無の美学 能と幽玄の美

複式夢幻能 ー 幽玄の美

現実と超現実の相剋は、複式夢幻能の中で物語的にも明確に表現されている。

複式夢幻能は、世阿弥によって芸術的に高められた能の形式。
前半と後半の2部構成になっていて、間に中入りが入り、前場と後場が明確に示される。

前場では、最初に、諸国一見の僧侶が現れる。彼は全国の由緒ある地を訪れ旅する僧で、能面を付けない、ワキと呼ばれる演者が演じる。
僧がある名所に着くと、そこに曰くありげな人物が通りかかり、その土地のいわれを語り、自分の身の上もほのめかす。この人物が主役で、シテと呼ばれ、能面を付けている。

ここまでが前場で、前シテは姿を消し、中入りに入る。

後場では、ワキの僧侶の前にシテが生前の姿で現れ、自分こそ、土地のいわくとなった出来事の本人であると打ち明ける。そして、出来事のいきさつを語り、美しい舞を舞い、僧に魂の供養を頼んだ後、消えていく。

この二段階の物語構成は、現実の人間(ワキ)が、亡霊など非現実の存在(シテ)と出会い、二つの世界の境界線が交わることから成り立っている。

Youtubeに「松風」をダイジェスト版で説明している映像があるので、夢幻能がどのようなものか、実際の上演に従って理解することができる。

一人の僧(ワキ)が、兵庫県の須磨海岸に立つ一本の木の前を通りかかる。そして、そこが、平安時代の歌人・在原行平を愛した松風の家のあった場所だと教えられる。
僧は弔いをした後、一夜の宿を取るため、塩屋に行く。

塩屋では、二人の海女(前シテと彼女に付きそうツレ)が桶を手にして現れ、秋の月を桶の水に映しながら、美しく謡う。
僧は、彼女たちに宿を請う。

宿で僧が松のことを話すと、二人は涙を流し、自分たちは松風(後シテ)とその妹(ツレ)の亡霊だと明かす。
そして、在原行平のことを思い涙を流し、彼の形見の衣裳を纏った松風は、激しい恋心に迷わされ、美しい舞を舞う。最後に、僧に弔いを願い、亡霊の世界に戻っていく。

物語の前半は現実世界で展開し、後半は亡霊が登場する。ここで興味深いのは、現実に生きる僧が亡霊と出会っても、まったく驚きもせず、ごく当たり前のこととして出来事が展開していくことである。
彼等にとって、この世とあの世は繋がっていて、一つの世界にすぎないかのように見える。

禅的な思考に従えば、この世は理性的な思考によって支され、知的に理解されるが、本質的なものはその根底にある実在=生そのものということになる。
能における超自然な存在は、実在からの使者、あるいは実在そのものと考えていいのではないだろうか。

禅について、鈴木大拙は次のように述べている。

人生の根本問題は、主客を分かつものであってはならぬ。問いは知性的に起こされるのであるが、答えは体験的でなくてはならぬ。なぜならば、知性の性質として、知性上の答えは必ず次から次へと問いを呼び求め、最後の答えに到り付くことができない。その上、たとえ知性の解決というものが得られたとしても、それは常に知性の上に留まり、おのれ自身の存在を揺り動かすものとはなり得ない。知性はただ周囲を空まわりし、かつつねに、二者対立の形で物事を取り上げる。ある意味では、実在に関する問いは、問われる以前にすでに答えられているとも言える。       (『禅』ちくま文庫)

超自然との出会いは、知性で解決できる次元を超え、実在そのものに達する体験だということができる。

実は、能では、複式夢幻能でなくても、超自然との出会いは頻繁に取り上げられていた。最もよく知られた例は、羽衣伝説に基づく「羽衣」だろう。

三保の松原で漁師(ワキ)が美しい羽衣を見つける。そこに天女(シテ)が現れ、返して欲しいと願う。そして、なかなか返してくれない漁師を前に、羽衣なしでは天に戻ることのできない天女は、涙を流す。

その姿を見た漁師は、天女の舞を見せてくれることを条件に、羽衣を返す約束をする。そこで、天女は羽衣を纏い、富士山を背景に美しい舞を舞い、最後に天へと戻って行く。

このように、「羽衣」でも、地上と天上は一続きであり、天女と遭遇した漁師に何の驚きもない。

複式夢幻能における世阿弥の工夫は、この世で未練を残した人々の暗く恐ろしい情念の世界を、美的な世界に変容させたことだといえる。
そのために、和歌の歌枕となった名所旧跡を物語の舞台として選び、平安時代から続く美と能を連結させ、その上で能的な美を生み出したのではないだろうか。
例えば、「松風」は、『古今和歌集』在原行平の和歌と、『源氏物語』の「須磨」に基づいている。

こうして平安朝の優美な美を連想させ、その上で、「もののあわれ」を「幽玄」へと変える。

秘する花を知る事。秘すれば花なり。秘せずは花なるべからずとなり。この分け目を知る事、肝要の花なり。(『風姿花伝』)

「秘せずは花なるべからず」とは、平安朝の華やかな美を指すのではないか。世阿弥は、花から華やかさを差し引くことで、新しい美を生み出していく。
「秘すれば花なり。」なのである。

何の物まねに品を変へてなるとも、幽玄をば離るべからず。
たとへば、上らふ・下らふ、男・女・僧・俗・田夫・野人・乞食・非人に至るまで、花の枝を一房づつかざしたらんを、おしなべて見んがごとし。(『風姿花伝』)

咲き誇る花ではなく、一房のみの花で美が生成する。
幽玄の美とは、極限にまで切り詰められ、無に限りなく近づくことから生まれる美だということが、一房という一語で示される。

『花鏡(かきょう)』になると、世阿弥は次の境地にまで至る。

さびさびとしたる中に、何とやらん感心のある所あり。

さびさび(寂寂)とは、ひっそとして淋しい様子であると同時に、心から妄想を払いのけ、無心の心持ちでもある。そうした無心の中でこそ、心が動き、感じる。無が有を生み出す。

世阿弥が完成させた複式幽玄能の目指すのは、この幽玄の美だったといえるだろう。

無の美学 能と幽玄の美」への2件のフィードバック

  1. dalichoko 2019年9月2日 / 5:13 PM

    とても勉強になりました。いつか近々座禅にも挑戦したいと念じています。
    (=^・^=)

    いいね: 1人

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