アルチュール・ランボー博物館 Musée Arthur Rimbaud à Charlevilles-Mézières

パリから電車で約2時間のところに、ランボーの故郷シャルルヴィルがある。
現在はシャルルヴィル=メジエール市。
電車を降りると、詩人の胸像がすぐに見えてくる。

ポール・ヴェルレーヌとのスキャンダルもあり、生前や死の直後はシャルルヴィルの恥だと考えられていた「呪われた詩人」が、今ではフランス最高の詩人の一人として、市の誇りなのだ。

駅から離れ、町の中を進んで行くと、ムーズ河が見えてくる。

ランボー博物館はムーズ河沿いにある。
http://musee-arthurrimbaud.fr

博物館の中は、比較的がらんとしている。

ランボーの幼い頃の写真や母親の肖像画をシャルルヴィルで見るのは、感慨深い。

現代フランスの詩人ジャコテが、ランボーの詩句の中で最も美しいものの一つと見なした散文も掲げられている。

J’ai tendu des cordes de clocher à clocher ; des guirlandes de fenêtre à fenêtre ; des chaînes d’or d’étoile à étoiles ; et je danse.
ぼくは伸ばしていった、紐を何本か、教会の鐘楼から鐘楼へ。花飾りをいくつか、窓から窓へ。金の鎖をいくつか、星から星へ。そして、踊る。

大旅行家でもあったランボーの旅行鞄。

アフリカからマルセイユに戻った時に入院した際の書類と、死の床にあるランボーを描いた絵画。

こうしたランボーゆかりの品々を見た後で再びムーズ河を見ると、一度も海を見たことがない時に、想像力を駆使して書かれた詩「酔いどれ船」の最後の一節が自然と甦ってくる。

Si je désire une eau d’Europe, c’est la flache
Noire et froide où vers le crépuscule embaumé
Un enfant accroupi plein de tristesse, lâche
Un bateau frêle comme un papillon de mai.

ヨーロッパの水をぼくが望むとしたら、それはあの小さな水たまり。
黒く、冷たい。そこで、香りのよい夕方、
一人の子どもがうずくまり、悲しみに満たされて、
一艘の舟を放つ。五月の蝶のように弱々しい船を。

https://bohemegalante.com/2019/07/24/rimbaud-le-bateau-ivre-7/3/

再びシャルルヴィル=メジエールの駅に戻ると、ランボー初期の詩「音楽に(À la Musique)」が思い出される。

その詩には、「毎週木曜日の夕方、シャルルヴィルの駅広場で」という但し書きが書かれている。
中原中也の訳で、冒頭の一節を読んでみよう。

貧弱な芝地になってる広場の上に、
木も花も、何もかもこじんまりした辻公園に、
暑さにうだった市民たち、毎木曜日の夕べになると、
恋々と、愚鈍を提げて集って来る。

http://zenshi.chu.jp/mobile/?p=1431

パリに戻る電車の中から見える風景は、「我が放浪」を思い出させる。

中原中也訳「わが放浪」

私は出掛けた、手をポケットに突っ込んで。
半外套は申し分なし。
私は歩いた、夜天の下を、ミューズよ、私は忠僕でした。
さても私の夢みた愛の、なんと壮観だったこと!

独特の、わがズボンには穴が開いてた。
小さな夢想家・わたくしは、道中韻をば捻ってた。
わが宿は、大熊星座。大熊星座の星々は、
やさしくささやきささめいていた。

そのささやきを路傍(みちばた)に、腰を下ろして聴いていた
ああかの九月の宵々よ、酒かとばかり
額には、露の滴(しずく)を感じてた。

幻想的な物影の、中で韻をば踏んでいた、
擦り剥けた、私の靴のゴム紐を、足を胸まで突き上げて、
竪琴みたいに弾きながら。

http://zenshi.chu.jp/mobile/?p=1552

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中