ジョン・レノンと荘子 Imagine Nowhere

古代中国の思想家・荘子を読んでいて、ふとジョン・レノンの「イマジン(Imagine)」の歌詞が頭に浮かんだ。
「天国も地獄もなく、頭の上には空があるだけ。そして、みんなが今日だけを生きる。そんな世界を想像してみよう。」という一番の歌詞はおおよそそんな内容だが、それは荘子が説く「万物が斉(ひと)しく、境目のない世界観」と響き合っている。

こうした類似、あるいは一致に気づくと、ビートルズが1965年に発表した「Nowhere Man」も思い出される。(「ひとりぼっちのあいつ」という日本語題が付けられているが、内容を的確に表していないため、ここではその題名は用いないことにする。)
「彼は本当にNowhere Man(どこにもない場所の男)だ。」という一節から始まり、否定形の表現が続いていく。しかしそれは単なる否定ではなく、一つの固定した視点がつくり出す区切りや差異を消し去ろうとする態度だとも解釈できる。ここにも荘子の「斉物(さいぶつ)論」と通じる精神が感じられる。

そんなことを意識しつつ、まず Imagine と Nowhere Man を聴いてみよう。

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オー・シャンゼリゼ Les Champs-Élysées

「オー・シャンゼリゼ」は、日本で最もよく知られたシャンソンの一つだが、この「オー」の意味は今でも時々誤って理解されることがある。シャンゼリゼにやって来て、「オー!」と感嘆の声を上げた、というふうに思われているらしい。
しかし、歌詞を見ると、リフレインの部分には « Aux Champs-Élysées » とあり、「オ」は「シャンゼリゼで」という場所を示す前置詞であることがわかる。

歌詞の内容はとてもロマンチックだ。シャンゼリゼをひとり寂しく歩いていた「私」が、偶然出会った「君(あなた)」に恋をする。昨日の夜は赤の他人だったのに、今朝は恋人。朝が明けると同時に、鳥たちが二人の愛を歌ってくれる。その出会いは、偶然ではなく、運命だったのだ。

道で声をかけたとき、「何でもいいから」とにかく話しかけたのは、« pour t’apprivoiser »、つまり、君(あなた)と「絆を結びたかった」からだという。
この « apprivoiser » という動詞は、『星の王子さま』で、キツネが王子さまに「絆を結ぶ」ことの大切さを教える場面でも使われている言葉だ。

そんなことを頭に置きながら、ジョー・ダッサン(Joe Dassin)の歌 « Les Champs-Élysées » を聴いてみよう。ちなみに原題には前置詞は入っていない。

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セリーヌ・ディオン アブラハムの記憶 Céline Dion La mémoire d’Abraham

ジャン=ジャック・ゴルドマン(Jean-Jacques Goldman)が作詞・作曲し、セリーヌ・ディオン(Céline Dion)が歌った「アブラハムの記憶」(La mémoire d’Abraham)。

アブラハムは、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教に共通する始祖とされる人物であり、彼の記憶に刻まれた出来事は、確かに特定の宗教と結びついた内容を含んでいる。
しかし私たちは、この曲の厳かな雰囲気の中で、苦難の中の祈りから生まれた、未来への希望を感じさせる、かすかな声に耳を傾けたい。

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Charles Azenavour Hier encore シャルル・アズナブール 昨日はまだ

シャルル・アズナブール(Charles Aznavour)はフランスを代表するシンガーソングライターで、2018年に94歳で亡くなるまで活動を続けた。

« Hier encore »(昨日はまだ)は、アズナブールの代表作の一つで、過ぎ去った青春時代(20歳の頃)への後悔と哀愁を歌った曲。
若い頃は何も考えず、ばかげたことや自分勝手なことばかりしていた。今になってそのことを振り返り、時間を無駄にしたと思うものの、それでも当時の思い出を懐かしく感じ、まるで昨日のことのように思われる。「昨日はまだ二十歳だった」と感じられるほどに。

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Renaud  Mistral gagnant ルノー  ミストラル・ガニャン

1852年生まれのルノー(Renaud)は社会問題や政治に関わるテーマを俗語などを交えて歌う歌手で、フランスでは現在でも一定の人気がある。
そんなルノーには珍しく、1985年に発表した「ミストラル・ガニャン」(Mistral gagant)は、子ども時代への郷愁が強く滲み出した曲で、娘ロリータに捧げられている。
そのために、歌詞の中には、ミストラル・ガニャン、ココ・ボエール、ルドゥドゥ、カール・アン・サック、ミントォなど、すでに発売されなくなったお菓子の名前がたくさん出てくる。

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Que reste-t-il de nos amours ? 残されし恋には

« Que reste-t-il de nos amours ? »は、1942年にシャルル・トレネ(Charles Trenet)が歌って大ヒットして以来、今でもフランスで歌い継がれている。

歌詞は非常に明快で、秋の夕べに終わってしまった恋を懐かしみながら、心に残るさまざまなものを思い描いていくという内容。
とても単純な構文の文章で書かれていて、単語が次々に重ねられ、思い出の品が積み重なっていく。

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ステイシー・ケント Stacey Kent 和らぎの声のジャズ・シンガー

ステイシー・ケント(Stacey Kent)は、ジャズ・ファン以外にはあまり知られていない歌手かもしれない。ニュージャージー州に生まれ、ロンドンで本格的に活動を始めてからは、英語、フランス語、ポルトガル語を駆使して歌い、ジャズのみならず、ポップスやボサノヴァなどジャンルを超えた活動を展開している。日本出身のノーベル賞作家カズオ・イシグロのお気に入りの歌手としても知られ、彼が作詞を手がけた楽曲もある。

幸いなことに、YouTubeにはステイシー・ケント自身の公式チャンネルがあり、彼女の楽曲を自由に楽しむことができる。
ここではまず、フランス語のアルバムRaconte-moiから« Le Jardin d’hiver »を聴きながら、彼女の歌声に耳を傾けてみよう。画面にはフランス語の字幕も表示される。

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ショパン自筆のワルツの発見

ショパンのこれまで知られていなかったワルツが、ニューヨークのモルガン図書館・博物館の保管庫から発見されたという記事が、2024年10月27日The New York Timesに掲載されている。

曲はイ短調のワルツだが、48小節で、長さにして80秒しかない。また、冒頭近くにショパンには珍しいfff(フォルティッシシモ:極めて強く)という記号が置かれている。
しかし、未完成作品ではなく、完成作であり、ショパンが20代前半だった1830年から1835年にかけて書かれたのではないかと、専門家によって推定されている。

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ジャズの楽しさ 上原ひとみ Hitomi

ジャズはインプロヴィゼーション(即興)の音楽で、楽譜があったとしても、その時その場の雰囲気の中でインスピレーションが湧きだし、自由な演奏が繰り出される。

ジャズ・ピアニスト上原ひとみが、そんなジャズの本質を見せている場面がyoutubeにアップされている。
すでに1度紹介したことがあるのだが、少し別の映像を付け加えて、もう1度紹介したい。(ジャズの楽しさ インプロヴィゼーションとリズム感

彼女は最初の演奏にあまり満足できなかったらしく、同じ曲をもう1度弾き直す。そんな時、彼女の身体の中から音楽が流れ出している、といった感じがする。
その後、今まで一度も弾いたことがない曲「マイ・ウエイ」をたどたどしく弾き始めるのだが、途中から見事なインスピレーションへと進んでいく。

それからもう一つ。上原ひとみがピアノを弾く時はいつでも楽しそうだ。本当に心の底から演奏を楽しんでいる様子が感じられる。
ジャズの楽しさはこれだ! 彼女の演奏を聴いて思わずそう言いたくなる。

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