
高橋虫麻呂(たかはしの むしまろ)は、生没年不詳だが、『万葉集』に長歌と反歌(短歌)あわせて三十五首が収められており、奈良時代初期の歌人と考えられている。
彼の歌には、地方の伝説を題材としたものもあり、「水之江の浦の島子を詠む一首」と題された長歌は、浦島太郎伝説の最古の形を伝えるものとして、きわめて興味深い。
(浦島物語 奈良時代 神仙思想)

その一方で、「霍公鳥(ほととぎす)を詠んだ一首と短歌」のように、人間のあり方を主題とした歌もある。
ほととぎすは、鶯(うぐいす)など他の鳥の巣に卵を産み、その鳥に育てさせる「託卵(たくらん)」という習性をもつ。高橋虫麻呂は、そのほととぎすを題材に、アンデルセンの童話『醜いアヒルの子』(1843年)よりも約千年前に、周囲から孤立した存在の姿を描き出している。
a. うぐひすの 卵(かごひ)の中に ほととぎす 独り生まれて 己(な)が父に 似ては鳴かず 己(な)が母に 似ては鳴かず
b. 卯(う)の花の 咲きたる野辺(のへ)ゆ 飛び翔(かれ)り 来(き)鳴(な)きとよもし 橘(たちばな)の 花を居散(いち)らし ひねもすに 鳴けど聞きよし 賄(まひ)はせむ
c. 遠くな行きそ 我が宿(やど)の 花橘(はなたちばな)に 住み渡れ鳥
(『万葉集』巻9, 1755)

a. ウグイスの卵の中に、ホトトギスが一羽だけ生まれる。お前は、父に似た声で鳴かず、母に似た声でも鳴かない。
b. 卯の花の咲く野辺から飛び立ち、空高く舞い上がって来ては、澄んだ声を響かせ、橘の花の枝にとまっては、その花を散らしながら、一日中鳴き続ける。
その声を聞くと、心が晴れやかになる。贈り物をしよう。
c. 遠くへ行かないでおくれ。私の家の橘の花に、いつまでも住みついておくれ、鳥よ。
ウグイスに囲まれたホトトギスは、周囲から孤立した存在であり、いわば「異邦人」である。
十九世紀フランスの詩人シャルル・ボードレールは、「異邦人」と題する散文詩の中で、「私には、父も母も、姉妹も兄弟もいない」と歌った。
高橋虫麻呂のホトトギスもまた、その鳴き声が、父にも、母にも似ていない。


しかし、そんな孤立した存在が、卯の花の白く咲く初夏になると、空高く舞い上がり、美しい声で鳴く。
そして、香り高い白い五弁の花を咲かせる橘の枝にとまり、花を散らしながら、一日中さえずり続ける。
孤立した存在が美へと変化するその姿は、アンデルセンの『醜いアヒルの子』が、最後に自らを白鳥と悟る展開と呼応している。
高橋虫麻呂は、そんなホトトギスの姿とその鳴き声を愛し、自らのもとに長く留まってほしいと呼びかける。
奈良時代に、周囲との違和を覚え、誰とも似ず、どの共同体にも属さないと感じる感性を持ち、孤立した存在に美を見いだした歌人がいたことには、ただ驚嘆するほかない。
長歌に続く反歌では、「あはれ」という言葉が用いられ、客観的な観察からより情感の籠もった美が表現される。
かき霧(き)らし 雨の降る夜を ほととぎす 鳴きてゆくなり あはれその鳥
(『万葉集』巻9,1756)
霧が立ちこめているらしい。雨の降る夜に、ほととぎすが鳴きながら飛び去っていく。
この反歌では、霧に覆われ、しかも雨の降る夜であるため、ホトトギスの姿は目に見えない。ただ鳴き声だけが聞こえ、しかも遠ざかっていくため、その声も徐々に消え去ろうとしている。
ここでは、長歌において、美しい映像として目に見えていた情景も、「鳴けど聞きよし」と歌われた鳴き声も、次第に小さくなり、やがて聞こえなくなる。
「鳴きてゆくなり」という表現は、時の流れの儚さを思わせ、去りゆくものの哀しみをより深く感じさせる。
最後に置かれた「あはれ」は、雨の中を飛び去っていくホトトギスに向けられた言葉であると同時に、高橋虫麻呂の心のあり方そのものをも表現している。
「独り生まれ」たホトトギスが、雨降る夜の静寂の中に消え去っていく。もしそこから生まれる哀愁に美が宿るとすれば、孤独は日本的な感性にとって、美の源泉となる可能性を秘めているとも考えられる。
高橋虫麻呂のホトトギスの歌は、周囲のウグイスに囲まれた孤立した存在を描きつつ、鳴き声や姿を通して美を映し出す。霧や雨に包まれ、姿は見えなくとも、遠ざかる鳴き声には去りゆくものへの哀しみと時の儚さが宿る。「あはれ」という言葉は、鳥そのものへの感情であると同時に、歌人自身の心の響きをも伝える。
周囲から孤立した哀しみを帯びた存在が、日本的な感性にとって美の源泉となるとすれば、21世紀の現代人の心に、新たな光をそっと差し込む可能性があるのではないだろうか。

