
平安時代の後半、平家や源氏といった武士団が勢力を拡大し、源平の合戦を経て、12世紀後半になると源頼朝が鎌倉に幕府を開くまでに至った。
その後、江戸幕府が崩壊する1868年までの約700年間、武士階級が政治の支配権を握ることになる。
その間、天皇家を中心とした貴族たちは京都に留まり、名目上は天皇が国家を支配し、武家の棟梁は征夷大将軍といった称号で朝廷に仕えるといった政治体制が取られた。
政権は鎌倉幕府から室町幕府、信長や秀吉の時代を経て江戸幕府へと移行したのだが、形式上は朝廷と武家による権力の二重構造が継続されたのだった。
その一方で、時代と共に農民や商人といった庶民の勢力が拡大し、文化の担い手は、京都の宮廷や寺院だけではなく、武士階級へ、そして一般の民衆へと広がっていった。
平安時代の公家文化が、鎌倉時代に入ると禅の影響を強く反映した武士の文化を生みだし、最終的には江戸時代の町人文化の中で成熟したといってもいいだろう。
私たちが現在日本の伝統と見なすものは、こうした歴史の流れの中で徐々に生み出されて来たものに他ならない。
ここではまず最初に、鎌倉時代と室町時代を通して、平安時代から何が変化し、何が新たに産み出されたのか、見ていくことにする。
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