ピエール・コルネイユ 感情に従う? 義務を果たす? 忠臣蔵 vs コルネイユ的英雄像

ピエール・コルネイユ(1606-1684)は17世紀を代表する劇作家であり、フランスでは現在でも彼の劇がしばしば上演されているし、紙幣の挿絵として彼の肖像画が使われたこともある。
それにもかかわらず、日本では翻訳があまりなく、代表作の『ル・シッド』でさえ容易に入手できない状態。
その理由はいくつかあるだろうが、一つには、コルネイユの芝居の表現する精神が、日本的な感受性にとっては受け入れがたかったり、反感を招くことがあるからだと考えられる。

たとえば、日本では「忠臣蔵」が大変に好まれる。12月14日は討ち入りの日として今でも人々の口に上ることがある。コルネイユの芝居の主人公たちは、こう言ってよければ反忠臣蔵的精神の持ち主。社会通念が課す義務を果たし、その社会において「あるべき」振る舞いをするヒーローとなる。そして、その姿は、17世紀フランスの社会が向かう方向性と軌を一にしている。

コルネイユの劇作家としてのキャリアは長く、30以上の演劇作品を書いているし、ヴァラエティーに富んでいる。初期の喜劇には16世紀後半から続くバロック的な要素が色濃く見られ、1640年前後になると古典主義的な悲劇の先駆けとなる作品が見られる。キャリアの後半になると、オペラの前身となるような作品や、大がかりな仕掛けを使った悲劇なども手がけた。
そうした中でも、私たちが現在あえて彼の作品に接するとしたら、1637年に初演された『ル・シッド』から始めるのが王道だろう。

忠臣蔵と日本的感性

忠臣蔵は、1748年に人形浄瑠璃の興行を行う大阪の竹本座で上演された『仮名手本 忠臣蔵』が大人気となり、現在まで人々の記憶に残り続けている。それほど日本的な感性に強く訴えかける理由は、どこにあるのだろう。

歌川広重 忠臣蔵 夜討二・乱入

物語は、元禄時代(1701)に実際に起こった赤穂事件をベースにしている。
江戸城の松之大廊下で、赤穂藩主の浅野内匠頭が吉良上野介に斬りつけた罪で、切腹を命じられ、浅野家はお取り潰しになる。その後、家臣の大石内蔵助以下47人が吉良邸に討ち入りし、敵討ちを果たす。

この事件に関して、当時の意見は二つに分かれていたという。
一方には、個人的な恨みによって、幕府の法を破った点を重く考え、浪人たちを非難する立場。
他方には、命がけで主君の敵を討った忠義を評価し、浪人たちを褒め称える立場。一般の大衆はこちらの意見を評価した。
この二つの意見が、「忠臣蔵」の中に内在する精神性を教えてくれる。

浅野が吉良に斬りつけたのは私的恨みからであり、江戸城内で殺傷沙汰を起こすことは、幕府の方針に反し、公的な秩序を乱す行為である。
赤穂浪士たちは浅野の私的感情を引き継ぎ、吉良邸に討ち入る。それは公的秩序への挑戦であり、町人たちは幕府の課す法への反乱を支持したことになる。
そして、その正当化として提示されたのが、「主人に対する忠義」。それ自体は儒教的な公的倫理観に従ったものであり、幕府も否定することはできない。従って、大石たちは、公的秩序の中で、私的感情を満足させることになる。

しかも、そこにもう一つの要素が加わる。それは「集団性」や「団結感」。
大石内蔵助が個人的な英雄行為の結果、仇討ちを果たすのではない。仇討ちまでの過程では、浪士のそれぞれに恋物語、親子の情、放蕩などがある。しかし最後はそうした全てを乗り越え、四十七士が団結し、一つに結ばれた集団を形作る。その所属感が、日本的な心性にとっては、素晴らしく感じられる。

「忠臣蔵」の魅力は、このように、公の倫理よりも私の感情を優先させながら、しかも私の感情の下にみんなが集まり、目的を達成するというところにあることがわかる。
幕府という一般化された秩序には従わないが、「私」の君主には命がけで従う。しかも、個人ではなく、みんなで一致して行動する。
「忠臣蔵」を愛する日本的な心は、「私」の感情を優先させながら、集団性を重んじる精神性を持っているのだといえる。

『ル・シッド』から見るコルネイユ的英雄

忠臣蔵好きの日本的心にとって、コルネイユ的な主人公たちの行動は不自然だし、好感を持ちにくい。
恋愛と義務の間に挟まれると、ジレンマに悩みながら、義務を選択する。個人的な感情を投げ捨て、個人を超えた法や秩序に従うことが正しい行為と見なされる。
侮辱された父の恨みを晴らすために、愛する女性の父を決闘で殺すル・シッド。
『オラース』(1840)の主人公は、国家か私的感情か、名誉か友情かという究極の選択を迫られ、「私」ではなく「公」を選ぶ。
『シンナ』(1641)で、ローマ皇帝オーギュストは、自分を暗殺しようとした二人の家臣を前に、模範的な寛大さを示す。
『ポリュークト』(1642)になると、主人公は、妻か信仰かという選択の中で神を選び、キリスト教の殉教者となる。
彼らの行動に共感し、賛美する感情は、日本的心からほど遠い。
コルネイユ劇が日本であまり受け入れられず、翻訳も少ない理由は、そうしたコルネイユ的英雄性にあるのだと考えられる。

その点について、『ル・シッド』を通してもう少し細かく見ていこう。

物語が展開するのは、11世紀のセヴィリア。8世紀にイスラム教国の影響下にあったスペインを、キリスト教国が再征服する運動(レコンキスタ)の時代。
主人公はロドリーグ。彼はシメーヌと愛し合っていて、彼らの父も二人の結婚を認めようとしている。

その時、セルヴィアの王子の養育係の職を巡り父親たちが争い、王がロドリーグの父であるドン・ディエーグにその役職を与えたため、シメーヌの父ドン・ゴメスがドン・ディエーグを侮辱するという事件が起こる。
老年のドン・ディエーグは、その屈辱を晴らし、家の名誉を守るように、息子ロドリーグに命じる。

そのために、ロドリーグは、恋人の父と決闘して愛する人を失うか、恋人を選び、父の命令に従わずに一家の名誉を失うかという、究極の選択を迫られる。
こうした板挟みの状態はコルネイユ的ジレンマと呼ばれ、コルネイユの芝居は多くの場合、そのジレンマを中心にして展開する。

ロドリーグは結局、決闘を選ぶ。というのも、もし家の名誉を守らなければ、不名誉な男として愛するシメーヌに値しない人間と見なされ、愛も失うことになるからだ。そして、決闘の結果、ドン・ゴメスを殺害してしまう。

そうなると、シメーヌにとって、ロドリーグは愛する人でもあり、父の敵でもあるということになる。彼女は悲嘆に暮れながらも、決闘で父を殺したロドリーグを処罰してくれるよう、王に嘆願する。
その時期、王国は北西アフリカのイスラム教徒からの攻撃に晒されており、ロドリーグは命を投げ出す覚悟で戦さに赴く。そして大勝利を収め、国の英雄となり、ル・シッドと呼ばれることになる。

彼の帰国後、シメーヌは父の名誉を回復するために、ロドリーグの処罰を再び要求する。その願いを受け入れた王は、決闘によって決着を付けることを認め、シメーヌを愛する男ドン・サンシュがロドリーグと戦う。勝利の褒美はシメーヌとの結婚。ロドリーグがその決闘に勝利する。
このようにして、ロドリーグ=英雄ル・シッドは、名誉を守ることで愛を獲得することができる。

この簡単なあらすじからだけでもわかるように、『ル・シッド』は、愛と義務の選択を迫られる状況の中で、義務を選ぶことが正しい行為として示される。
その義務は、父親から課されたものであり、その上には国王がいる。家の上に国家がある。家の名誉は国家によって保証される。
ロドリーグはイスラム教徒との戦さに勝利を収めた時点で、国家によって名誉が保証されたことになる。王がロドリーグにル・シッドという称号を与えることが、その印である。

逆に言えば、個人的な感情である恋愛を選択する余地は与えられていない。ロドリーグもシメーヌも常に父親の代理として家の名誉を守るための行動原理に従い、愛する人を失う恐れに悲しむことはあっても、その感情に屈することはない。
しかも彼らの決定は常に個人的に行われ、行動も個人的なもの。仲間と団結することはない。(侍女や友人は彼らの気持ちを観客に伝えるための道具であり、団結の対象ではない。)

国家の秩序が第一原理であり、その原理に従って行動するのは常に単独の個人。この二つの点で、『ル・シッド』は忠臣蔵とは対極にある。
赤穂四十七士は、幕府の意ではなく、浅野個人の感情を優先し、集団で行動する。
ロドリーグは国家と家の名誉を優先し、個人で活動する。
この対比は、コルネイユの演劇が日本であまり受け入れられなかった原因を垣間見させてくれる。

他方、17世紀の前半、1637年に大評判になった芝居は、当時の上層階級の間に流通していた時代精神と適合していたはずである。個人的な感情による最初の決闘から、王が管理下に置く2番目の決闘への移行は、絶対王政への道を予告していると考えられる。

17世紀前半はまだ王権が確立していず、貴族の力が強く残っていた。その状況は、1648年から1653年に起こったフロンドの乱が制圧されるまで続いた。
そうした中で、ルイ13世の枢機卿を務めたリシュリューは、中央集権体制の確立と王権の強化を目指し、三部会の停止などの政策を遂行するだけではなく、1635年にはフランス語の整備のためにアカデミー・フランセーズを設立した。
思想の分野では、デカルトの『方法序説』が1637年に出版される。そこで展開されるのは、憶測や意見によって見えなくなっている真理を、理性によって照らそうというものである。つまり、理性を第一原理とし、全てをその支配下に置く思想ということになる。

コルネイユ的ジレンマは、王や理性といった超越的統一原理を人間的な感情と対立させ、その上で、その原理を選択することの困難さと、それを個人として選択する人間の英雄性を際立たせる。
観客は、英雄が愛と義務のどちらを選択するかは予め分かっているはず。彼らの興味は、どのようにその選択をするのかという点に置かれていただろう。

『ル・シッド』において、決断は、ロドリーグの独白によって観客に伝えられる。
父からシメーヌの父と戦うように言われたロゴリーグは、第一幕第六場で、内心の葛藤に苦しみ、様々な考えに身を委ねる。

ロドリーグ (一人で)

心の奥まで突き刺さる、
全く予見もせず、しかも致命的な攻撃が。
私は、正当な言い争いの、惨めな復讐者、
不正な厳しさの、不幸な対象。
私は動けないままでいる。打ちひしがれた魂は、
私を殺しかねない攻撃に屈しようとしている。
恋の炎が後少しで報われようとしているのに、
おお、神様! 奇妙な苦しみだ!
この対立の中で、我が父が攻撃された側、
そして、攻撃したのは、シメーヌの父だ!

ロドリーグは自分の置かれた状況をこのような言葉でまとめているのだが、その言葉自体が二つの系列の言葉で成り立ち、ジレンマを表現している。
争いは「正当」、しかしその厳しさは「不正」。その結果、復讐をしても「惨め」だし、その状況の「厳しさ」によって「不幸な」存在になる。
どちらを選択しても不幸になる攻撃は、「私を殺しかねない」、「致命的な」もの。
私の父とシメーヌの父は、「攻撃する」と「攻撃された」という同じ言葉で表される。そのことで対比が強調され、ロゴリーグが決闘から逃れられないことが、言葉そのものによって示される。

翻訳でフランス文学作品を読む場合の難しさが、こうした言葉それ自体が担う役割に関係していることも指摘しておきたい。
日本語は、動詞表現が比較的多く使われ、具体的な記述がなされる傾向にある。
それに対して、フランス語、とりわけ書き言葉では、名詞表現が多く、抽象的な表現が好まれる。演劇の場合には、対話の文章で全てが書かれているにもかかわらず、その傾向は変わらない。
例えば、自分のことを、「正当な言い争いの、惨めな復讐者/不正な厳しさの、不幸な対象」と言ったりする。
読者は、言い争いが正当なのはなぜか、なぜ復讐する者が惨めなのか、厳格さがなぜ不当なのかといったことを、読み説いていかなければならない。
舞台の上で話される場合には、役者の演技によって状況が理解できているために、こうした言葉の理解もそれなりに容易になる。しかし、活字で読む場合には、それまでの状況を全て頭の中でまとめておく必要があり、それぞれの言葉に注意を向け、理解する努力をする必要が出てくる。
従って、17世紀の戯曲を読む場合、慣れるまでには少し時間がかかることになる。

言葉自体が対立を示すセリフがさらに続く。

父、愛する人、名誉、愛、
高貴で厳格な束縛、愛しい専制、
私の喜びが全て死ぬか、名誉が曇るか。
一方は私を不幸にし、他方は私を生きるに値しない人間にする。
互いに愛し合う、寛大な魂の
愛しく、残忍な希望、
最も大きな幸福の、偉大な敵、
苦しみの源である剣よ、
お前が私に与えられたのは、名誉を回復するためなのか?
お前が私に与えられたのは、愛しいシメーヌを失うためなのか?

名誉か愛かの葛藤は、最初に行で、単語が交差することで示される。「父」と「名誉」が「愛する人」と「愛」と入れ替わりに口に出される。
しかし、いずれを取っても、ロドリーグは「不幸」になるか、「生に値しない」人間になる。
父の仇を討つために手にしている剣は、名誉を晴らせるという意味では「愛しい」が、愛する人を失わせるという意味では「残酷」なもの。「名誉を回復」しても、「シメーヌを失う」ことになり、「苦しみの源」になる。

この葛藤の中で、ロドリーグは、決闘でシメーヌの父の刃に刺されれば、彼女から恨まれることはないと考える。しかし、それでは、父の思いを果たさず、軽蔑の的になってしまう。しかも、自分の名誉にとって致命的なものになる。スペインという国家の中で、自分の家の名誉を守らなかった人間として記憶されてしまうのだ。

家の名誉を守ることを、国の次元に引き上げると、国家の名誉を守ることになる。
もしスペインのためにイスラム勢力を打ち破り、英雄ル・シッドになれば、シメーヌの愛を獲得するのに相応しい人間になることができる。
そうした思いの中で、最後の決心に至る。

失うのが確かなことは、わかっている!
人を義務から遠ざけるこんな考えに、耳を傾けるのは止めよう。
それは苦しみの役に立つだけだ。
さあ、この腕よ、少なくとも、名誉を守ろう。
どちらにしろ、シメーヌを失わないといけないのだから。

(中略)
復讐に向かおう。
こんなにためらっていたことが恥ずかしい。
もう苦しむのは止めよう。
なぜなら、父が攻撃されたのだ、
たとえ攻撃したのが、シメーヌの父だとしても。

ロドリーグの決心は、シメーヌが彼と同じ精神性を持っていることから来ている。
もし彼女の父を決闘で倒せば、彼は父の敵となる。しかし、もし倒さなければ、家の名誉を守ることができない男となる。その結果、彼女から軽蔑され、彼女の愛は失われる。従って、どちらの選択をしても、シメーヌは失われるのだ。
としたら、選択の余地はなく、家の名誉を晴らすしかない。しかも、名誉を守ることは、シメーヌの愛に相応しい人間であることを示すことにつながる。

コルネイユは、このロドリーグの独白を締めくくるにあたり、最初の一節で用いた「父は攻撃された者、攻撃したのはシメーヌの父」という表現を反復し、迷いが決心に至ったことを確認している。
劇作家として、物語の展開を考えるだけではなく、言葉そのものにいかに工夫を凝らしているのか、こうした例からも見て取ることができる。
言葉は意味を伝えるだけではなく、その表現そのものによっても、聴衆や読者に内容を訴えかけるのである。

コルネイユ的ジレンマと呼ばれる、愛と義務、個人の感情と家や国家の名誉の板挟み状態の中で、主人公は苦しみながらも、最終的には義務、名誉を選択する。そのことが、一人の人間を英雄にする。
言い換えると、そのジレンマのおかげで、選択すべき事柄が明らかになり、17世紀前半の宮廷社会の中で求められた人間像がくっきりと描き出されるのである。


コルネイユ的英雄は、反忠臣蔵的であり、理性が感情を制御し、社会の秩序を維持、補強する行動を選択する。
日本的感受性からすると、不自然さを感じたり、受け入れがたかったりするエピソードもあるが、そうした部分にこそコルネーユ劇のエッセンスが詰まっていると考えると、異文化としての17世紀フランスを知るための絶好の素材となる。


コルネイユ作品の翻訳は数が限られている。
代表作を読むためには、現在絶版になっている岩瀬孝他訳『コルネイユ名作集』(白水社、1975)を探すしかない。
「ル・シッド」の他に、「舞台は夢」「オラース」「シンナ」「ポリュークト」「嘘つき男」「ロドギュンヌ」「ニコメード」、そして「ル・シッド論争」が含まれている。

初期のバロック的喜劇の翻訳として、岩瀬孝、井村順一訳『嘘つき男・舞台は夢』(岩波文庫、2001)がある。

ポール・ベニシュー『偉大な世紀のモラル―フランス古典主義文学における英雄的世界像とその解体』(新倉剛、芳賀健二訳、法政大学出版局、1993)は、17世紀の時代精神が変遷と、代表的な劇作家、思想家、文学者たちの位置づけを知る上で、大変に参考になる。

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