ネルヴァル 「デルフィカ」 Nerval « Delfica » 再生と待機

ミケランジェロ、デルポイの巫女

「シメール詩篇」に収められたソネット「デルフィカ」は、ネルヴァルの文学技法と思考を知るための、最良の詩だといえる。

技法を一言で言えば、本歌取り。
知を共有する人々であれば誰もが知っている言葉や事柄を取り上げ、それを変形することで、彼自身の言葉を作り出し、彼の思考を表現する。

思考の内容に関しては、再生や回帰。
しかし、再生を歌うとしても、その実現を待つのが、彼の姿勢である。
象徴的に言えば、ネルヴァルは生と死の間にある煉獄(limbes)にいる。

「デルフィカ(Delfica)」に関して言えば、ゲーテの「ミニョンの唄」とヴェルギリウスの『牧歌』第4巻を主な本歌とし、その題名によって、アポロンに仕えるデルポイの巫女(sibylle de Delphes)の神託が詩となっていることを示している。

では、ネルヴァルの「デルフィカ」の中で発せられる神託はどのようなものだろうか。
まず、ゲーテの「ミニョンの唄」に基づく、2つの四行詩を見ていこう。

Delfica

La connais-tu, Dafné, cette ancienne romance
Au pied du sycomore, ou sous les lauriers blancs,
Sous l’olivier, le myrthe, ou les saules tremblants
Cette chanson d’amour… qui toujours recommence !

デルフィカ

汝は知るか、ダフネよ、あの古い愛の唄を。
大楓の足元、あるいは白い月桂樹の下、
オリーヴ、ミルト、あるいは震える柳の下、
あの愛の歌が。。。絶えることなく再び始まる!

この詩の出だしに、「汝は知るか(Connais-tu)」とある。
この表現がゲーテの「ミニョンの唄」に基づいていることは、ネルヴァルの時代の詩の読者であれば、誰でも知っていたに違いない。
つまり、ネルヴァルは本歌取りをしているということになる。

実際、ゲーテの詩は、「Kennst du (君知るや)」で始まる。

あなたはあの国をご存じですか(kennst du)、そこではレモンの花が咲き
暗い葉陰では 金色のオレンジが輝いています
穏やかな風が 青い空から吹き
ミルテはひそやかに、月桂樹は堂々と立っています
あなたはそこをよくご存知ですか?             
そこへ!そこへと
私はあなたと一緒に行きたいのです、私が愛する人よ!

http://www7b.biglobe.ne.jp/~lyricssongs/TEXT/S6282.htm
Ary Scheffer, Mignonne

この詩は、ゲーテの『ウィルヘルム・マイスターの修行時代』の中で、ドイツにいる少女ミニョンが、故郷のイタリアを懐かしみ、望郷の念に駆られて歌う歌として紹介された。

ネルヴァルは、「知っているか?(Connais-tu)」という冒頭の表現だけではなく、植物への言及もマネている。
ゲーテは、レモン(Zitronen, Citron)、ミルト(Myrte)、月桂樹(Lorbeer, Laurier)に言及する。
ネルヴァルは、ミルトと月桂樹でゲーテの詩を参照。
それ以外に、大楓(sycomore)、オリーヴ(olivier)、柳(saule)を付け加える。
他方、レモンは、第2の4行詩節の中で言及することになる。

こうして、参照元が読者にわかるように詩句を組み立てながら、その枠組みの中に新しい要素を注入する。

「ミニョンの唄」で知っているかと問いかけられる内容は、イタリアを思わせる数々の要素だった。
それに対して、ダフネに問いかけられるのは、「愛の唄(chanson d’amour)」。その歌は古くからあり、常に甦ってくる。

ここで重要なのは、古い歌が郷愁を誘うことではない。
その歌が、常に再び始められること、つまり永劫回帰することが重要となる。

そのことは、Romance – recommenceという韻によって、歌と再び始められることが結び付けられていることからも、強調される。

ネルヴァルの作品では、しばしば死後の再生や失われた時の回帰が取り上げられる。
それは、大きな視野から見ると、神秘主義的なテーマということができる。
合理的な理性では、死の後の復活もありえないし、過ぎ去った時間が戻ってくることもない。それらは反理性であり、神秘に属する事象だと言える。
「デルフィカ」では、そのテーマが、非常に簡潔な形で、愛の唄として表現されている。

本歌取りとは、すでに存在している歌の一部を含みながら新たな歌を詠み,本歌を連想させて歌にふくらみをもたせ、表現効果の重層化を意図する修辞法。

ネルヴァルが「本歌取り」という修辞法を知っていたわけではない。しかし、先行する詩の一部を取り込み、新しい要素を付け加えるという技法を用いたことは確かであり、「本歌取り」と同様の効果を狙ったと考えてもいいだろう。

Bernin, Apollon et Daphné

「ミニョンの唄」には出てこないもう一つの要素は、ダフネ(DafnéあるいはDaphné)というニンフ。

ダフネはアポロンに愛されるが、求愛を拒否して、逃げ回る。しかし、河の近くまで追い詰められ、父である河の神に頼み、月桂樹へと姿を変えてもらう。

悲しんだアポロンは、枝で月桂冠を作り、永遠に身につけたという神話が残っている。

デルポイの巫女の題名を持つ詩が、ダフネへの呼びかけを含むとしたら、巫女の神託がアポロンによるものであることを暗示していると考えてもいいだろう。

月桂樹を通して、ゲーテの詩とギリシア神話が繋げられ、望郷の本歌から、再生と回帰の神託へと、転換が図られるのである。

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