ネルヴァルの名刺(裏面) 「アルテミス」  Gérard de Nerval « Artémis »

アレクサンドル・デュマに渡した名刺の裏面に書き付けられた「アルテミス」では、オルフェウスによって暗示された神秘に関する、ネルヴァル的開示がなされる。
(名刺の表面に書かれた「エル・デスディチャド」を参照)
https://bohemegalante.com/2019/05/12/el-desdichado-carte-de-visite-nerval-endroit/

Apollon et Artémis

アルテミスは、ローマ神話ではダイアナと同一視され、狩りと月の処女神であるが、ギリシア神話の中では、ゼウスとレートーと間に生まれた子どもで、アポロンの双生児とされている。

名刺の表側の「私」がフェビュス(アポロン)であるならば、裏面にアルテミスの名前があることに驚きはない。

しかし、詩の内容は、ギリシア・ローマ神話とはかなり異質であり、謎めいている。「アルテミス」では、オルフェウス的詩人の神秘に関して、なぞなぞのようなゲーム感覚で詩句が展開する。

二つの神秘 :時間と男女

第1カトラン(4行詩)では、二つの謎と回答のヒントが提示される。

La Treizième revient… C’est encor la première ;
Et c’est toujours la seule, ou c’est le seul moment :
Car es-tu reine, ô toi ! la première ou dernière ?
Es-tu roi, toi le seul ou le dernier amant ?…

十三番目が戻ってくる。。。それはまた第一番目。
いつも変わらず唯一のもの、あるいは唯一の瞬間。
というのも、女王なのか、其方は! 最初の、あるいは最後の?
王なのか、其方は。ただ一人の、あるいは最後の恋人?

1.最初の謎かけ:時間

十三番目が一番で、それがさらにただ一つのもの、という謎かけ。
とても不思議ですぐには答えが出ない。そこで、ネルヴァルはヒントを準備する。それが瞬間(le moment)という言葉。
このヒントになる単語は男性名詞。それに対して、それ以前の序数についている冠詞は女性形。とすると、瞬間と対応する単語で女性名詞。このように考えると、時間(une heure)であることがわかる。

十三番目(la Treizième)というのは13時(13 heures)で、最初(la première)は1時。アナログ時計の文字盤を思い浮かべると、時計の針は1時から一周すると13時。同じ場所に戻ってくる。まさに、「十三番目が戻ってくる。。。それはまた第一番目」。

では、それがただ一つの時というのは、どういうことだろうか。
時間(heure)を当てる謎かけは、この本質的な問いへの導入に他ならない。答えのヒントは、「十三番目が戻ってくる」に隠されている。

そこで今度は、戻る(revenir)という動詞に注目しなければならない。
普通、時間は決して戻ることはないと考えられる。直進し不可逆的な時間意識。それに対して、時間が回帰するとは、日常的な常識を覆すことに他ならない。
他方、アナログ時計の文字盤は多くの場合円盤であり、その上を針が回転する。その針の先は時間を示す数をたどる。
そして、針の根元は時計盤の中央で一点に集中し、あたかも全ての時間の源のようである。それは回転軸上の時間の源。「いつも変わらず唯一の」時間とは、その原初的な時間を暗示している。

ネルヴァルはこの最初の謎かけで、神秘とは何か、私たちの告げようとしたのではないか。
現実世界の時間は、直線的で不可逆な流れとして捉えられる。大人が子どもに戻ることはなく、死の後の再生もない。一度起こったことは取り戻せない。
神秘とはそうした常識を覆すものに他ならない。神秘的な出来事は、特別なことでありながら、特別なことではない。私たちの現実感覚には適合しない現象を、私たちは神秘と呼ぶ。

オルフェウスは地獄に降り、そこから戻る。それは死と再生の過程である。その後、彼はオルフェウス教を広める。その教義の中心は、輪廻転生と言われる。肉体は死ぬが魂は不滅であり、別の肉体の中で生を続ける。修行の目的は肉体という監獄から最終的な解脱であり、そのために秘儀的な通過儀礼が課す厳しい試練を受ける。入信者は、オルフェウスの死と再生を反復すると言ってもいいだろう。

ただし、試練の過程でその意味を知ることはできず、秘儀は不可解で不可思議なものと見なされる。
「アルテミス」が書かれたと推定される1853年の秋、ネルヴァルはジョルジュ・サンドに精神の異常をきたした状態を示す手紙を送った。その中で、ギリシアのアテネに近い小都市エレウシスで行われた秘儀の式文に言及した。
「我は太鼓から食し、シンバルから飲んだ。」
この謎の言葉に対して、「シルヴィ」の作者は、「はっきりとわかる意味は欠けている。」とした上で、「必要な時には、無意味なことや馬鹿げたことの境界を越えなければならない。」という解釈を加えた。
死後の再生、輪廻転生等も常識では考えられない不条理なことであり、時間の回帰もその中に加えられる。それらは、現実感覚に適合しないという意味で、神秘に属する。

2.二番目の謎かけ:男女

一つ目の神秘は時間に関係していたが、二つ目の神秘は男女の区分に関するなぞなぞである。
「女王なのか、王なのか」と問いかけるとき、その相手は誰なのか。
ここでも、最初の(la première)、最後の(la dernière)、最後の(le seul)の後の名詞が隠されている。
そして、ヒントが最後に置かれる。唯一の恋人(le seul amant)。
問いかけられた相手(tu)は、女性にせよ、男性にせよ、恋人なのだ。

では、問いかけられた相手(tu)は、同じ人なのか、別の存在なのか。つまり、女王に問いかけ、王の問いかけているのか。それとも、女王なのか王なのかと、一人の人間に問いかけているのか。
謎のヒントは、時間に関するクイズにある。1時、13時、そして全ての時間の起源となる唯一の時という考え方を適用すると、最初の恋人、最後の恋人、全ての恋人の起源となる唯一の恋人という発想が浮かぶ。

ここでの神秘は、男女の区別であり、その現実的な概念に従わないことにある。相手が最初の人なのかも最後の人なのかわからないという時間的な順番を超え、男なのか女なのかもわからない。

この謎は、実は、錬金術から来ている。錬金術とは、非金属を金に変える術であり、非金属と金の絶対的な差に変更を加えるという意味で、神秘的な術と考えられる。

ネルヴァルは、先に言及したジョルジュ・サンド宛の手紙の中で、エレウシスの秘儀で使われる呪文を書きつけた後、錬金術の石である「ボローニャの石」に出てくるルキウス・プリスクス(LUCIUS PRISCUS …)という名前を、自分のサインのように記していた。

ボローニャの石

「ボローニャの石」の碑文は、神々の魂に捧げる(D. M. )という題名が付けられ、アエリア・ラエリア・クリスピス(AELIA LAELIA CRISPIS)とルキウス・アガト・プリスキウス(LUCIUS AGATHO PRISCIUS)という二つの固有名詞が上げられ、それぞれに説明が加えられている。
アエリアは、「男でも、女でも、両性具有でもない」で始まり、娘でも若くも年寄りでもないなど、全ての属性を否定する言葉が続く。そして、最後に、「それら全てである。」と結論付けられる。
ルキウスも同様に、「夫でも、恋人でも、親戚でもなく」の後も否定が続き、その後、墓石と遺体がどちらでもなく、どちらでもあるという謎の文で終わる。

ネルヴァルは、意図的に「アルテミス」の詩句を謎めいたものにし、「ボローニャの石」の碑文と同じほど解釈を難しくした。
詩人がそのことに自覚的であったことは、アレクサンドル・デュマに渡したのではないかと考えられる「ロンバール原稿」を見ると推測できる。
そこでは詩の下に、次の様な言葉が見られる。

理解できないですか!。。。以下を読んでください。/神々の魂に。— ルキウス・アガト・プリスキウス/夫でもなく/ジェラール・ド・ネルヴァル

この記述は、「ボローニャの石」の碑文が、「アルテミス」の第3—4行詩句の下敷きになっていることを証明している。

全ての否定を超越した総合という観点からすると、女王か王かと呼びかけられる相手は、一人だと考えてもいいだろう。
男性でも女性でもなく、最初でも最後でもなく、それら全てである存在。唯一の時に対応する、唯一の存在だといえる。
そこで、第三詩行の冒頭に置かれた「なぜなら(car)」という言葉は、「起源の時」と「起源の恋人」の対応関係を示し、両者とも、唯一者が多様な展開をするという原理に基づいていることの暗示となっている。多は一であり、一は多なのだ。

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