アポリネール 「ゾーン」 Guillaume Apollinaire « Zone » 新しい精神の詩 5/7 パリの街の中を通り過ぎる美

「ゾーン」の71行目の詩句から始まる詩節になると、詩人の思いは再びパリに戻り、群衆の中を一人で孤独に歩く「お前(tu)」の姿が描き出される。
パリを背景とするその心象風景は88行目まで続くのだが、そこでは失恋の苦しみが画面全体の主な色調となりながら、美の姿へと焦点が向けられていく。

Maintenant tu marches dans Paris tout seul parmi la foule
Des troupeaux d’autobus mugissants près de toi roulent
L’angoisse de l’amour te serre le gosier
Comme si tu ne devais jamais plus être aimé
Si tu vivais dans l’ancien temps tu entrerais dans un monastère
Vous avez honte quand vous vous surprenez à dire une prière
Tu te moques de toi et comme le feu de l’Enfer ton rire pétille
Les étincelles de ton rire dorent le fond de ta vie
C’est un tableau pendu dans un sombre musée
Et quelquefois tu vas le regarder de près ( v. 71-80)

(朗読は5分18秒から)

今 今はパリの中を歩いている たった一人で 群衆の間を
バスの群が うなり声を上げ お前の近くを走る
愛の苦悩が お前の喉を締め付ける
あたかも 決してもはや愛されることがないかように
もし過去の時代に生きているなら お前は修道院に入るだろう
あなたは恥ずかしがっている 祈りを口にして驚く時
お前は自分をからかう そして、「地獄」の火のように お前の微笑みは パチパチと音をたてる
お前の笑いの火花が お前の生(せい)の底を金色に彩る
それは1枚の絵画 暗い美術館の中にかかっている
そして時々 お前はその絵画をすぐ近くで見に行く

群衆の中を一人歩く姿は、エドガー・ポーやボードレールが現代生活の情景を描く際に用いられたテーマだった。(参照:ボードレール 群衆 Baudelaire « Les Foules » 都市 群衆 モデルニテの美

そうした群衆の中の孤独のテーマに、アポリネールは失恋のテーマを重ね合わせる。

詩人は最初に、愛の苦悩(l’angoisse de l’amour)が、もはや決して愛されることがない( jamais plus être aimé)という思いから来ることを明かす。
そのことによって、修道院(un monastère)、祈り(une prière)、地獄の火(le feu de l’Enfer)、暗い美術館(un sombre musée)といった言葉が出てくる度に、愛されない人間(le mal-aimé)の苦しみがエコーのように響くことになる。

ただし、苦悩に完全に呑み込まれることはなく、苦しむ自分(=お前)を外から眺めることができ、お前は自分をからかう(Tu te moques de toi)という言葉さえ発せられる。
その上で、「地獄の火(le feu de l’Enfer)」や「黄金に染める(dorent)」火花(étincelles)といった表現を使い、微笑み(sourire)や笑い(rire)を映像化する。
そして、その映像を絵画(un tableau)とみなし、近くで見る(regarder de près)こともできる。

その中で「あなた(vous)」と呼ばれるのは、「お前」の愛する女性なのだろうか? もしそうだとすると、彼女の祈りは何を意味し、祈りを恥じるのはなぜなのか?
読者はその一行の詩句から、愛する女性に対する詩人の思いを推測することになる。ただしそこに正解はなく、どのような思いを抱くのかは読者の自由に任されている。

前後の詩句と論理的な関係がなく、単に並置されているだけであることが、その自由を可能にする。別の視点から見ると、読者はその推測の遊びに参加することが求められる。


81-82行の二つの詩句からなる詩節は、« tu marches dans Paris »のテーマを変奏する。

Aujourd’hui tu marches dans Paris les femmes sont ensanglantées
C’était et je voudrais ne pas m’en souvenir c’était au déclin de la beauté (v. 81-82)

今日 お前はパリの中を歩いている 女たちは血にまみれている
それは 思い出したくないのだが それは 美が衰える時だった

« Maintenant / tu marches dans Paris / tout seul parmi la foule » (v. 71)
« Aujourd’hui / tu marches dans Paris / les femmes sont ensanglantées » (v. 81)

この二つの詩句を見ると、maintenantからaujourd’huiと小さな変化が加えられながら、tu marches dans Parisと反復された後で、大きな変化が加えられていることがはっきりとわかる。
先には一人で群衆の中にいるというボードレール的なイメージだった。今度は、血(sang)のイメージが前面に押し出され、女たちが血にまみれている(les femmes sont ensanglantées)と断定される。
ただし、女たちとは誰なのか、なぜ血にまみれているのかも、まったくわからない。読者はただ驚くしかない。

次の詩行では、ensanglantéesと韻を踏む言葉として、beauté(美)が出てくる。血まみれのイメージが美と共鳴するのだろうか? あるいは過去において美の衰退(déclin)したために、現在において女性たちが血まみれなのだろうか?
そんな謎かけが行われ、答えのないままに、詩人は次の詩節へと進んでいく。


83-88行の詩節では、最初の二つの詩句の動詞が複合過去形で活用され、すでに完了した行為が示される。その後からは現在形の活用に変わり、最初の二つの詩句の結果が、現在の状態を引き起こしたらしいことが示される。

Entourée de flammes ferventes Notre-Dame m’a regardé à Chartres
Le sang de votre Sacré Cœur m’a inondé à Montmartre
Je suis malade d’ouïr les paroles bienheureuses
L’amour dont je souffre est une maladie honteuse
Et l’image qui te possède te fait survivre dans l’insomnie et dans l’angoisse
C’est toujours près de toi cette image qui passe ( v. 83-88)

熱烈な炎に取り囲まれたノートルダムが 私を見つめた シャルトルで
あなたの「サクレ・クール」の血が 私を浸した モンマルトルで
僕は病気だ 至福の言葉を耳にして
僕が苦しんでいる愛は 恥ずかしい病気だ
お前に取り憑くイメージは お前を生き残らせる 不眠と苦悩の中で
それは いつでもお前の近くにある 通り過ぎるイメージだ

シャルトルの大聖堂の熱烈な炎(flammes ferventes)と、モンマルトルのサクレ・クール寺院の血(sang)は、ともに美あるいは愛の象徴として、過去において「私」に至福の言葉を聞かせてくれたに違いない。

しかし、今、同じ至福の言葉を耳にすると(ouïr)、「私」は病気になる(je suis malade)。
そのことは、過去の愛を惜しみ、今でも同じ人を愛し、しかもその人から愛されないことに苦しむことを恥じる気持ちの現れでもある。
それは恥ずかしい病気(une maladie honteuse)だと感じられ、愛する人のイメージが今でも頭の中をよぎるために、「私」は不眠(l’insomnie)と苦悩(l’angoisse)に苛まれる。


Maintenantから始まる詩節では愛の苦悩を揶揄できていたはずなのだが、aujourd’huiから始まる詩節で過去の思い出が蘇り、次の詩節ではシャルトルやモンマルトルといった具体的なイメージが浮かび上がる。その時、今でも苦しみが続いていることが自覚される。

そうした中で、通り過ぎるイメージ(cette image qui passe)は、黄金色や炎や血が連想させる鮮やかな赤色に彩られ、たとえ苦しみの源泉だとしても、「美」を体現しながらパリの街を通りすぎていく。


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