2023年3月20日はアメリカ軍がイラクの首都バクダットに空爆を始めた日から20年、というニュースが流れていた。
戦争の大義は、サダム・フセインが大量破壊兵器(核兵器)を所有しているというものだったが、兵器は見つからず、フセイン政権が打倒されただけで、結局は、イスラム過激派(IS)が中東やアフリカに拡散する結果になった。
2001年9月11日にニューヨークで起きた同時多発テロをきっかけにして行われたアフガニスタン侵攻でも、アルカイダの指導者ウサマ・ビン・ラディンを標的にし、アメリカ軍がアフガニスタンに侵攻、タリバン政権を崩壊させた。
しかし、20年後の2021年アメリカ軍が完全撤退すると、タリバン政権が復活し、現在に至っている。
この2つの戦争は、1990年の湾岸戦争で、クエートを併合したイラクに対し、多国籍軍がサウジアラビアを拠点にして攻撃し、イラクを撤退させた戦争に端を発している。
2011年に起こったリビアの内戦においては、カダフィ大佐率いる政府軍と反体制派の戦いが激しさを増す中で、最終的にはアメリカ、イギリス、フランス軍が介入し、NATO軍が激しい空爆を行い、政権を崩壊させた。
こうした出来事は、第二次世界大戦後、そして、とりわけ湾岸戦争と同じ1991年にソビエト連邦が崩壊した後から、パクス・アメリカーナ(アメリカによる平和)が続いていたことを示すいくつかの例だといえる。
日本でも、アメリカ軍によって守られているという意識、あるいは現実がある。
「自由で開かれたインド太平洋」という表現は、パクス・アメリカーナを別の表現にしたもの。
「国際社会」という表現も、同じことを指している。ただし、こちらの表現になると、世界の大部分の国が「同じ価値観を共有する」のだと見なし、共有しない少数を反対勢力とする。
以上のような状況は、アメリカの圧倒的な軍事力と経済力によって可能になったものだが、中国の経済力が増すに従い、不確定要素が増しているというのが、現在の世界全体の情勢だと考えられる。
パクス・アメリカーナの下で「グローバル・スタンダード」が進み、アフリカ、中近東、南アメリカなどにも資本の投下が行われたとすれば、それは結局、巨大資本に富が集中する一方で、貧困問題は解消されるどころか、深刻化するという結果をもたらすことになった。
アマゾンやテスラの創業者たちが、わずか20年程度の期間で世界有数の資産家になるという経済の動きは、身近な例を取れば、近所の商店街がシャッター街になり、大手のスーパーマーケットや商業施設が栄えるという状況と同じだと思うとわかりやすいだろう。
実際、世界の難民・国内避難民の数は、ウクライナ戦争による難民の増加により、国連難民高等弁務官事務所によれば、1億人を超えたという数字が伝えられている。
日本では、「ウクライナでの未曽有の人道危機」という言い方で、約1000万人と言われるウクライナ人には焦点が当たるが、残りの9割の難民、避難民が意識に上ることは少ない。
シリア、ベネズエラ、アフガニスタン、南スーダン、ミャンマーの避難民たちを多く受け入れたのは、トルコ、コロンビア、ウガンダ、パキスタン、ドイツなど。
西側諸国では、アメリカ、イギリス、フランス、イタリアなども反移民対策に対する支持も根強く、選挙では移民反対を掲げる政党が支持を伸ばす傾向にある。
日本はというと、名古屋の入国管理局でのスリランカ女性の死亡事件に見られるように、移民に対する受け入れは非常に厳しい。
ウクライナ戦争のように、マスコミを賑わせた場合のみ、法律を超えてウクライナ人を受け入れるが、それ以外の難民に対しては、門戸を閉ざす傾向が続いている。
なぜウクライナに焦点が当たるかといえば、最近フランスで聞かれる表現から推測すると、ウクライナ戦争はヨーロッパの戦争であり、ヨーロッパのために戦争に勝つ必要があるという議論からわかるように、欧米の正義を守る戦いだからだ。パクス・アメリカーナの視点から見て、侵略者に対する抵抗戦争であり、正義の戦い。
この戦略は、西側世界や、「国際社会」の存在を素直に受け入れがちな日本では通用するが、しかし、世界全体では通用しにくい現実が生まれているというのが、現在の状況になりつつある。
その兆候は、シリアのアサド政権に対する西側とロシアとの駆け引きの中で、すでに見られてきた。
2011年、アサド政権は、アメリカを初めとする外国勢力の支援を受けた反政府勢力によって打倒される寸前までいった。しかし、ロシアとイランの援助を受け、現在でも内戦が続く状態ではあるが、現在まで政権は存続している。
つまり、アサド大統領は、「アラブの春」に刺戟された自由を求める民衆を強権的な手法で弾圧する非人道的な大統領というシナリオが流通したとしても、フセインやカダフィと同じ運命をたどることはなかった。
ロシアに支援されたアサド政権が生き延びることができた象徴的な事件がある。
反政府勢力と過激派勢力「イスラム国」(IS)にはかなり重なる部分があり、2015年5月、シリアの古代都市遺跡パルミラがISによって占領され、破壊の危機に陥った際、ロシア軍がISに激しい空爆を行い、パルミラの破壊をくい止めるという事件があった。
その行為は、反政府を制圧すると同時に、貴重な文化遺産を救うものでもあり、いわゆる国際社会がロシアの激しい空爆を強く非難することはなかった。
ちなみに、シリアの内戦が現在でも続く結果、2021年時点で、国内避難民の数は680万人と言われ、国を逃れた難民のうち約380万人をトルコが受け入れた。
(2023年2月に起きたトルコ・シリア大地震で被害を受けた中には、内戦から逃れた難民たちが数多く含まれている。)
こうしたシリア情勢は、パクス・アメリカーナの時代が終わりつつある予兆のようにも思われる。
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中国の経済力の台頭と、それに伴う軍事力の増強は、パクス・アメリカーナの末期が不確実な未来ではない可能性を示している。
中国は1840年代のアヘン戦争以降、イギリスに香港を割譲するなど、半植民地化されたといってもいい状態にあった。その後も、日中戦争などにより、国家として弱体化の一途をたどった。
しかし、20世紀の後半になり、世界の工場として、西側諸国の下部構造を支える経済活動を行うなかで、自国の経済力を高め、現在では世界第2位のGDPを達成するまでになった。
そうした急速な経済発展は、共産党の独裁による国家経済に支えられたものであり、民主主義的な国家とは相容れない一面を持っている。
そのために、パクス・アメリカーナと対立する構図が出来上がり、西側とは価値を共有しない国と見なされる。
GDPが経済力を示す数字としてどの程度有効かは議論があるが、数字だけ見ておくと、今後、欧米側の数字が減少し、反対側の数字が上がっていくことが予想されている。
2021年と2050年の予想


2050年になると、GDPのトップが中国になるだけではなく、インド、ブラジル、ロシア、メキシコなどの経済力が上がり、現在のようにG7を中心とした西側諸国の経済が世界の中心を占める世界情勢は大きく塗り替えられるものと考えられる。
現在は、その階段を一歩ずつ進んでいる段階なのだ。
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これまでパクス・アメリカーナが有効であったのは、自由を標榜し、豊かで平等な社会が実現されたからだといった情報は、難民や貧困という現実を前にすると、「建前」であることがわかってくる。
パワーバランスが変化する中では、一つの正義だけが万人の正義として受け入れることはない時代が目前に迫っているのだ。
ウクライナの戦争のニュースにおいて、日本では、アメリカ、イギリス、日本などの主張が流され、それに対するロシアの反論を挟み、ウクライナの主張がかぶせられるということがよくある。
国連で議決があれば、圧倒的多数がロシアを非難するという構図が、客観的な情報として伝えられる。
対ロシア制裁を行っている国が、欧米以外には日本、韓国、台湾、シンガポール、オーストラリア、ニュージーランドなど少数しかないが、その理由は、中立の国々はロシアにエネルギーなどを負っているからで、実際には反ロシアだという論が展開されることもある。
しかし、逆の視点から見ると、欧米などからの援助に多くを負っているために、国連など実際的な問題がない場では、欧米の主張に従うという可能性も否定できない。
アフリカや中近東でロシアや中国のプレゼンスが増している現実を知れば知るほど、「国際社会」の存在はあやふやなものに感じられてくる。
もし2050年に中国を中心とする経済圏が欧米と50%50%にまで高まるとしたら、パクス・アメリカーナは機能しなくなるに違いない。
その場合には、一つの視点からの世界観が、経済・軍事による圧力によって、異なる世界観を持つ国々に力を及ぼすことはできなくなる。
そうした予測に立った時、現在の時点から、自分たちとは異なる世界観に立ち、様々な状況を眺める訓練をしておくことは無駄ではないだろう。
そこから出発しないと、一方が押しつける「平和」でしか、問題が解決しないままで終わってしまう。
現代は情報戦争の時代でもあり、私たちはその中に否応なく巻き込まれている。
流れてきた情報にそのまま流されないためには、情報の発信元の意図を読み取り、その根拠を知ることが必要になる。
さらに重要なのは、自分の持つ世界観に従って、即座に情報を判断しないこと。
自分の視点からだけで情報を読み説くと、発信者の意図は見えず、自分が意識的あるいは無意識的に持つ世界観のまま、全てを読み取る結果になる。
例えば、2023年3月にロシアを訪問した中国の習近平国家主席が、「ロシアとともに、本当の多国間主義を堅持し、世界の多極化と国際関係の民主化を推進する」と述べたという情報を、どのように読み取るのか。
そして、その後に続く、「 長期化が見込まれる米国との対立を念頭に、中国主導の国際秩序の形成に向けてロシアとの関係を重視する考えとみられる。」という解説を、どのように読み取るのか。
そのようなことを考えると、情報戦争での戦略が見え、情報にそのまま流されない訓練ができてくるだろう。