絵画を見る目のレッスン 2/2

一人の画家でも、キャリアを通して、描くタッチはかなり変化する。画家の気質が絵画の根底を貫いているとすると、時代による様式の変化等に応じて、対象は同じだとしても、絵画が生み出す印象はかなり違うこともある。

以下の二枚の静物画、一方は初期に、他方は後期に描かれたもの。「花」として見るのではなく、「絵具の動き」として見れば、あまりの違いに驚くかもしれない。

画家の名前を忘れ、ただ目の前に展開する絵具の運動として見てみたい。

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絵画を見る目のレッスン 1/2

「見る」ことはごく普通のことでありながら、実はとても難しい。実際には多様なものを見ているのだが、見ているものが何か分かると、そこで終わってしまうことが多い。

次の3枚の絵画は、ほぼ同じ時期に、三人の画家によって描かれた。
(1)と(2)では、同じ時に同じ場所でほぼ同じ対象(母子など)が描かれている。(3)のモデルも同じ女性。

プロの画家がもしモデルを忠実に再現しようとしたのであれば、3枚にそれほど違いはないはずである。しかし、私たちの目は違いをはっきりと捉える。
そのことは、絵画の目的が、写真と違い、ありのままの姿を再現することではないことを示している。「本物そっくり!」と絵の前で驚くことは、誉め言葉にならない。

絵画1枚1枚には特有の表現があり、表現そのものを「見る」ことが、絵画を見ることである。
3枚の絵は同じ表現様式を共有している画家たちによって描かれているために、かなり似ているのだが、しかし三人の画家にはそれぞれのタッチがあり、どこか違っている。
「何が」描かれているか以上に、「どのように」描かれているかを「見る」ことが、私たちの目のレッスンになる。

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プラトン的二元論から一元論的世界観(現前性)への大転換

19世紀の後半、ヨーロッパでは世界観の大きな転換があり、古代ギリシアのプラトンに始まり、ルネサンスを通して19世紀前半まで続いてきた世界観が大きく揺らぎ始めた。

フランスでは、その転換点に、シャルル・ボードレール、ギュスターヴ・フロベール、エドワール・マネたちが位置していた。
彼らの作品は、自分たちの時代の事物や出来事をテーマとして選択したが、その再現を目的とするのではなかった。
むしろ現実の再現を止め、現実から自立し、作品自体が現実とでもいえるものの創造を目指した。

端的に言えば、そこで生成されつつあったのは、現実とフィクションの区別をするのではなく、フィクションも一つの生命を有する現実と見なす一元論的世界観だった。

その大転換を理解するために、プラトニスムの転倒を企て、それに苦しみ、最後は狂気に陥った哲学者ニーチェについて書かれたマルティン・ハイデッガーの文章を読んでみたい。

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マネ 「草上の昼食」 現前性の絵画 Manet et la peinture de la présence

1863年に「落選者展」に展示されたマネの「草上の昼食」は、服を着た二人の男性の横にヌードの女性がリアルに描かれ、スキャンダルを巻き起こした絵画として知られている。

それまでのヌードは、女神やニンフといった人間を超えた存在として描かれ、美の典型を象徴するものとして認められてきた。
それに対して、マネのヌードは、普通の公園の中、理想化されない姿で女性の裸体が描かれている。その主題の選択が、ヨーロッパ絵画の伝統に反することは確かである。

しかし、主題の選択とは全く違う次元で、「草上の昼食」は新しい世界観、芸術観が誕生しつつあった証となる作品もある。

それまでの芸術では、例えば宗教画であれば、聖書などに物語が記され、その物語を描くものだった。つまり、絵画の意味はすでに存在し、それを再現して描くことが目的とされていた。
シャルル・ボードレールが、「古代の生活は多くを表象した(La vie ancienne représentait beaucoup.)」というのは、そのことを指している。
「表象réprésenter」とは「re(再び)- présent(現在)」にするという意味であり、「再び」という言葉が、すでに存在したものの再現であることを示している。

それに対して、モネの絵画は、「再び」ではなく、「今・ここの表現」であり、その意味で、「現前性(présence)」の絵画と呼ぶことができる。

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ボードレール「窓」 Baudelaire « Les Fenêtres » 生の生成

「窓(les Fenêtres)」は、1863年12月10日に「小散文詩(Petits Poèmes en prose)」という総題の下で発表された散文詩の一つであり、ボードレールの創作活動の中でかなり後期に位置する。
それだけに、ロマン主義から出発した彼の芸術観に基づきながら、19世紀後半以降の新しい世界観をはっきりと意識し、明確に表現しうる段階に来ていたことを証す作品になっている。

ロマン主義からモデルニテと呼ばれる新しい芸術観への変遷を最も端的に表現すれば、プラトニスム的二元論から、感性的現実と理念的理想の区分を想定しない一元論への大転換ということになる。
芸術は現実の理想化された再現であることをやめ、創造された作品自体が第一義的な価値を持つと考えられる時代になる。

Les Fenêtres

Celui qui regarde du dehors à travers une fenêtre ouverte, ne voit jamais autant de choses que celui qui regarde une fenêtre fermée. Il n’est pas d’objet plus profond, plus mystérieux, plus fécond, plus ténébreux, plus éblouissant qu’une fenêtre éclairée d’une chandelle. Ce qu’on peut voir au soleil est toujours moins intéressant que ce qui se passe derrière une vitre. Dans ce trou noir ou lumineux vit la vie, rêve la vie, souffre la vie.

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