ネルヴァル 「デルフィカ」 Nerval « Delfica » 再生と待機

第2の4行詩も「ミニョンの唄」を本歌としている。
そして、冒頭から、微妙な変形を行う。
« Connais-tu »を« Reconnais-tu »とし、最初の動詞に再び反復を意味する« re »を付けることで、「知っているか」から「知っているものを再認するか」に、質問をずらすのである。
そのことで、動詞の目的語として提示される神殿、レモン、洞窟は、すでに知っているものであることが示される。
問いは、それらを思い出すのか、ということにある。

Reconnais-tu le Temple au péristyle immense,
Et les citrons amers où s’imprimaient tes dents ?
Et la grotte, fatale aux hôtes imprudents,
Où du dragon vaincu dort l’antique semence.

汝、思い出すや、巨大な列柱の「神殿」を、
汝の歯が刻まれた苦いレモンを、
そして、あの洞窟を。不用意な客達には致命的なその洞窟には、
打ち負かされた竜の、古い種が眠っている。

レモンはすでに出てきたが、それ以外にも、列柱や洞窟と竜は、「ミニョンの唄」を参照する要素である。
また、家が「神殿」へと変えられ、現実的な次元から神話的次元への移行が行われる。

あなたはあのをご存じですか、の上に丸い屋根が乗り
大広間は輝き お部屋はきらめいています
そして大理石の像が立っていて 私を見てたずねます
「皆はお前に何をした、哀れな子よ」と
あなたはそこをよくご存知ですか?             
そこへ!そこへと

私はあなたと一緒に行きたいのです、私をお守りくださる人よ!
洞穴には古い血族の竜たちが住んでいます
岩は切り立ち その上を高波が越えている
あなたはそこをよくご存知ですか?             
そこへ!そこへと
私たちの道は続いています、おお父上、さあ参りましょう!

http://www7b.biglobe.ne.jp/~lyricssongs/TEXT/S6282.htm
Hendrick Goltzius, Cadmus slays the dragon

竜の存在は、それ自体ですでに超現実的であるが、ネルヴァルはそこに「歯(dent)」という要素を付け加え、竜からギリシア神話のカドモスを連想させる。

その目的は、再び、「再生」を暗示するため。

カドモスは、牛を女神アテナに捧げるため、家臣たちに命じて、泉に水を汲みに行かせる。しかし、その泉は竜によって守られており、家臣たちは殺されてしまう。
怒ったカドモスは、泉の竜を退治する。
その後、女神アテナに竜の歯を大地に巻くように言われ、その勧めに従う。すると、大地から武装した兵士たちが生まれる。
彼等はお互いに殺し合うが、5人だけは生き残り、カドモスが都市国家テーバイを建設するのを助ける。

これはテーバイ建設の神話だが、竜の歯から兵士が生まれるという部分は、死と再生の物語に基づいている。
ネルヴァルは、種あるいは精液(semence)という言葉によって、再生という概念を暗示している。
さらに、強大な(immence)と韻を踏ませることで、暗示をさらに協力にする。

ここで終われば、第1の4行詩と同様に再生と回帰を歌うことになるが、ネルヴァルは彼のもう一つの思想を込め、以下に続く3行詩2つの予告をする。

それは、眠る(dormir)という概念。
竜の歯から何かが再生するのではなく、種子はまだ眠っている。
再生や回帰が歌われるようでいながら、それはまだ実現せず、待機の状態に留まっている。
これこそ、ネルヴァルの思想の大きな特色である。
彼は死と再生の間にある感情を抱いている。

こうした中間状態の姿勢は、フランス革命とナポレオンの時代が終わったが、次の偉大な時代はまだ到来していないという時代精神と対応している。
歴史家のミシュレも、ヴィクトル・ユゴーも、一つの時代が終わり、次の時代はまた来ていないと述べている。

そうした中で、ネルヴァルも、二つの時代の間に落ち込み、再生を待つ精神的な姿勢を、自然に取るようになったのだろう。

ネルヴァルの作品世界の中では、レモンに歯の跡を刻むという行為は、辛抱できずにじりじりしている感情を示している。
「オクタヴィ」の中は、主人公たちはイタリアの港で船を待つ間、3日間足止めされる。4日目にやっと乗船できた時、イギリス人の女性は速度の遅さにじりじりして、「象牙色の歯をレモンの皮に刻み込んでいた。」

この挿話を知っていると、「デルフィカ」におけるレモンと歯形の刻印が、回帰あるいは再生を待ち焦がれている際の感情を密かに明かしていると考えることもできる。

vue prise au dessus de la grotte de Pausilippe en allant au tombeau de Virgile

14行あるソネットの中の最初の8行は、ゲーテの「ミニョンの唄」を読者に連想させながら、望郷ではなく、再生と回帰の予兆を巫女ダフネに問いかけるものだった。
続く3行詩になると、本歌は古代ローマの大詩人ヴェルギリウスの『牧歌』第4巻の一節へと移っていく。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中