ボードレール アホウドリ Charles Baudelaire L’Albatros 詩人の肖像

1857年に出版された『悪の華(Les Fleurs du mal)』は、非道徳的な詩篇を含むという理由で裁判にかけられ、有罪の判決を受ける。その結果、詩人は出版社とともに罰金を科され、かつ6編の詩の削除を命じられた。

ボードレールは第二版を準備するにあたり、単に断罪された詩を削除するだけではなく、新しい詩を付け加え、100編だった詩集を126編の詩集にまで増やし、1861年に出版した。
「アホウドリ(L’Albatros)」はその際に付け加えられた詩の一つである。

ただし、執筆時期については、もっとずっと早く、1841年にボードレールが義理の父親から強いられ、てインドのカルコタに向かう船旅をした時期ではないかという推測もある。
その旅の途中、あるいは、フランスに帰国した後、「アホウドリ」が書かれたという説は広く認められている。

他方、1859年に、もう一つの詩「旅(Le Voyage)」と一緒に印刷されために、その時代に書かれたという説もある。
『悪の華』第二版(1861)の中で、「アホウドリ」は冒頭の詩「祝福(Bénédiction)」に続き二番目の位置を占め、「旅」は詩集の最後に置かれている。
「旅」で歌われる「未知なるもの、新たなるもの」の探求へと向かう「詩人の肖像」が、アホウドリとして詩集の最初に描き出されているのである。

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鎖国と文化の成熟 日本文化の黄金期:平安時代と江戸時代

日本が最も華やかな文化を成熟させたのは、平安時代と江戸時代だといってもいい。

その2つの時代、外国に対して国が閉ざされ、それまで吸収してきた異国の文化が国内で醸成され、日本独自の素晴らしい芸術作品が生み出された。
例えば、平安時代であれば「源氏物語」。江戸時代であれば数々の浮世絵。

自己の内に籠もることは、決して否定的な側面だけではない。
外部から取り入れるものは、しばしば表面的な受容だけされ、次に新しいもが来るとすぐに忘れさられてしまいがちになる。
しばらくの間外部からの刺激を閉ざすことで、それまで吸収してきたものをじっくりと受け取り、自分なりの表現に変形することが可能になる。
鎖国はそうした熟成期間を生み出す機会でもある。

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映画の倫理と時代の倫理 終戦直後の小津安二郎作品

私たちは特別意識しないままに、今生きている時代、今生きている場所に流通する倫理観を持っている。そして、その倫理観に基づいて、物事を判断し、自分の行動を決定したりする。

そうした時代性、地域性を意識しないと、自分の持っている倫理観が、全ての時代、全ての人間に共通していると思い込む可能性がある。
また、意識したとしても、別の倫理観を受け入れられないこともある。

古い映画を見るとき、共感できることもあれば、感情的に反発することもある。それは、映画の中で描かれた社会の倫理観と自分の持つ倫理観と関係している。
映画は、映像と音声によって作られる擬似的な世界。観客はフィルムが続く間、その世界を体感する。つまり、現実の世界と類似した経験をするのであり、必然的に倫理観も同様に働く。

映画としての価値とは別の次元で、倫理観や価値判断が働き、好きな映画、受け入れられない映画の違いが出てくる。
そうしたことを、小津安二郎監督が終戦後に制作した「長屋紳士録」から「東京物語」までの6本の映画を通して考えてみよう。

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ディーバ Diva ジャン・ジャック・ベネックス監督のスタイリッシュな傑作

「ディーバ(Diiva)」では、物語が最小限に抑えられ、映像と音楽が生み出すスタイリッシュな場面がリズミカルに連続していく。
1981年の作品だが、2020年の現在見ても十分に斬新さが感じられ、映画的な楽しさを味わうことができる。
ジャン・ジャック・ベネックス監督が5年後に制作した「ベティ・ブルー(37°2 le matin)」と比べても、尖っているし、格好いい。

以下のサイトで、全編を通して見ることができる。(英語字幕)
https://vimeo.com/327232594

映画が始まってから約7分の間、一言もセリフがなく、若い郵便配達人ジュール(Frédéric Andréi)がクラシック音楽のリサイタルに行き、憧れの歌手の歌をこっそりテープレコーダーで録音する場面が続く。
観客は、アメリカのソプラノ歌手シンシア・ホーキンス(Wilhelmenia Wiggins Fernandez)の歌だけではなく、コンサート会場(Bouffes du Nord)そのものにも惹きつけられる。

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映画のネタバレについて ストーリーの役割

映画を解説を見ていると、「ネタバレ注意」と書かれているのを見かけることがある。その表現は、ストーリーの結末まで書いてあることを予告している。

ネタバレに関して考える時、最も興味深いのは、ビリー・ワイルダー監督の「情婦(Witness for the Prosecution:検察側の証人)」だろう。
タイトルエンドが出た後、次のようなナレーションと字幕が流れる。

for the greater entertainment of your friends who have not yet seen the picture, you will not divulge to anyone the secret of the ending of Witness for the Prosecution.
この映画をまだ見ていないご友人たちが大いに楽しめるように、「検察側の証人」の結末の秘密を誰にも明かさないようにしてください。

このナレーションをそのまま信じれば、映画制作者自身が、映画の楽しみはストーリーの結末にあると言っていることになる。

しかし、ふと立ち止まって考えてみよう。
好きな映画であれば、2度3度と見ることはよくある。その場合にはストーリーは全て知っていて、ネタバレの状態で見ている。
そして、映画は何度見ても、その都度発見があり、楽しい。

そのように考えると、映画にとってストーリーとは何かという疑問が浮かんでくる。

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ドガとロートレック Edgar Degas et Henri Toulouse-Lautrec 室内の画家

女性の背中を描いた二枚の絵がある。

どちらがエドガー・ドガで、どちらがアンリ・トゥールーズ=ロートレックだとわかるだろうか?

ちょうど30歳の年齢の違いはあるが、二人の画家は、19世紀後半にあって、印象派と象徴主義という二つの大きな絵画の流れの中で、独自の世界を構築した。

彼らは、室内の人工的な光の下で、女性たちの肉体の動きを描き出すことによって、人間の生の感情を表出することに成功した。
ここでは、二人の画家の世界に一歩だけ足を踏み入れてみよう。

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ルノワールとドガ Auguste Renoir et Edgar Degas 光の色彩 デッサンと構図

1874年の第一回印象派展に展示された2枚の絵画がある。

フランス絵画に興味を持つ人であれば、一方がルノワール、もう一方がドガであることがすぐに分かるだろう。

この2枚、同じようなところもあり、違うところもある。それらを探ることは、19世紀後半の絵画についてよりよく知るきっかけになる。

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表現の自由と宗教の問題 Liberté d’expression et religions

イスラム教の創始者ムハンマドの風刺画を授業の中で見せた教師が殺害されるという事件が起きた時、フランスでは「表現の自由(liberté d’expression)」と「世俗主義(laïcité)」が強く主張され、マクロン大統領もこの二点は譲ることができないという立場を明確に表明した。

それに対して、イスラムの国々では強い反発が起き、フランス製品の不買運動や反フランスのデモが続いている。
また、カナダのトルドー首相は、表現の自由は重要だがある程度の限度があると、ニュアンスを持たせた発言をした。

日本的な感性では、トルドー首相の発言が最も賛同しやすい。それに対して、テロ事件が起こるきっかけを作るような風刺画を擁護し、表現の自由を強く主張するマクロン大統領の主張は理解しにくいし、賛同を得られにくい。

なぜフランスは表現の自由をこれほど強く擁護し、なぜ日本的な感性は「ある程度の制限」はしかたがないと感じるのだろう。

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ドナルド・トランプ的思考 言葉のズレと1枚のルノワール

ドナルド・トランプの思考がどのように働くのか、フランスの政治ジャーナリストが、大統領選挙直後の彼の言葉の分析を通して紹介している。

彼の勝利宣言のような言葉は、以下の通り。
”We were getting ready to win this election. Frankly, we did win this election.”

ready to winでは勝利の準備ができているだけで、勝利していない。しかし、その後、すぐに続けて、we dit winと勝利にしてしまう。
こうして、彼の頭の中では、まだ実際に起こっていない事柄が事実に変わってしまう。
そして、その飛躍を可能にするのは、ただ一つの言葉、Frankly。「率直に言えば」という言葉を挟み、思いが現実へ変わってしまう。少なくとも、彼の頭の中では。

彼がいくらファクト・チェックを受けてもファクトだと認めないのは、こうした彼の言葉の使い方にあるという分析は、とても興味深い。

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