パリ時代のゴッホ Gogh à Paris 印象派と浮世絵

絵画の技法と印象派の試み

1886年2月の終わりにパリに着いたゴッホは、当時パリの画壇で勢力を増しつつあった印象派の画家達の技法を吸収し、数多くの作品を描いている。
ここでは、印象派の技法について、色の側面から検討し、ゴッホの習得したものがどのようなものだったのか見ていこう。

ルネサンス以来の伝統

近代絵画の歴史において、ルネサンスは決定的な重要性を持つ時代である。
遠近法の発見により、二次元の画布の上に三次元の空間の虚像を生み出すことができるようになる。
それと同時に、明暗法が使用され、描かれたものに立体感を与えることが可能になった。
その結果、三次元の現実を2次元のキャンバスの上に再現する絵画が描かれることになる。

その際、色彩に関しても、現実を模したものが使われる。
つまり、パレットの上で絵具を混ぜ合わせ、描く対象の色にできる限り近い色を作り出し、現実の色と錯覚させる色合いで描くようになる。

そうした画法が極限にまで進めば、現実の質感まで伴った絵画が制作される。
例えば、18世紀フランスのロココ美術を代表するフランソワ・ブーシェの「ポンパドゥール夫人」。

François Boucher, Madame de Pompadour

室内装飾、ドレス、女性の肌、花等、全てが細部まで綿密に描かれ、現実の質感を伴って再現されている印象を受ける。
「本物そっくり」と感嘆の声があがりそうな作品である。

19世紀の前半になると、究極まで再現性を追求する絵画に対して、新しい絵画を求める動きが出てくる。
イギリスのターナーやコンスタブル、フランスではドラクロワ等が、再現よりも、絵画そのものの美を表現する試みを始める。
その際に、線によって物の形を細部まで描き、そこに配色するのではなく、色を線に先行させるようになった。輪郭線はなくなり、色が熱狂的にうごめく絵画。

Eugène Delacroix, La Mort de Sardanapale

1860年代に入り、エドゥアール・マネを中心にした画家たちは、ドラクロワ的な色彩の実験をさらに押し進めるようになる。

その革新の中心となるのが、色。
現実の色に類似した色を絵具で作るためには、絵具を混ぜる必要がある。その時、絵具は必然的に暗くなる。

光の三原色とは逆に、色の三原則は混ぜると黒くなる。

マネに続く印象派の画家たちは、現実の色を再現するために、パレットの上で絵具を混ぜることをやめる。彼等は、画布の上に純色を配置し、その反射光が人間の眼で受容される時に生み出される色彩の効果を狙う方法を用いるようになる。
「筆触分割」と呼ばれる技法である。

筆触分割 — 初期の印象派絵画

筆触分割とは、太陽光のプリズムで分割される7つの色を基本とし、一つ一つの色をパレットの上で混ぜないで、純色として使用する技法のこと。

最初の頃は外光派と呼ばれ、太陽の光に照らされながら野外で絵を描き、光を捉えることを目指した画家たちの試みは、1874年に開催された第一回印象派展に出品された作品に結実されたと言っていいだろう。

その代表は、印象派という名称のきっかけになったモネの「印象:日の出」。

Claude Monet,   Impression, soleil levant

同時に展示された、モネのもう1枚の絵画「アルジェントゥーユの船留り」。

Claude Monet, Bassin d’Argenteuil

カミーユ・ピサロの「白い霜」。

Camille Pissaro, Gelée blanche

ルノワールの「踊り子」。

Auguste Renoir, Danseuse

筆触分割を用い、絵具を混ぜず、純色が用いられているために、明度が増し、画面が艶やかになっている様子がわかる。

パリに到着したゴッホは、印象派第一世代の画家たちの画法を取り入れた絵画も残している。

Vincent van Gogh, Une allée Jardin du Luxembourg
Gogh, Café Table with Absinthe
La guinguette à Montmartre
Vincent van Gogh, Le Moulin de blute

こうした絵画を見ると、オランダ時代のゴッホでは考えられない色彩に溢れ、明るい画面になっていることがわかる。

ところで、1886年の第8回印象派展にモネもルノワールも参加していない。10年の間に技法も変わり、色彩をより科学的、体系的に研究し、実作に活かす画家たちが現れて来ていたのだった。

点描画法 — 第8回印象画派展

第8回印象派展で最も話題となった作品は、スーラの「グランド・ジャット島の日曜日の午後」。

Georges Seurat, Un dimanche après-midi à l’île de la Grande Jatte

「グランド・ジャット島の日曜日の午後」に代表される点描画法を使った絵画に関して、美術批評家フェリックス・フェネオンは、次のように論評した。

色彩分割による画面処理はすでに行われていた。しかし、その分割は恣意的で、ある絵具の細長い筆触が、風景を通して赤の印象を発することもあれば、ある赤い輝きが緑で短く刻まれることもあった。— それに対して、ジョルジュ・スーラ、カミーユとリュシアン・ピサロ、デュボワ=ピエ、ポール・シニャックといった画家たちは、意識的、科学的なやり方で色調を分割している。

実際、スーラたちは、前の世代の印象派の画家たちように、経験や直観に頼るのではなく、科学的で厳密な色彩の表現を追求し、シュブルールの著作『色彩の同時対照の法則』等を研究した。

1886年の印象派展に出品された他の作品も見ておこう。シニャックの「クリーシーのガスタンク」。

Paul Signac, Les Gazomètres.Clichy

カミーユ・ピサロは、8回の印象派展全てに出品している唯一の画家であり、1874年と1886年の作品を比較するのは興味深い。
ここでは、「ピサロ 「エラニーの牛を追う娘」」を見てみよう。

Camille Pissaro, Vachère à Eragny

ゴッホはピサロから直接教えを請い、点描画法を試している。

Vincent van Gogh, l’Intérieur d’un restaurant
Vincent van Gogh, Parc d’Asnières au printemps
Vincent van Gogh, Vue de Paris depuis l’appartement de Théo

こうして、ゴッホは、パリ滞在の2年の間、第一世代と第二世代の印象派の技法を身につけていった。
しかし、彼の意識では、満足のいく結果を得ることはなかった。
その理由は何か?

オランダ時代、彼が最も力を注いだことは、「形」を捉えることだった。
それに対して、印象派の画家たちは「色」を中心に据える。そのため、形は朧気になり、形は色の後に退く。

印象派のように純色を用い、しかも形を明確に捉える絵画はないのか?
その疑問に答えるものが、日本の浮世絵だった。(次ページに続く)