AIと倫理

ChatGPTが爆発的な普及をしたために、AIの倫理が話題になっている。ところが、実際に何か問題なのかは、必ずしも明快ではない。

2023年5月に、AI開発の中心人物とされるジェフリー・ヒルトンが、AIの危険性を自由に訴えるために、Google社を退社したというニュースが流れた。
ヒルトンは、AIの危険性として、人間の制御を超えて予測不可能な振る舞いを示す可能性、人間の様々な判断において人間に取って代わる可能性、人間の雇用を奪う可能性、AIによって作り出される情報や画像の真実性とフェイクの区別の困難さなどをあげ、「社会と人類に深刻なリスクをもたらす」可能性があるとし「AIを制御できる方法を見つけるまで技術を拡大させるべきではない」と指摘した。

この主張は、2023年3月「AIを制御できる方法」を模索するために半年間の開発中止の訴えを行ったイーロン・マスクたちの発想と軌を一にしている。
ただし、マスクはその1ヶ月後には、巨額の予算を投入してAI開発のための会社を立ち上げた。
そのことは、2000人以上の署名を集めた公開書簡の意図が、「社会や人類に深刻なリスク」を検討するためではなく、「半年間の開発中止」だったことを明らかにしている。

AIの倫理を考える際に、ジャフリー・ヒルトンとイーロン・マスクの例をあげたのは、同様の言葉を前にして、どのように読み取るかは私たち一人一人にかかっているということを示すためである。

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数字を読む コロナによる死者数 出生者数

試験で18点だったと言えば、フランスではよくできると驚かれるし、日本だったら落第だ。というのも、フランスでは満点は20点で、日本では100点なのが一般的。18という数字は、20に対してなのか、100に対してなのかで、価値が変化する。

こんな当たり前のことが、しばしば忘れられる。

コロナの死者の累計は、厚生労働省の発表によれば、2023年3月22日の時点で、7万3562人。(最初の死者が確認されたのは2020年2月。)

この数字をどのように考えるかは個人の考え方にかかっているが、相対化するためには、年間の総死者数の知ることが一つの指標となる。
2020年 137万2648
2021年 143万9809
2022年 158万2033
計    439万4490

二つの統計の間の期間が少しズレるが、大まかに見ると、3年間の全死者数が約440万人、そのうちのコロナによる死者数は約7万4000人となる。
逆に言えば、コロナ以外の死者数は、430万人以上。そのうちの約10分の1は老衰によるというデータもある。

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情報の読み方 二極化しつつある世界を前にして

2023年3月20日はアメリカ軍がイラクの首都バクダットに空爆を始めた日から20年、というニュースが流れていた。
戦争の大義は、サダム・フセインが大量破壊兵器(核兵器)を所有しているというものだったが、兵器は見つからず、フセイン政権が打倒されただけで、結局は、イスラム過激派(IS)が中東やアフリカに拡散する結果になった。

2001年9月11日にニューヨークで起きた同時多発テロをきっかけにして行われたアフガニスタン侵攻でも、アルカイダの指導者ウサマ・ビン・ラディンを標的にし、アメリカ軍がアフガニスタンに侵攻、タリバン政権を崩壊させた。
しかし、20年後の2021年アメリカ軍が完全撤退すると、タリバン政権が復活し、現在に至っている。

この2つの戦争は、1990年の湾岸戦争で、クエートを併合したイラクに対し、多国籍軍がサウジアラビアを拠点にして攻撃し、イラクを撤退させた戦争に端を発している。

2011年に起こったリビアの内戦においては、カダフィ大佐率いる政府軍と反体制派の戦いが激しさを増す中で、最終的にはアメリカ、イギリス、フランス軍が介入し、NATO軍が激しい空爆を行い、政権を崩壊させた。

こうした出来事は、第二次世界大戦後、そして、とりわけ湾岸戦争と同じ1991年にソビエト連邦が崩壊した後から、パクス・アメリカーナ(アメリカによる平和)が続いていたことを示すいくつかの例だといえる。

日本でも、アメリカ軍によって守られているという意識、あるいは現実がある。
「自由で開かれたインド太平洋」という表現は、パクス・アメリカーナを別の表現にしたもの。
「国際社会」という表現も、同じことを指している。ただし、こちらの表現になると、世界の大部分の国が「同じ価値観を共有する」のだと見なし、共有しない少数を反対勢力とする。

以上のような状況は、アメリカの圧倒的な軍事力と経済力によって可能になったものだが、中国の経済力が増すに従い、不確定要素が増しているというのが、現在の世界全体の情勢だと考えられる。

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議会制民主主義の費用対効果 日本の場合

年金制度をめぐるフランス国内の混乱における政治家たちの姿、日本の国会議員選挙の結果などを見ていると、議会制民主主義という政治制度が今日において機能しうるのかどうか、疑問に思えてくる。
問題は、それに代わる制度が提案されないことなのだが、その一方で、「議員報酬が高すぎる」とか「政治には金がかかる」といった言葉の中身を具体的に知っておくことも必要だろう。

衆議院と参議院から構成される国会は、行政府(政府)、司法府(裁判所)とともに三権分立の柱をなす立法府であり、その職務の中心は、法律の制定、予算の議決と決算など。
その職務に値する議員を選ぶために行われるのが選挙であり、国民は投票権を持つことで、国会議員を選ぶ権利を有する。

この当たり前を前提として、国会議員に対して、国民が負担する金額をざっと数えてみよう。

1)議員1人に一年間でかかる金額 ー 約1億円

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アンヌ・二ヴァ(Anne Nivat) ロシアとウクライナ紛争の事実を伝えるジャーナリストのインタヴュー

アンヌ・ニヴァ(Anne Nivat)は、チェチェン、イラク、アフガニスタンなどの戦争を取材したジャーナリスト。
彼女は英語、ドイツ語、イタリア語、チェチェン語、ポーランド語、アラビア語を使いこなすだけではなく、両親がロシア関係の専門家だったためにロシア語が堪能で、ロシアとウクライナの戦争の取材にもあたっている。

インタヴューの中で、司会のヤン・ヴァルテス(Yann Barthès)が、今回のウクライナでの戦争の特色は何かと質問したのに対して、彼女はまず最初に、「戦争はみんな同じ。罪のない若者が死んでいる。」と答えている。
これが戦争の第一の現実なのだ。

その上で、今回の戦争の特色は、情報戦争(guerre informationnelle)だという。

彼女は、その情報戦の一方の視点に偏ることなく、現場の事実を事実として伝えようとする。
以下のURLでインタヴューを見ることができる。

https://www.tf1.fr/tmc/quotidien-avec-yann-barthes/videos/invitee-anne-nivat-analyse-la-guerre-en-ukraine-partie-1-15257307.html

https://www.tf1.fr/tmc/quotidien-avec-yann-barthes/videos/invitee-anne-nivat-analyse-la-guerre-en-ukraine-partie-2-76038157.html

コミュニケーションの道具としての言葉の力 — 理解と感情

「阿吽(あうん)の呼吸」とは、言わなくてもお互いにわかり合っているという意味で使われる表現。
そんな関係では、何かのおりに「ありがとうございました。」とお礼を言うと、「そんな水くさいこと言わなくても。。。」という返事が返ってくるかもしれない。

言葉で言わなければわかり合えない関係では、言葉を使ってコミュニケーションを図る。その場合には、「話せばわかる」という前提に立って会話をするのが基本である。
言葉は通じるものであり、そうでなければ、話し合う意味がない。

ところが、言いたいことが相手に伝わらないとか、誤解されたと思うことがある。
そんな時には、自分の言い方が悪かったのかと反省したり、相手の理解力のなさや勘の鈍さを責めたりもする。

では、なぜ言葉の意味や意図がスムーズに伝わる場合と、そうでない場合があるのだろう? 
そして、言葉が人の感情を動かし、喜ばせたり、傷つけたりすることがあるのは何故だろう?

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コミュニケーションについて 村上春樹『風の歌を聴け』のジェイズ・バー 柄谷行人『探求 I 』

村上春樹の『風の歌を聴け』の中に、コミュニケーションについて考えるヒントとなる場面がある。

 「ジェイズ・バー」のカンターには煙草の脂で変色した1枚の古びた版画が掛かっていて、どうしようもなく退屈した時など僕は何時間も飽きもせずにその絵を眺め続けた。まるでロールシャッハ・テストにでも使われそうな図柄は、僕には向かいあって座った二匹の緑色の猿が空気の抜けかけた二つのテニス・ボールを投げ合っているように見えた。
 僕がバーテンのジェイにそう言うと、彼はしばらくじっとそれを眺めてから、そう言えばそうだね、と気のなさそうに行った。
「何を象徴しているのかな?」僕はそう訊ねてみた。
 「左の猿があんたで、右のが私だね。あたしがビール瓶を投げると、あんたが代金を投げてよこす。」
 僕は感心してビールを飲んだ。

ロールシャッハ・テストにでも使われそうな図柄が、「僕」には、二匹の猿が二つのテニス・ボールを投げ合っている姿に見える。他方、ジェイは、一方の猿がビール瓶を投げ、他方の猿は代金を投げていると言う。

では、なぜ「僕」はジェイの解釈に感心するのだろう?

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ジャーナリストLiseron Boudoulのインタヴュー

Liseron Boudoulは世界中で戦争や紛争が起こる度に現地に赴き、驚くほど現場に密着した取材をするジャーナリスト。彼女は2022年2月の初旬にウクライナで取材を始め、親ロシア派の地域、ロシアに攻撃された地域、モスクワで約4ヶ月間活動した。

Depuis le début de la guerre en Ukraine, les reportages de Liseron Boudoul, grand reporter pour TF1, nous aident à comprendre la situation sur place et les enjeux de ce conflit. La journaliste a passé trois mois sur les lignes de front en Ukraine et un mois à Moscou. Elle est l’une des rares à être restée sur place si longtemps et à avoir tourné des reportages des deux côtés, en Ukraine et en Russie. De retour à Paris, Liseron Boudoul revient sur quatre mois d’une guerre en Europe.

日本の歴史から見えてくる日本的なもの

日本の歴史に関して、全体を見直してみると、大まかな塊があることがわかってくる。
(1)無文字文化:縄文、弥生、古墳時代。
(2)仏教の伝来と国家の統一:飛鳥、奈良、平安。(538-1191 : 約650年)
(3)武家の台頭と禅宗の移入:鎌倉、室町。(1192-1573 : 約400年)
(4)武士と町人の時代;織豊、江戸。(1580-1867 : 約300年)
(5)西欧思想と近代文化:明治、大正、昭和、平成、令和。(1868-2022 : 約150年)

このように見直すだけで、気づくことがある。
1.仏教が伝来し、中国大陸からもたらされた文字を応用して日本語の書記言語を作るまで、日本には基本的に文字がなかったこと。

2.あまり意識されないことだが、飛鳥時代から江戸時代までの約1300年の間、漢詩の文化が継続し、和の文化と並立していた。そうした状況は、ヨーロッパにおいて、ラテン語と各国語(フランス語、イタリア語、ドイツ語等)が並立していた文化の様相と類似している。

3.明治維新から現在までの間には、まだ150年程度しか経っていない。中国大陸の文化的影響の長さと比較すると、西洋文化が移入されてからの時間は驚くほど短い。

こんなことを頭に置きながら、それぞれの文化の段階で、現在の私たちと関係ありそうなことを探ってみよう。

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与謝野晶子 「君死にたまふことなかれ」 Akiko Yosano « Que tu ne meures pas »

1904年(明治37年)2月から1905年(明治38年)9月にかけて行われた日露戦争の中で、旅順要塞を日本軍が包囲し陥落させた戦いは、旅順攻囲戦と呼ばれている。

与謝野晶子は、その旅順攻囲戦に兵士として送り出された弟の命を心配し、「君死にたまふことなかれ」と歌った。

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