恋愛の誕生 Naissance de l’Amour 12世紀フランス文学における恋愛観の転換

Gustave Moreau, Sapho à Leucade

恋愛は12世紀のフランスで誕生した。

恋愛は人間に備わった自然な感情なのだから、恋愛が発明されたなどと言うのは馬鹿げていると考えるかもしれない。
実際、古代ギリシアの時代から、抒情詩人たちは激しい恋の感情を詩にしてきた。

柏の梢に吹き下ろす深山の嵐の如く
恋はわが胸を掻き乱す。(サッポー)

黄金なす愛欲の女神なくして何の人生ぞ、何の歓びぞ、
死なんかな、かの美わしきことどもの、過ぎにし夢と消え去れば、
秘めし恋、心込めたる贈り物、愛の臥床。 (エレゴス)

こうした詩句を読めば、恋愛がいつの時代にも存在したと考えるのが当たり前だろう。

では、12世紀にフランスで恋愛が発明されたというのは、間違った言葉なのだろうか。

恋愛とは何か?
それが、恋愛=12世紀の発明品説のキーポイントになる。

テレビで動物の番組を見ていると、繁殖の場面で「恋の季節」という言葉がよく使われる。そこでは、恋という言葉は繁殖行動を意味している。
上に挙げたエレゴスの詩でも、恋は愛欲の女神に支配され、恋愛が性的な欲望と表裏一体にあることがわかる。

そのように心と体が一体化しているのは自然なことではあるけれど、しかし、男性中心の社会制度の中で、恋愛においても男性が能動的な立場を取る場合、女性は欲望の対象であり、獲物と見なされがちになる。

古代ローマの詩人オウィディウスの恋愛詩集『恋愛の技術』には、愛の技術を習得すれば「あらゆる女は捕まえることができる」という効能が書かれ、様々なテクニックが記されている。

お目当ての女性の膝にチリが落ちていたら、指で払ってやらなければならない。チリが全然落ちていなくても、ありもしないチリを払い取ってやるべきだ。何でもいいから、彼女につくしてやるために都合のいい口実を探すのだ。

現代でも、こうした言葉は流通していそうである。
女性の側からも、男性を「落とす」テクニックが言葉にされたり、映像で流されたりしている。

恋愛がこうしたものであり続けたとしたら、恋愛を再定義しなおす必要はない。
逆に言えば、12世紀のフランスで恋愛が発明されたとしたら、恋愛の新しい概念が誕生したということである。

では、新しい恋愛とはどのようなものなのか?

ベルナール・ド・ヴァンタドールの恋愛詩「の光を浴びて、雲雀が」の冒頭の一節を読んでみよう。

陽の光を浴びて 雲雀が       Quand vei la lauseta mover
喜びのあまり羽ばたき舞い上がり   De joi sas alas contra’l rai,
やがて心に広がる甘美の感覚に    Que s’oblid’ e’s laissa cazer
われを忘れて落ちる姿を見るとき   Per la doussor qu’al cor li vai,
ああ どれほど羨ましく思えることか Ailas ! quals enveja m’en ve
恋の喜びに耽る人々の姿が      De cui qu’eu veja jauzion !
我ながら訝しく思える その一瞬   Meravilhas ai, quar desse 
渇望にこの胸がはり裂けぬは何故か  Lo cors de dezirier no’m fon.
https://bohemegalante.com/2019/04/09/alouette/

雲雀が空に舞い上がり、甘美な感覚に我を忘れる。そこに恋の歓びがある。
そうした感覚が、新しい恋愛なのだ。

何が新しいのか?

雲雀は、の光りを浴びて舞い上がる。小鳥が目指すのは太陽。
恋愛の対象は自分よりも上にいる。そして、その対象に向かいたいという強い渇望が甘美に感じられる。
それこそが新しい恋愛感情なのだ。
愛の対象を「落とす」ではなく、自分を上昇させたいと願う感情。

愛の対象が上にあり、愛の感情によって上昇するというのは、古代ギリシアの哲学者プラトンの論じる愛(エーロス)の理論と同じ構図に基づいている。
プラトンでは、愛とはイデア界に人間を導く力。

その愛を人間界で応用すると、恋愛とは、自分よりも上の存在に自分を導く力ということになる。
ヴァンタドールの詩では、空に向かい飛び立つ雲雀の姿で描かれている。

12世紀のフランスという時代を考えると、愛を捧げるというイメージがキリスト教とも関係していることがわかってくる。

パリのノートルダム大聖堂の建立が始まったのが、12世紀。
ノートルダム(notre dame)とは「私たちの婦人」を意味し、聖母マリアを指す。
従って、この大聖堂の建築は、聖母マリア信仰が大きな力を持つようになったことを示している。
言い方を変えれば、キリスト教の中で、女性的なものを崇める機運が高まったことを意味している。

その機運を個人的なレベルに移行させると、愛の対象は、Notre dame(私たちの婦人)からMa dame(私の婦人)になる。
恋愛とは、男性が女性を落とすものから、女性に対して捧げる感情になる。

その革命的な変革に伴い、恋愛の中心は、肉体の所有ではなく、心の問題になる。
そのことを象徴的に表現するのが、「遙かなる恋(amour de loin)」をテーマにした詩。今で言う、遠距離恋愛。
肉体的な接触がないために、感情だけが恋愛のテーマになる。

ジョフレ・リュデルは、「五月に日の長くなるころ」という詩の中で、まだ会ったことのない女性への愛を歌う。
彼は、ある巡礼者から地中海の反対側に住む高貴な女性の評判を聞き、彼女に恋をしてしまう。

遠い恋人にあこがれ溺れるものと
われを評する人の言葉は正しい
なぜなら 遙かなる恋をもたらす喜びに
いや優る喜びを 何ひとつ知らぬ

現代で言えば、テレビやステージの上でしか見ることのないアイドルに憧れ、実際に恋をするようなものだろうか。
肉体的な欲望を満たすのではなく、感情だけが恋愛を形成する。

リュデルの遙かなる恋の詩は、12世紀において、それまでの「落とす系の恋愛」から、「感情中心の恋愛」へと変化したことを象徴的に歌っている。
その意味で、恋愛の誕生を強く印象付けるものである。

面白いことに、肉体的な欲望を強く感じさせる恋愛とは違う恋愛感情が誕生した時代、人々は新しい恋愛が何なのか理解できないこともあった。
そこで、マリー・ド・フランスは、「ギジュマール」という物語の中で、恋愛が何かを、具体的な出来事によって例示している。
恋の矢に打たれた主人公が恋愛感情を自覚するための段階を描き、恋がどのようなものか説明するのである。

恋は、ため息から始まり、物思いをし、不眠に苦しむことで、自覚される。

しかし、恋の神は鋭くギジュマールを射た。彼の心はむごい拷問にかけられた。
ほかでもない、故郷のことを忘れるほど、奥方の姿が彼を悩ませた。
もはや傷の痛みも感じない。重苦しくため息をつくばかりだった。
(中略)
騎士(ギジュマール)は一人残され、物思いに沈み、もだえ苦しんだ。
その理由はわからなかった。それでも、もし奥方によって傷が癒されなければ、
自分は確実に死ぬであろう、ということは理解できた。
(中略)
彼は夜もすがら目覚めて過ごし、ため息をつき、身を責めさいなんだ。
奥方の言葉と身のこなしと、銀鼠色の瞳と美しい口元が、
心の中に浮かんで、その苦しみが心に突き刺さる思いであった。
彼は声を殺して「お慈悲を」と叫び、危うく奥方を「愛しい人」と呼ぶところだった。

こうした描写は、この症状が出たら恋愛であると、読者たちに教えている。
そのことは、感情に重心を置いた恋愛が当時は新しいものであり、説明されなければ恋愛と思われなかったことを示している。

12世紀のフランスに誕生した恋愛が、それまでの恋愛と違うことは、ため息をつき、悶々ともだえるギジュマールが、動物番組で見られる恋の季節とは全く関係ないことからもわかるだろう。
オスが戦い、メスを手に入れ、生殖に及ぶ恋の季節。愛欲の女神が支配し、恋愛の技術を使って女を手に入れる男たちの世界。
12世紀のフランスに誕生した恋愛は、そうした恋愛観を転換し、キリスト教信仰の中で聖母マリアをノートルダム(notre dame 私たちの婦人)として崇めるように、愛する対象(Ma dame、私の婦人)に心を捧げるものへと性質を変えた。

この二つの恋愛観は、現在でも共存している。
一方は、手に入れ、落とす恋愛。もう一方は、心を焦がす恋愛。
その両者はコインの裏表の関係にあり、どちらが面になっているかで、それぞれの捉え方が違ってくる。
12世紀フランスに恋愛が誕生したという表現は、恋愛の中心が心の問題であることを強調しているのだ。

そのことがわからないと、恋愛=12世紀フランスの発明品説を、自分の恋愛観に従って間違いと断定するだけになってしまう。


フランス文学では恋愛が数多く取り上げられ、しかも不倫であることが多い。
その理由は、12世紀に生まれた新しい恋愛観と関係している。

12世紀において、新しい恋愛の物語や詩を描く時、次のような構図が使われた。

恋するのは、若い騎士。
恋愛の対象は、若い貴婦人。彼女は城主の妻。
二人の愛の障害になるのは、年老いた城主で、若い婦人の夫。

結婚は愛の問題ではなく、城主の一族に子孫を残し、家を維持するための社会関係。
その中では、城主が支配者であり、妻は子孫を残すための存在でしかない。

そうした婚姻関係の枠の外で、騎士が城主の妻に捧げるのが恋愛。
従って、恋愛とは、雲雀が空に舞い上がるように、自分よりも上にいる存在に対して捧げる感情ということになる。
また、原則として、肉体的な関係を持つこともない。(子孫を残す愛の季節は夫婦間の問題。)
さらに、城主の妻と家臣の関係は秘密であることが求められる。秘密の暴露は恋愛の破綻に終わる。

こうした原則が12世紀の恋愛誕生の構図であり、恋愛は結婚の枠外で誕生した。
13世紀以降になると未婚の男女の恋愛物語も誕生するが、しかしそうした中でも、二人の間には何らかの障害が設定され、その障害が恋愛を激しく燃え上がられる薪となった。

こうした歴史的な背景があり、フランス文学で恋愛をテーマにする際には、不倫関係に設定されることが多い。


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