
ドゥニ・ディドロは、18世紀の啓蒙思想を代表する『百科全書』の編集者として知られているが、哲学的な著作だけではなく、小説、演劇、美術評論等、多方面にわたる著作活動を行った。
活動の幅が広く、時代によって考え方も異なっているように見えるために、全ての著作の根底に流れるディドロの本質的な思考を見極めるのは難しいと言われている。
しかし、18世紀の時代精神の流れの中に彼の著作を置いてみると、一貫した基盤がおぼろげながら見てくる。
ディドロは徹底した物質主義の提唱者であり、無神論者だった。
「人間は物質である。」
この言葉を出発点として、次の問いに進む。
「物質である人間は、思索する。」
18世紀の啓蒙主義の中心にいた哲学者たちの中でも、神の存在を信じない者はそれほど数が多くなかった。
実証主義精神に基づき、実験科学によって神の存在を証明することはできない。しかし、ヴォルテールのように、ニュートン力学に由来する科学精神で現実の観察から思索を始めた哲学者でも、神の存在を否定することはなかった。
他方、ディドロは、ドルバック男爵(1723-1789)と並び、自然にある物質を超越した次元(=神)の存在を認めなかった。哲学も、生理学、博物学、医学と同様、恣意的な精神性の介入しない科学である必要があると考え、実証可能な対象は物質のみに限られるからである。
従って、人間も肉体という物質を観察、実験の対象にする。しかし、その物質は感情を持ち、比較し、経験し、記憶し、思考する。
としたら、物質から思考へのつながりをどのように考えたらいいのだろう?

