フランソワ・ラブレー ルネサンス的理想の人間像を求めて 3/3 教育と自由

『第二の書 パンタグリュエル物語』(1532)には、ガルガンチュア王がパリにいる息子パンタグリュエルに送った手紙(第8章)が挿入され、フランス・ルネサンス期の教育論を代表するものと考えられている。
知識が人格形成につながる人文主義的な思想に基づく教育によって、父は息子に理想の人間像を伝える。

面白いことに、その後すぐ、パンタグリュエルは、アンチ理想像ともいえるパニュルジュに出会い、一生の友とする。
パニュルジュという名前はギリシア語で「どんなことでもする、意地悪」を意味し、トリックスターのような存在を暗示している。

『第一の書 ガルガンチュア物語』(1534)になると、パニュルジュの役割はある意味では修道士ジャンに引き継がれ、物語の最後、ユートピアである「テレームの僧院」が彼に与えられる。

唯一の規則が「欲することを行え。」という僧院は、人文主義を代表するエラスムスや『ユートピア』の著者トマス・モーアの理想ともつながる。
そうした空間がジャンという破天荒な修道士に与えられることは、ラブレーにおいて、滑稽さや遊びの精神も理想郷に含まれることを示している。
そこでは、「自由」が全ての根本に置かれる。

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フランソワ・ラブレー ルネサンス的理想の人間像を求めて 2/3 アレゴリー

フランソワ・ラブレーは、『第一の書(ガルガンチュア物語)』(1534)の最初に「前書き」を付け、ガルガンチュアとパンタグリュエルの物語の読み方を指定している。

最初に、プラトンの対話編『饗宴』を取り上げ、アルキビアデスがソクラテスについて、見かけと違い、自制心と勇敢さを持っていたと褒め称えたことを思い出させる。
そして、外見と中身の対比を、「シレーノスの箱」に喩える。その箱の表には他愛のない絵がたくさん描かれているが、中には貴重な香料が入っている。

この部分は、エラスムスの『格言集』に含まれる「アルキビアデスのシレーノス」を参照している。シレーノスとは、小さな木でできた醜い笛吹きの彫像。しかし、中を開けて見ることができ、神の像が姿を現す。
ソクラテスも姿形は醜いが、しかし最高の賢者である。

ラブレーは、こうした外見と内実の対照について語った後、骨を見つけた犬の例を取り上げる。
その犬は、熱心に骨を砕き、ほんの僅かしかない滋味豊かな髄を食べる。

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フランソワ・ラブレー ルネサンス的理想の人間像を求めて 1/3

15世紀半ば、ジャンヌ・ダルクの出現によって百年戦争が終わりを迎えた後、16世紀に至り、フランスはルネサンスの時期を迎える。
フランソワ・ラブレーは、まさにその時期の時代精神を体現した作家である。

彼の代表作『パンタグリュエル物語』と『ガルガンチュア物語』は、巨人の王様親子を中心にした荒唐無稽な物語が表の顔。しかし、内部には人文主義的思想を包み込んでいる。
そのために、私たち読者に、人間のあり方、教育、理想の社会、自由など、様々な問題について考えるきっかけを与えてくれる。

実際、ラブレーはフランス文学史の中でも大作家として認められ、500年近く経った現在でも数多くの読者を獲得している。

日本では、大江健三郎が師匠と仰ぐ渡辺一夫が、16世紀の思想や文学について行った優れた研究を土台にして、『パンタグリュエルとガルガンチュア物語』全五巻の翻訳を出版した(1941-1975)。
ただし、ラブレーの多様で難解な言語をそのまま反映した渡辺の翻訳は、素晴らしい力業であるが、現代の日本人には理解が難しい。
幸い、宮下志朗による新訳がちくま文庫から出版されているので、最初は宮下訳から読む方がラブレーの世界に入りやすい。

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