ピエール・コルネイユ 感情に従う? 義務を果たす? 忠臣蔵 vs コルネイユ的英雄像

ピエール・コルネイユ(1606-1684)は17世紀を代表する劇作家であり、フランスでは現在でも彼の劇がしばしば上演されているし、紙幣の挿絵として彼の肖像画が使われたこともある。
それにもかかわらず、日本では翻訳があまりなく、代表作の『ル・シッド』でさえ容易に入手できない状態。
その理由はいくつかあるだろうが、一つには、コルネイユの芝居の表現する精神が、日本的な感受性にとっては受け入れがたかったり、反感を招くことがあるからだと考えられる。

たとえば、日本では「忠臣蔵」が大変に好まれる。12月14日は討ち入りの日として今でも人々の口に上ることがある。コルネイユの芝居の主人公たちは、こう言ってよければ反忠臣蔵的精神の持ち主。社会通念が課す義務を果たし、その社会において「あるべき」振る舞いをするヒーローとなる。そして、その姿は、17世紀フランスの社会が向かう方向性と軌を一にしている。

コルネイユの劇作家としてのキャリアは長く、30以上の演劇作品を書いているし、ヴァラエティーに富んでいる。初期の喜劇には16世紀後半から続くバロック的な要素が色濃く見られ、1640年前後になると古典主義的な悲劇の先駆けとなる作品が見られる。キャリアの後半になると、オペラの前身となるような作品や、大がかりな仕掛けを使った悲劇なども手がけた。
そうした中でも、私たちが現在あえて彼の作品に接するとしたら、1637年に初演された『ル・シッド』から始めるのが王道だろう。

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