ジェラール・ド・ネルヴァル 「10月の夜」ユーモアと皮肉 Gérard de Nerval « Les Nuits d’Octobre » humour et ironie 5/5

『イリュストラシオン』誌1852年11月11日に発表された「10月の夜」の連載5回目の記事。(最終回)

モーでメリノの髪の女性の出し物を見、その影響で変な夢を見た後、語り手は再びその出し物について語る。
その過程で、彼が語ることが実際にあったのか、それともなかったのかといったこと等、言葉と現実の関係について考察しながら、面白可笑しく体験談を綴っていく。

ネルヴァルの想定していた読者は、同じ話題を共有し、ツーカーで話が通じる人々。そのために、21世紀の日本の読者には馴染みのないことも多く出てくる。従って、たくさんの注をつける必要が出てくるが、ネルヴァルの語りの面白さ(ユーモアと皮肉)を感じるためには、知らないことは知らないこととして、彼の語りについていくのが一番。

イタリアの芸人の言葉に対するチェックは、音に対するネルヴァルの繊細さを示す。
監獄の牢番と彼の妻、モーからクレピ・アン・ヴァロワへ向かう時に彼を連行する警官たち、クレピの市長。彼等と語り手の言葉のやり取りは、エスプリに飛んでいる。
最後に、レアリズムに関する批判的な言葉が付け加えられる。

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ジェラール・ド・ネルヴァル 「10月の夜」ユーモアと皮肉 Gérard de Nerval « Les Nuits d’Octobre » humour et ironie 4/5

「10月の夜」の第4回目の記事。
「イリュストラシオン」誌の1852年11月6日に掲載された。

語り手は、場末のパリを離れ、郊外の町モー(Meaux)に向かう。そして、その夜、奇妙な出し物を見たおかげで、とても変な夢を見る。
回廊を歩き回ったり、モーの市長が出てきたり、ドイツ風の土の精霊達が彼の頭蓋骨をハンマーで叩いて、分解したり・・・。つじつまが合わない夢が続く。
翌朝5時に目を覚まし、ホテルを出て、マルヌ川沿いの景色を眺めながら、前夜のことを考えたりする。

「10月の夜」は、レアリスムを標榜し、目に入るものをそのまま描くだけで、結末のある物語を語らないというのが、最初の原則だった。
ネルヴァルは、ユーモアと皮肉を込めながら、その実践をしていく。

夢はもともと脈絡がなく、何が起こってもいいし、意味がわからない。
実は、現実も本来は夢と同じようにただ出来事が続いていくだけなのだが、私たちは無意識のうちに脈絡や整合性を作り挙げて、何となく理解している。
ネルヴァルの実験は、そうした現実や夢を、あるがままに記述していくことにあった。
従って、読んでいて、何を意味しているのかわからなくなることがある。しかし、それがネルヴァルの「10月の夜」における戦略。
読者は、彼の言葉遊びやユーモアを持った語りに、にやっと笑ったり、多少困惑しながら、ついていくしかない。

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ネルヴァル 「監獄の中庭」 Gérard de Nerval « Cour de prison » 監禁の中で自然を感じる感受性

ジェラール・ド・ネルヴァルは19世紀前半のパリの詩人だが、豊かな自然に満ちたヴァロワ地方を愛し、都会の喧噪で疲れた心を田舎の自然で癒すこともあった。

そんな詩人の若い頃の詩に、「監獄の中庭(Cour de prison)」がある。
1830年の7月革命のすぐ後、サント・ペラジー(Sainte-Pélagie)という監獄の中に閉じ込められた時のことを歌った詩。
ネルヴァルという詩人の繊細な感受性がとてもよく感じられる。

現実世界の政治に対しては皮肉な眼差しを投げかける。肉体は閉鎖空間に閉じこもることを強いられることもある。
そんな中でも、精神は自由に動き、僅かな自然の気配を心で感じる。
それがネルヴァルなのだ。

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ジェラール・ド・ネルヴァル 「10月の夜」ユーモアと皮肉 Gérard de Nerval « Les Nuits d’Octobre » humour et ironie 3/5

1852年10月30日発行の『イリュストラシオン』誌に掲載された『10月の夜』の第3回。

19世紀半ばのパリ中央市場付近の様子が具体的に描かれ、当時の民衆言葉も再現されているために、歴史的資料としても興味深い。

他方で、あまりにもローカルな事柄がローカルな言葉で書かれている部分もあり、現代の読者にはわかり難い部分もある。

10.焼き鳥屋

おお、真珠のように麗しい声の少女よ、――お前は、音楽院で教えられるみたいな‘楽句の区切り方’を知らない。――‘歌い方を知らない’と、音楽評論家なら言うだろう・・・。でも、ぼくはうっとりする。若々しい声の響きと、祖母たちの素朴な歌と同じように震える語尾に! お前が作った歌詞は韻を踏まないし、メロディーは‘教会音楽の4本の譜線’には書けない。―― あの小さな集いの中でだけ理解され、大喝采を浴びる。お前のお母さんに向かって、歌の先生のところに通わせろという人が出てくるだろう。―― そこに行くようになったらすぐに、お前は失われる・・・。私たちにとっては失われてしまう!―― お前は今、深淵の淵で歌っている、北欧神話の『エッダ』に出てくる白鳥みたいに。学識に染まっていない純粋なお前の声を、思い出として持ち続けることができますように! 歌劇場でも、コンサートでも、―― 歌声喫茶でさえも、お前が歌うのを聞きませんように!

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ジェラール・ド・ネルヴァル 「10月の夜」ユーモアと皮肉 Gérard de Nerval « Les Nuits d’Octobre » humour et ironie 2/5

1852年10月23日に『イリュストラシオン誌』に掲載された、「10月の夜」の第2回。

当時場末だったモンマルトルから、さらにディープな場末であるパンタンへと二人は向かう。
そこにある酒場では、秘密結社の集会が行われていて、ネルヴァルはその様子を細かく語っていく。

21世紀の読者にとっては、知らないことばかりで、わからない!と思うこともたくさんあるだろう。
しかし、19世紀半ばの読者でも、モンマルトルやパンタンは普通では足を踏み入れない地区であり、へえーと思うことがたくさんあったに違いない。
私たちも、知らないことは知らないこととして、ネルヴァルの後について、怪しげな夜の町に忍び込んでみよう。

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ジェラール・ド・ネルヴァル 「10月の夜」ユーモアと皮肉 Gérard de Nerval « Les Nuits d’Octobre » humour et ironie 1/5

Nadar, Gérard de Nerval

ジェラール・ド・ネルヴァルは、しばしば、狂気と幻想の作家と言われてきた。
しかし、彼の声に耳を傾けて実際に作品を読んでみると、その場その場で話題になっていることを、面白可笑しく、時に皮肉を込めて、友だちと話すのが大好きな人間の姿が見えてくる。
ちょっと内気で、あまり大きな声ではない。やっと4,5人の友だちに聞こえるくらい。でも、調子づくと、脱線しながら、面白い話が次々に出てくる。

1852年に『イリュストラシオン』という絵入り雑誌に5回に渡って掲載された「10月の夜」は、そうしたネルヴァルの語り口をはっきりと感じさせてくれる。

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フランス語講座 ネルヴァル 「オーレリア」 Gérard de Nerval « Aurélia »

ネルヴァルは、「オーレリア」の冒頭で、夢の世界を、象牙あるいは角の扉によって現実世界から隔てられたもう一つの世界として描き出している。
闇の中で新しい光に照らされて浮かび上がるその世界は、劇場の舞台の上で芝居が始まる時のようでもある。

日本語に訳すのではなく、フランス語を前から辿っていくと、ネルヴァルの描く映像が目の前に展開するような印象を受ける。

  Le Rêve est une seconde vie. Je n’ai pu percer sans frémir ces portes d’ivoire ou de corne qui nous séparent du monde invisible. Les premiers instants du sommeil sont l’image de la mort ; un engourdissement nébuleux saisit notre pensée, et nous ne pouvons déterminer l’instant précis où le moi, sous une autre forme, continue l’œuvre de l’existence. C’est un souterrain vague qui s’éclaire peu à peu, et où se dégagent de l’ombre et de la nuit les pâles figures gravement immobiles qui habitent le séjour des limbes. Puis le tableau se forme, une clarté nouvelle illumine et fait jouer ces apparitions bizarres : – le monde des Esprits s’ouvre pour nous.

朗読
http://www.litteratureaudio.net/mp3/Gerard_de_Nerval_-_Aurelia_Partie_1.mp3

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フランス語講座 ネルヴァル 「シルヴィ」 Gérard de Nerval « Sylvie » 2/2 心のスクリーンに映し出された映像を描く散文

第二段落では、舞台上の女優の姿が描き出されるが、それは決して客観的な描写ではなく、心の目で見た彼女の姿。

とりわけ、「夜のように青白い」に続く長い描写は、古代の遺跡に残された壁画を思わせ、ネルヴァルの筆が絵画を描いているように感じられる。

  Je me sentais vivre en elle, et elle vivait pour moi seul. Son sourire me remplissait d’une béatitude infinie ; la vibration de sa voix si douce et cependant fortement timbrée me faisait tressaillir de joie et d’amour. Elle avait pour moi toutes les perfections, elle répondait à tous mes enthousiasmes, à tous mes caprices, — belle comme le jour aux feux de la rampe qui l’éclairait d’en bas, pâle comme la nuit, quand la rampe baissée la laissait éclairée d’en haut sous les rayons du lustre et la montrait plus naturelle, brillant dans l’ombre de sa seule beauté, comme les Heures divines qui se découpent, avec une étoile au front, sur les fonds bruns des fresques d’Herculanum !

録音:1分8秒から。
http://www.litteratureaudio.net/mp3/Gerard_de_Nerval_-_Sylvie_Nuit_perdue.mp3

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フランス語講座 ネルヴァル 「シルヴィ」 Gérard de Nerval « Sylvie » 1/2 心のスクリーンに映し出された映像を描く散文

ジェラール・ド・ネルヴァルの「シルヴィ」は、とても美しく音楽的な散文で綴られている。
とりわけ、冒頭の一節で描き出される劇場の様子は、21世紀のフランス語の文章構造と比較するとずいぶんと複雑で、わかりにくいと思われるかもしれない。
しかし、前から読み、ブロック毎に意味を理解していくと、情景が自然に心の中に浮かび、主人公の「私」と同じ感覚を味わっているような気持ちになる。

文章が複雑だと感じられる原因を探りながら、それが難しさではなく、文体上の工夫だとわかると、フランス語で文学作品を読む楽しみを感じることができるようになる。

Je sortais d’un théâtre où tous les soirs je paraissais aux avant-scènes en grande tenue de soupirant. Quelquefois tout était plein, quelquefois tout était vide. Peu m’importait d’arrêter mes regards sur un parterre peuplé seulement d’une trentaine d’amateurs forcés, sur des loges garnies de bonnets ou de toilettes surannées, — ou bien de faire partie d’une salle animée et frémissante couronnée à tous ses étages de toilettes fleuries, de bijoux étincelants et de visages radieux. Indifférent au spectacle de la salle, celui du théâtre ne m’arrêtait guère, — excepté lorsqu’à la seconde ou à la troisième scène d’un maussade chef-d’œuvre d’alors, une apparition bien connue illuminait l’espace vide, rendant la vie d’un souffle et d’un mot à ces vaines figures qui m’entouraient.

朗読
http://www.litteratureaudio.net/mp3/Gerard_de_Nerval_-_Sylvie_Nuit_perdue.mp3

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ネルヴァル 「デルフィカ」 Nerval « Delfica » 再生と待機

ミケランジェロ、デルポイの巫女

「シメール詩篇」に収められたソネット「デルフィカ」は、ネルヴァルの文学技法と思考を知るための、最良の詩だといえる。

技法を一言で言えば、本歌取り。
知を共有する人々であれば誰もが知っている言葉や事柄を取り上げ、それを変形することで、彼自身の言葉を作り出し、彼の思考を表現する。

思考の内容に関しては、再生や回帰。
しかし、再生を歌うとしても、その実現を待つのが、彼の姿勢である。
象徴的に言えば、ネルヴァルは生と死の間にある煉獄(limbes)にいる。

「デルフィカ(Delfica)」に関して言えば、ゲーテの「ミニョンの唄」とヴェルギリウスの『牧歌』第4巻を主な本歌とし、その題名によって、アポロンに仕えるデルポイの巫女(sibylle de Delphes)の神託が詩となっていることを示している。

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