雲雀 万葉集の和歌とトゥルバドゥールの詩を通してみる日仏の美的感性

雲雀が出てくる日本とフランスの詩を比べ、二つの国の感受や思想の違いを垣間見ていこう。

一つは、『万葉集』に収録されている、大伴家持(おおとも の やかもち、718年頃~785年)の句、「うらうらに」。

もう一つは、12世紀南フランスのトゥルバドゥール、ベルナール・ド・ヴァンタドゥールBernard de Ventadour、1145-1195)の「陽の光を浴びて雲雀が」。
トゥルバドゥールとは、ラング・ドックと呼ばれる南フランスの言語を使い、新しい恋愛の概念を生み出した、作曲家・詩人・音楽家。ヴァンタドゥールは、その代表的な詩人の一人である。

大伴家持の「うらうらに」。

うらうらに 照れる春日に ひばり上がり 心悲しも ひとりし思へば

https://nbataro.blog.fc2.com/blog-entry-173.html

ベルナール・ド・ヴァンタドゥールの「陽の光を浴びて雲雀が」の第一詩節。

陽の光を浴びて 雲雀が       Quand vei la lauseta mover
喜びのあまり羽ばたき舞い上がり   De joi sas alas contra’l rai,
やがて心に広がる甘美の感覚に    Que s’oblid’ e’s laissa cazer
われを忘れて落ちる姿を見るとき   Per la doussor qu’al cor li vai,
ああ どれほど羨ましく思えることか Ailas ! quals enveja m’en ve
恋の喜びに耽る人々の姿が      De cui qu’eu veja jauzion !
我ながら訝しく思える その一瞬   Meravilhas ai, quar desse 
渇望にこの胸がはり裂けぬは何故か  Lo cors de dezirier no’m fon.

http://tristan.sblo.jp/article/1500726.html

トゥルバドゥールの詩は本来歌であり、今でも聞くことができる。

どちらの歌でも、雲雀が舞い上がる姿が歌われている点では共通している。
家持では、その姿が詩人の心の淋しさと対比をなすように読める。
ヴァンタドゥールでは、12世紀フランスで発明されたと言われる新しい恋愛感情、恋をして舞い上がるような高揚感が、雲雀の姿で表現される。

同じ姿を通して異なる感情が表現されているところから、日仏の思考や感性の違いを見出すことができそうである。

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