 「この素晴らしき世界」とその背景

ルイ・アームストロングが歌うWhat a wonderful worldは、「この素晴らしき世界」という曲名で日本でもよく知られている。
歌詞を辿ると、穏やかで美しい世界の様子が描かれ、« I see friends / shaking hands / saying,”How do you do ?” / They’re really saying / “I love you”と、愛を歌っている。

ほぼ同じ題名の曲( What a ) Wonderful world が、サイモンとガーファンクル、そしてジェームズ・テーラーによって歌われたことがある。
学校で勉強する色々な教科のことはよくわからない(Don’t know much about … )し、自分は成績がいい生徒(’A’ student)ではないけれど、でも、1+1が2ってことは知っているし、ぼくが君を愛していることも知っている、だから、その1が君と一緒で、君がその1である僕を愛してくれたらいいなと、こちらの歌も愛を歌っている。

どちらの場合も、youが大好きな君であるのが最初の意味だが、その背景にはもっと大きなyouがある。二つの曲の背景にあったのが、差別や偏見に満ち、戦争が起こり、人間と人間が対立する社会情勢だったことが分かると、歌の意味がもっとはっきりと伝わってくる。

最初に、ルイ・アームストロングとアート・ガーファンクルたちの歌を聴いてみよう。

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プロパガンダ 受け取った情報を他の人に伝えたいと思わせる方法

NHKのドキュメンタリー「映像の世紀 ゲッベルス 狂気と熱狂の扇動者」を見た。
ゲッベルスは、アドルフ・ヒットラーの下で、国民社会主義ドイツ労働者党(ナチス)が国民の熱狂的な支持を獲得するために大きな役割を果たした宣伝大臣。
NHKの番組紹介には、次のように書かれている。

ベッベルスのプロパガンダの方法は、SNSが通常のコミュニケーション手段となった現在において、そのまま通用する。

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カミュ 『シーシュポスの神話』 Albert Camus Le mythe de Sisyphe 幸福なシーシュポスとは

シーシュポスは、ギリシア神話の登場人物で、非常に賢いと同時に狡猾であるともされる。
彼は何度も神々を欺き、とりわけ、死の神タナトスを鎖で縛り人間の死を停止させたために、神々の激しい怒りを買ったエピソードが知られている。

そして、そうした神々に対する反抗のために捉えられ、地獄で罰を受けることになる。その罰とは、大きな岩を山の頂上まで運び上げるというもの。一旦頂上に近づくと岩は麓へと落下し、シーシュポスは再び岩を山頂まで運ばなければならない。そして、その往復が永遠に繰り返される。

アルベール・カミュはその古代ギリシア神話の登場人物を取り上げ、『シーシュポスの神話』と題された哲学的エセーの中で、「不条理(absurde)」という概念を中心にした思想を提示した。
シーシュポスは「不条理なヒーロー(le héros absurde)」なのだ。

不条理は人間の生存そのものであり、それは悲劇的なことだ。
しかし、その悲劇は悲劇だけでは終わらない。そのことは、エセーの最後が、「シーシュポスを幸福だと思い描かなければならない」という言葉で終わっていることでも示される。
ここでは、悲劇から幸福への転換がどのような思考によって可能になるのか探っていこう。

エセーは、シーシュポスの神話の概要を簡単に紹介することから始まる。

 Les dieux avaient condamné Sisyphe à rouler sans cesse un rocher jusqu’au sommet d’une montagne d’où la pierre retombait par son propre poids. Ils avaient pensé avec quelque raison qu’il n’est pas de punition plus terrible que le travail inutile et sans espoir. 

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カミュ 『ペスト』 Albert Camus La Peste 疫病や戦争を前にして、人はどう生きるべきか?

アルベール・カミュが1947年に出版した『ペスト』は、アルジェリアのオラン市を舞台にし、ペストが一つの町を外部の世界から隔離し、人々の生活を一変させてしまう様子をドキュメンタリー風に描いた小説。

実際、人類の歴史の中で、ペストは人間に何度も大きな災禍となってきた。カミュがそうした歴史を参照したことは確かだ。
それと同時に、この小説の中で、ペストはナチス・ドイツの象徴でもあった。そのことは、カミュ自身が証言している。
疫病と戦争には自然災害か人災かという違いはある。しかし、一般市民に甚大な被害をもたらすという点においては変わりがない。

ここでは、市中に広がる不安な病について、最初に「ペスト」という言葉が使われた時の記述をたどり、カミュがペストと戦争をどのようなものだと捉えていたのか探っていこう。

最初に出てくるベルナール・リューは、ペストに罹った多くの患者の治療にあたる医師であり、また、出来事の推移を綴る語り手でもある。彼は「私」という代名詞を使わず、三人称を使うことで客観的な視点を確保し、ペストの発生から収束までを年代記風に語っていく。

 Le mot de « peste » venait d’être prononcé pour la première fois. A ce point du récit qui laisse Bernard Rieux derrière sa fenêtre, on permettra au narrateur de justifier l’incertitude et la surprise du docteur, puisque, avec des nuances, sa réaction fut celle de la plupart de nos concitoyens. Les fléaux, en effet, sont une chose commune, mais on croit difficilement aux fléaux lorsqu’ils vous tombent sur la tête.

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鈴木大拙 宗教とは何か?

鈴木大拙は、禅の思想が世界的に知られるようになる上で、最も大きな役割を果たした宗教学者。

「世界人としての日本人」という自己認識を持つ大拙は、東洋と西洋を対立させる二元論に立つのではなく、二元論の根底にある「無」の思想を中心に置き、禅をはじめ日本の文化や思想を西洋に伝えた。
コロンビア大学で彼の講義を聴いた中には、作曲家のジョン・ケージや小説家のJ. D. サリンジャーがいた。サリンジャーの『フラニーとズーイ』の「鈴木博士」は、鈴木大拙のことだと言われている。

「宗教とは何か?」という問いに「正しい無限を感じること」と答える鈴木大拙の宗教観を、10分程度のインタヴューで知ることができる。

中村元 仏教の本質

中村元は、日本で初めて、初期仏教の仏典を原典から日本語に翻訳したインド哲学者、仏教学者。
「学ぶこと少ない者は牛のように老いる。その肉は増えるけれど、知恵は増えない。」(ダンマパダ)から始まり、「自己に頼れ、法に頼れ。」で終わるわずか10分のビデオだが、「学問は人々の役に立つ、生きたものでなければならない。」という言葉を実践した中村の言葉を通して、仏教の本質に触れることができる。

漢字の書き順 事実に基づく思考法

漢字に関するサイトを見ていると、「書き順が変わった!」とか、「正しい書き順は存在しないという衝撃的事実!」とか、興味を掻き立てる情報に数多く出会う。そして、さっと読み、素直にうなずいてしまうことがある。
とりわけ、「小学校に通う子供が自分とは違う書き順を学校で習ってきて驚いた」といった体験談が語られると、書き順が変わったという情報を確信してしまう。そして、驚きを共有すればするほど、その情報の真偽を確かめようとはしない。

では、真偽を確認するためには、どのようにしたらいいのだろか?

最初に考えることは、「書き順の変更」とか「正しい書き順」という言葉の前提には、「書き順の基準」があるはずであり、その基準はどこにあるのかという疑問を持つこと。
情報をそのまま信じるのではなく、根拠を問うことが大切になる。

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インターネット上での誹謗中傷 3/3 自由と責任

(4)自由と責任

インターネット上である書き込みが問題になると、一方では規制をすべきだという主張がなされ、他方では「表現の自由」を守るべきだという主張がなされる。
そして、その二つの主張は常に平行線をたどり、時間の経過とともにいつの間にか問題自体が忘れられてしまう。

また、その議論の中で比較的忘れられているのは、書き込みによって生じた事態に対する、書き込んだ人間の責任に関する問題。
匿名の書き込みの場合は行為の主体が明確でないために、責任がその主体に降りかかることはない。
実名が記され、書き込みの主が明確な場合でも、その状況はほとんど変わらない。内容に根拠がなく、事実とは異なっていたり、ただの思い込みが攻撃性を持ったものだったとしても、責任が問われることはまれである。
炎上することがあったとしても、「数」を増やすことにつながり、その時には批判されることがあるとしても、時間が経てば何事もなかったかのように同じ行為が繰り返される。

発信する「自由」は保障されているが、その内容に対する「責任」が明確に問われることはないというのが現状なのだ。

ここではまず、なぜそうした状況になっているのか考えてみよう。

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インターネット上での誹謗中傷 2/3 匿名と有名

(3)匿名と有名

インターネット上での誹謗中傷が、ネット空間における匿名性によると言われることがある。確かに、殺人予告など直接的に犯罪に繋がる書き込みの場合、氏名を特定できるシステムであれば、ある程度抑制できるに違いない。
しかし、悪口、暴言、根拠のない批難、感情的な意見などは、犯罪とは認定されないために、書き込んだ人間の名前が実名であっても減少しない可能性がある。

A. ネット空間上の匿名

すでに確認したように、書き込みに対して賛同する人間が多数存在することが、書き込んだ人間にとっては自己確認になり、正しい発信をしたという思いを強くさせる。
インターネット上に成立するのは、考えや感受性が類似した同質の雰囲気であり、実在しない架空の空間である。それだけに、異なる意見や感受性があったとしても、それらと交わり、妥協する余地はない。

そうした架空の同質空間内での共感は、「数」によって強化され、もしも「他」が意識化されたとしても、無視するか、否定される。

リアルな社会でも、同じ考えや感受性を持つ人間との交流が中心になるのは自然なことだが、ネット空間では、その傾向がより顕著なのだ。
そして、その空間内では、もし「名前」があったとしても、その名前を持つ「個人」との具体的な繋がりはない。その点で、リアルな世界とは全く異なる。

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インターネット上での誹謗中傷 1/3 数の力 同質性の中での共感

2024年のパリ・オリンピックでも、オリンピックに出場するために厳しい練習を積み、予選を勝ち抜いた選手たちに対して、映像を通して競技を見ているだけの人間たちが感情的なコメントを寄せ、攻撃性を発揮するという状況が見られた。
何かのきっかけがあれば、誰に頼まれたわけでもないのに、インターネット上で誹謗中傷を行い、時に殺害を予告するなどの行動は、現代社会の病いの一つだと考えられる。

そのための対策として、しばしば心理学的な説明が行われ、被害を受けた側だけではなく、攻撃する人間に対する対策も提案されている。

攻撃性の心理的原因
1)匿名性による安心感
2)集団への同調=没個性化
3)自己肯定感の低さからくる承認欲求、目立ちたがり
4)劣等感コンプレックスからくる嫉妬
5)承認欲求や嫉妬に由来する正義感
6)フラストレーションのはけ口

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