中島敦「山月記」 自尊心の心理分析

中島敦の「山月記」は、唐の時代の李景亮(りけいりょう)が編纂したとされる「人虎伝」を再話したものであり、「人虎伝」の主人公の詠じる漢詩がそのまま「山月記」の中に書き移されていることは、再話という創作技法を中島があえて明確に示していることの証だといえる。

では、人間が虎に姿を変える変身譚を物語の枠組みとして用いながら、中島は何を目指したのだろうか?

その問いに答えるためにも、まずは「山月記」の全文を読んでみよう。幸いなことに、あおぞら文庫で全文を読むことができるし、youtubeでは朗読(約21分)を聞くこともできる。
漢文の素養を駆使した中島敦の散文は難しいと思われるかもしれないが、朗読を聞きながら文章に目を通すと、リズムが心地よく、日本語の美を感じることができる。
https://www.aozora.gr.jp/cards/000119/files/624_14544.html

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フィリップ・ジャコテ 「冬の月」 「青春よ、私はお前を消耗させる」 Philippe Jaccottet « Lune d’hiver » et « Jeunesse, je te consume »

    グリニャン

フィリップ・ジャコテ(Philippe Jaccottet : 1925-2021)の詩は、非常に簡潔で透明な言葉で綴られながら、豊かなイメージの連鎖を読者の中に掻き立てる。
そんな詩は、彼が日本の俳句に興味を持っていたことと関係している。

ジャコテにとっての俳句とは、一見無意味に見える遠く離れたものの間に存在する隠れた関係を捉え、その関係を私たちに教えてれるもの。それを知ることで、私たち自身の人生が変わることさえある。
そんな考えを持つフィリップ・ジャコテは、2021年に亡くなるまで、南フランスのドローム県にあるグリニャンという小さな町に住み、身近な自然の光景を短く透明な言葉で綴ってきた。

ここでは、『アリア集(Airs)』に収められた« Lune d’hiver »(冬の月)を読んでみよう。

Lune d’hiver

Pour entrer dans l’obscurité
Prends ce miroir où s’éteint
un glacial incendie :

atteint le centre de la nuit,
tu n’y verras plus reflété
qu’un baptême de brebis

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フィリップ・ジャコテ 儚さのポエジー Philippe Jaccottet ou la poésie du petit rien

フィリップ・ジャコテ(Philippe Jaccottet)は、俳句から強いインスピレーションを受け、簡潔で直接的な言葉によって、山川草木や鳥や虫、季節の移り変わりを歌った。

『アリア(Airs)』 と題された詩集の冒頭に置かれた« Fin d’hiver(冬の終わり)»では、決して具体的な事物が描かれているわけではない。しかし、ジャコテの詩の根本に流れる通奏低音を私たちに聞かせてくれる。

まず、« Fin d’hiver »の最初の詩の第1詩節に耳を傾けてみよう。

Peu de chose, rien qui chasse
l’effroi de perdre l’espace
est laissé à l’âme errante

ほとんど何も無い 無が追い払うのは
空間を失うという恐怖
それが残されるのは 彷徨う魂

2行目の« l’effroi »(恐怖)は、1行目の« chasse »(追い払う)の目的語とも考えられるし、3行目の« est laissé »(残される)の主語とも考えられる。
そのどちらか(ou)というよりも、どちらでもある(et)と考えた方がいいだろう。

また、« rien qui chasse l’effroi …»(恐怖を追い払う無)という同格の表現によって補足された« peu de chose »(ほとんど何もない)が、«est laissé »の主語と考えることもできる。

このように、わずか三行の詩句が、巧みな構文上の工夫を施されることで、複数の解釈の可能性を生み出している。
そのことは、わずか17音で構成される俳句が、単純な事実の描写を超えて、深い人間的な真実を捉える可能性を持つことと対応していると考えてもいいだろう。

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現代の若者が使うフランス語

どの言葉も変化しますが、現代の若者たちのフランス語も次々に新しい言葉を作り出しているようです。

“Hassoul, ça veut dire tranquille”.
“faire belek, c’est faire attention”.
“un maxeur, c’est quelqu’un qui est toujours dans l’abus”.
“En chap-chap, c’est plus une expression ivoirienne, mais ça veut dire faire quelque chose de façon rapide”.
“J’ai dead ça” veut dire qu’on a réussi. 
“Je suis chockbar” signifie être choqué.

Il y a 40 ans, on demandait déjà aux jeunes ce que voulait dire “keufs” (policiers), lascars ou encore “gadjo” (jeune homme).

縄文土器・土偶 古代日本人の生命感

現代の私たちの目から見ても、縄文時代の土器や土偶は大変に魅力的な姿をしている。その魅力は、単に装飾的な奇抜さや美しさというだけではなく、何か呪術的な力を秘めているように感じられるところからも来ている。

縄文という名前は、発掘された土器に「縄目の模様」が付けられていたことから来ている。縄を複雑により合わせて模様を付ける技法は日本独自のものであり、模様の種類は百数十種類に及ぶという。

そのことは、「縄」が、新石器時代に日本列島に生きた人々の生活に深く入り込んでいたことの証だと考えられる。
縄は植物繊維を主な素材とし、繊維の束をより合わせて強度を高め、継ぎ足すことで長さを伸ばし、織ることで布を作ることもできる。縄文人は縄をよることで植物由来の素材を加工し、衣服など生活に必要なものを制作する一方、土器や土偶には縄を使い様々な模様を施した。

それらの土器や土偶を通して、縄文人の精神性の一端を知ることができないだろうか?
もしそれが可能であれば、8世紀初頭に『古事記』や『日本書紀』の中で文字によって表現された日本的心性の源泉を知ることに繋がるかもしれない。

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ミスタンゲット Je suis de Paris 1936年 ムーラン・ルージュの舞台

宝塚歌劇団がモデルにしたと言われているミスタンゲット。彼女が”Je suis de Paris”をムーラン・ルージュの舞台で歌った際の映像を見ることができる。

“Oui, je suis d’ Paris”

Quand on m’voit
On trouve que j’ai ce petit je n’sais quoi
Qui fait qu’souvent l’on me fait les yeux doux
Ce qui me flatte beaucoup.

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ムーラン・ルージュ  Le Moulin rouge

モンマルトルの夜を彩るムーラン・ルージュは、1889年のパリ万博のために立てられたエッフェル塔と同じ年、モンマルトルに作られたキャバレー。2024年には創設135年を迎える。

Le Moulin Rouge, 135 ans de danse et d’audace

Le célèbre cabaret du Moulin Rouge de Paris fêtera son 135e anniversaire, en 2024.
Au fil des années, l’établissement a tenté de garder ses valeurs, et parvient toujours à attirer de nombreux spectateurs.
Ses danseuses, spécialistes de French cancan et connues pour leur fort caractère, n’ont pas perdu un brin de souplesse.

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フランス近代絵画の概観 宮川淳『美術史とその言説』

フランス近代絵画の歴史について、宮川淳が非常にコンパクトにまとめて紹介したことがあった。
それは、1978(昭和53)年に出版された『美術史とその言説』の冒頭に置かれた「絵画における近代とはなにか」と題された章。わずか数ページの中で、ボードレールから始まり、マネ、セザンヌ、ゴーギャンを経て、フィヴィスムやキュビスムへと続く流れが、見事にまとめられている。

シャルル・ボードレールの美学

あらゆる美、あらゆる理想は永遠なものと同時にうつろいゆくものを、絶対的なものと同時に個別的なものをもっている。いやむしろ、絶対的な理想、永遠な美というものは実在しないというべきだろう。それはわれわれの情念から生まれる個別的な様相を通じてはじめて捉えられる抽象にすぎない。

エドワール・マネ

マネに見られる明るい色彩、技法の単純化、ヴァルールの否定、フォルムの平面化—それは「自然の模倣」としての絵画伝統に対する最初の大胆な挑戦にほかならない。

エドワール・マネ  「オペラ座の仮装舞踏会」
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日本人にはなぜ英語やフランス語の習得が難しいのか? 構文について考える

日本人にとって、英語やフランス語を習得するのは難しい。その理由は何か?

答えは単純明快。
母語である日本語は、英語やフランス語と全く違うコンセプトに基づく言語。そのことにつきる。

この事実は当たり前のことだが、しかし、日本語との違いをあまり意識して考えることがないために、どこがわかっていないのかがはっきりと分からないことも多い。
例えば、英語の仮定法と日本語の条件設定との本質的な違いを理解しないまま、if を「もし」と結び付けるだけのことがあり、そうした場合には、大学でフランス語の条件法を学ぶ時も、英語のifで始まる文と同様にsiで始まる文が条件法の文だと思ってしまったりする。

これは一つの例だが、ここでは問題を語順に絞り、日本語とフランス語の違いがどこにあり、日本語を母語にする人間にとって、どこにフランス語習得の難しさがあるのか考えてみよう。

ちなみに、これから検討していく日本語観は、丸山真男が「歴史意識の中の”古層”」の中で説いた、「つぎつぎに/なりゆく/いきおい」という表現によって代表される時間意識に基づいている。丸山によれば、日本人の意識の根底に流れるのは、常に生成し続ける「今」に対する注視であり、それらの全体像を把握する意識は希薄である。
そうした意識が、日本語という言語にも反映しているのではないかと考えられる。

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政治と金 悪者追求から問題解決へ

2023年12月に自民党の派閥が不正な会計処理をしていたことで、相変わらず政治と金の問題が何一つ解説していないことが明らかになった。
そして、これまで通り、マスコミやSNSでは悪者探しをして盛り上がり、しばらくすれば、別の話題へと関心が移っていくだろう。

そうした流れは、2019年参議院選挙において広島選挙区の河井夫妻選挙違反事件を思い出すとわかる。大規模な買収を行ったことが大きく取り上げられたが、彼らが断罪されただけで、選挙における金の問題は全く解決されないままで終わった。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%B3%E4%BA%95%E5%A4%AB%E5%A6%BB%E9%81%B8%E6%8C%99%E9%81%95%E5%8F%8D%E4%BA%8B%E4%BB%B6

今回も、安倍派と二階派の問題に矮小化され、何人かの悪者があぶり出されるという構図で、政治と金の本質的な問題は解決されない、ということが予想される。
その際、マスコミが政治家に都合のよいようにコミットすることもありうる。
ある記事を見ると、政治には金がかかるという前提で、「どうしてもお金がかかる、ということであれば寄付・献金・パーティではなく、政党交付金を増やす、公費で雇える秘書の数を増やすなど、ルールを変えることが有効だ。」という発言が、もっともらしく書かれている。
https://news.yahoo.co.jp/articles/1f12622560b068a52e33cc38282de48f25c2f65e

政党交付金に関しては、2021年には総額で317億7336万円が税金から支払われている。
議員秘書は、議員1名につき3名。秘書給与は総額で、2100万円。
その上、議員には、年間で、文書通信費1200万円と立法事務費780万円が割り当てられており、この二つは支出に関する公開義務がない。
https://bohemegalante.com/2023/03/20/cp-democratie-representative/
年間4080万円の税金が713人の国会議員(衆議院465名、参議院248人)に使われているにもかかわらず、上の記事では、さらに増額する提案がなされている。
その結果、不正を糺すという口実で政治改革なるものが行われ、議員にとって都合のいい方向に制度が改変される恐れさえある。

そうしたことを避けるためにも、感情に訴えるのではなく、事実に基づいた議論が必要になる。

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