マラルメ 「エロディアード 舞台」 Mallarmé « Hérodiade Scène » 言語と自己の美的探求 6/7

Jean-Jacques Henner, Hérodiade

「エロディアード 舞台」の第86行目から117行目までの32行の詩句は、エロディアードが自己のあり方を4つの視点から規定する言葉から成り立っている。
まず、彼女が花開く庭から出発し、黄金、宝石、金属に言及されることで、個としてのエロディアードの前提となる、普遍的な美が示される。
次いで、乳母から見える彼女の姿。
3番目に、彼女自身が望む彼女の姿。
最後に、「私を見る私」という構図の種明かしがなされる。

H.

Oui, c’est pour moi, pour moi, que je fleuris, déserte !
Vous le savez, jardins d’améthyste, enfouis
Sans fin dans de savants abîmes éblouis,
Ors ignorés, gardant votre antique lumière
Sous le sombre sommeil d’une terre première,
Vous, pierres où mes yeux comme de purs bijoux
Empruntent leur clarté mélodieuse, et vous
Métaux qui donnez à ma jeune chevelure
Une splendeur fatale et sa massive allure !

        H. (エロディアード)

そう、犠牲者なのです。私のために、私のために、私は花開くのです。不毛な私!
そのことをあなたたちは知っているのです。紫水晶の庭たちよ、限りなく
葬られている庭、光輝く知の深淵の中に。
人に知られぬ黄金よ、古代の光を、
最初の大地の暗い眠りの下に保ち続けている黄金。
あなたたち、宝石よ、私の目が、汚れなき宝のように、
調べのいい光を借用している宝石。そして、あなたたち、
金属よ、私の若々しい髪に与えてくれるのは、
宿命的な輝きと堂々とした身のこなし!

「私のため(pour moi)」という言葉は、乳母がエロディアードに向かい、「誰のために、あなた様は人に知られぬ輝きと虚しい神秘を保っているのか」と問いかけた時、すでにエロディアードの口から発せられていた。
そして、彼女の「私のため」という言葉を聞き、乳母は、彼女のことを「悲しい花(triste fleur)」であり、「水の中の影(ombre dans l’eau)」と見なしたのだった。

この乳母の言葉は、エロディアードを乳母の視点、つまり現実の実在とその影とを峻別する2元論的な視点に基づいたもの。
それに対して、ここでは、エロディアード自身が、彼女の視点、つまり実在と影の相互性と虚無性に基づいた視点から、自己のあり方を描いてみせる。
そうした乳母と彼女の言葉の対比を明確にするために、マラルメは「私のため」という表現をあえて反復したのだと考えられる。

Caravaggio, Narcisse

まず最初に、エロディアードは、自身が不毛だと言う。それは、自分のために花開くから。
そのことによって示されるのは、今鏡の前に座る彼女の実在は、鏡に映る彼女の像によって成り立ち、その根底は虚無であるということ。

これまでに何度も話題にしてきたこの関係を再び取り上げた後、4つの物質に語り掛ける。
紫水晶の庭、黄金、宝石、金属。

それらは何を意味しているのだろうか。

鏡の前のエロディアードは、自己とその鏡像の中で閉じていて、不毛であるように見える。その上、その関係の基盤は「虚無」なのだ。
しかし、エロディアードは、その普遍的な関係性を内包していることで、個でありながら普遍でもある。
その普遍性は、「私は自身を鏡の中に現す(Je m’apparut en toi (miroir)」というエロディアードの言葉によって明かされていた。動詞が単純過去に置かれていることで、私(je)が話者の体験ではなく、三人称的な体験として語られる。
https://bohemegalante.com/2020/04/22/mallarme-herodiade-scene-4/3/

同様に、今エロディアードが呼びかけている4つの物質も、彼女の普遍的な属性だと考えることが出来る。
ここで思い出したいのは、最初に乳母が彼女の髪に香料をかけようとした時のこと。エロディアードは自分の髪が花ではなく、黄金(de l’or)であり、その黄金は金属の不毛な冷たさ(la froideur stérile du métal)を持っていると述べた。
4つの物質は、その言葉をさらに展開するものと見なしてもいいだろう。

まず、紫水晶(améthyste アメシスト)の庭が呼びかけの対象になる。
それらは深淵(abîmes)の中に葬られている。
深淵には、知識がある(savants)と光輝く(éblouis)という二つの形容詞が付いている。
葬られるには、限りなく(sans fin)という副詞句が付く。
こうした表現から、エロディアードの美が、知的な輝きと無限の深みを持っていることが暗示される。

Auguste Renoir, Jeune femme au crochet

黄金(ors)には、人に知られぬ(ignorés)という形容が付されている。
この形容詞は、乳母がエロディアードに向かって、「あなた様は誰のために人に知られぬ輝き(splendeur ignorée)を持っていられるのですか」と問いかけた時に、すでに使われていた。
さらに遡れば、最初に乳母が彼女を見、生きているのか亡霊なのかと自問した時、「人に知られぬ時代(âge ignoré)を歩くのは止めてください」と願った際にも使用された。
人に知られぬ美も、エロディアードの美の属性なのだ。
そして、人に知られぬ黄金は、最初の大地を照らした光、つまり事物が生成する瞬間の輝きを保っている。
時間の流れに押し流されて古びていく美ではなく、見られる度に新鮮な美。
だからこそ、毎回、見知らぬものに思われる。

宝石は混じりけがなく(pur)、調べのいい光(clarté mélodieuse)を、エロディアードの目に授けている。
調べがいい(mélodieuse)、つまり音楽的ということは、調和が取れ、リズミカルな印象を生み出す。
「音楽から富を取り戻す(reprendre à la musique notre bien)」と考えるマラルメにとって、音楽性は美の本質に他ならない。

金属は髪に「宿命的な輝き(splendeur fatale)」と「堂々とした身のこなし(massive allure)」を与える。
金属に関しては、すでにその冷たさ(froideur)に言及されていた。しかも、不毛な(stérile)冷たさ。
そうした属性が、見る者を惹きつける宿命的な美の一つのあり方だといえる。

マラルメは、こうして、エロディアードが体現する美の4つの属性を喚起した。

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