ネルヴァルの名刺(表面) 「エル・デスディチャド(不幸者)」  Gérard de Nerval « El Desdichado »

ジェラール・ド・ネルヴァルの「エル・デスディチャド(不幸者)」と題されたソネットを最初に公にしたのは、アレクサンドル・デュマだった。
彼は、1853年12月10日付けの「銃士」という新聞の中で、ネルヴァルに関してかなり茶化した紹介文を書いた。

数ヶ月前から精神病院に入っている詩人は、魅力的で立派な男だが、仕事が忙しくなると、想像力が活発に働き過ぎ、理性を追い出してしまう。麻薬を飲んでワープした人たちと同じように、頭の中が夢と幻覚で一杯になり、アラビアンナイトのような空想的で荒唐無稽な物語を語り出す。そして、物語の主人公たちと次々に一体化し、ある時は自分を狂人だと思い、別の時には幻想的な国の案内人だと思い込んだりする。メランコリーがミューズとなり、心を引き裂く詩を綴ることもある。

この記事が出たとき、ネルヴァルは精神に異状をきたし、入院していた。デュマの文は、ネルヴァルの狂気を面白可笑しく読者に伝えているという風にも読むことが出来る。
デュマは、狂気の証明としてであるかのように、一つのソネット「エル・デスディチャド」を引用する。それは、ネルヴァルが数日前に事務所を訪れた際、名詞代わりに残していったものだという。

デュマは書いていないが、ネルヴァルはその時、もう一つのソネットも残していったようである。しかし、その詩があまりにも不可解であるため、新聞に掲載されることはなかった。その詩「アルテミス」は、ネルヴァルにとっては名刺の裏側だったのではないか。

「エル・デスディチャド」と「アルテミス」は、1枚の名刺の表と裏。そうした仮説に従って、最初に表側に記された詩を読んでいく。

現在は喪失の時:黒い太陽

名刺の最初は、「私は誰々です」というプレゼンテーションから始まる。

« El Desdichado »

Je suis le ténébreux, – le veuf, – l’inconsolé,
Le prince d’Aquitaine à la tour abolie :
Ma seule étoileest morte, – et mon luth constellé
Porte le Soleil noirde la Mélancolie.

私は暗く、やもめで、慰めもない男。
アキテーヌ地方の王子だが、城の塔は壊れている。
私のたった一つの星も死んでしまった。— 星座がちりばめられたリュートには、
「メランコリア」の「黒い太陽」。

題名のエル・デスディチャドはスペイン語で不幸な者という意味があり、遺産相続から排除された者でもある。

第一詩句では、やもめの暗い男で、慰めがないと自分を定義する。つまり、光、妻、慰めが欠けている存在。

第2詩句では、アキテーヌ地方の王子だと明かされるが、彼の城の塔は崩れ落ちている。ここでも、欠如したイメージが示される。
アキテーヌ地方というのは、フランスの西南部の地域で、ネルヴァルの父方の家族の出身地である。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%AD%E3%83%86%E3%83%BC%E3%83%8C%E5%9C%B0%E5%9F%9F%E5%9C%8F

第3詩句では、私のただ一つの星が死んでしまったと、死のイメージが喚起される。星が死ぬというのは詩的な表現と捉えることもできるが、ネルヴァルがしばしば言及する17世紀の作家スカロンの『喜劇物語』という小説の中で、デスタン(運命)とエトワール(星)というカップルが登場するところから、私のエトワール(星)とは、恋人を指しているのではないかと考えられる。

第3詩句の後半から第4詩句で語られるのは、楽器のリュート。中世からバロック期を代表する弦楽器であり、「私」がその時代の音楽家、あるいは詩人であることが暗示される。

Caravagio, Le joueur de luth

その楽器に星座の模様が施されている(constellé)としたら、私の唯一の星(エトワール)が天に昇ったことをほのめかしているのかもしれない。

しかし、すぐ後に、「メランコリアの黒い太陽」がエンブレムとして付けられ、憂鬱な音を響かせる楽器に違いない。

「メランコリアの黒い太陽」は、ドイツの画家アルブレヒト・デュラーの「メランコリアI」を思い出させる。

Albrect Dürer, Melancolie I

題名のメランコリアが示すとおり、憂鬱気質の天使が描かれ、背景の壁に描かれている惑星は黒い太陽であるという説がある。

黒い太陽に関して、言葉そのものに注目すると、黒いという形容詞と太陽という名詞は矛盾する関係にあり、それを結合する表現は撞着語法(オクシモロン)と呼ばれる。
オクシモロンは、あえて矛盾を生み出すことで、読者の注意を引く強い表現である。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%92%9E%E7%9D%80%E8%AA%9E%E6%B3%95

さらに言えば、対立するものを一致させることで、現実を超えたものを喚起する秘めた力を持っていると考えることもできる。

時制を見ると、全ての動詞が現在形に置かれ、「私」の今がどのような状況にあるのかが示されている。
そこで明らかになるのは、現在が喪失の時ということ。
「私」は全てを奪われ、憂鬱の内に沈んでいる。城の塔は崩れ落ち、恋人は失われ、リュートには黒い太陽のエンブレムが付いている。

その一方で、アキテーヌ地方の王子やリュートからは、中世の吟遊詩人の面影を感じることができ、「私」がメランコリックな詩人であることが暗示されてもいる。

Walter von der Vogelweide, miniature du Codex Manesse

過去は慰めの時:ポジッリポ

Dans la nuit du tombeau, toi qui m’as consolé,
Rends-moi le Pausilippe et la mer d’Italie,
La fleur qui plaisait tant à mon cœur désolé,
Et la treille où le pampre à la rose s’allie.

墓石の夜の中で、私を慰めてくれた「あなた」よ、
返してください、ポジッリポとイタリアの海を、
荒れ果てた私の心にとってあれほど愛しかった「花」を、
ブドウの枝とバラがからみあう、あの棚を。

恋人が死に、慰めのない状態(inconsolé)の現在に対し、過去も墓場の中にいるように暗い状態ではあった。しかし、闇の中で慰めてくれる(conosolé)人がいた。それが「あなた」と呼ばれる存在。誰なのか詳しいことは記されず、いきなり「あなた」とだけ名指される。

その「あなた」に向かい、「私」は四つのものを返して欲しいと願う。
ポジッリポ。イタリアの海。花。ブドウ棚。

ポジッリポは、ナポリ湾に面した土地の名前。ポジッリポには、慰めという意味がある。

そこには洞窟があり、入り口には古代ローマの詩人ウェルギリウスの墓があるとされていた。
https://fr.wikipedia.org/wiki/Pausilippe

Thomas Jones, Grotte du Pausilippe, 1782

ポジッリポに続くイタリアの海は、ナポリ湾を指すものと考えられる。有名な青の洞窟のあるカプリ島が浮かび、ナポリの背景にはヴェスヴィオ火山がある。その火山は、起源79年、突然噴煙をあげ、ポンペイの街を一瞬のうちに埋没された。

ネルヴァルは1834年と1843年にこの地を訪れ、ポンペイにあるイシスの神殿を中心にした紀行文を書いている。(『火の娘たち』に収められた「イシス」。)

Karl Brullov, The Last Day of Pompeii

18世紀の半ば、ポンペイが発見され、発掘が始められた。古代ローマの都市がそのままの姿で甦る姿は、人々の心に大きなインパクトを与え、カール・ブリューロフの絵画「ポンペイ最後の日」や、エドワード・ブルワー=リットンの同名の小説を生み出した。

ポジッリポとイタリアの海は、従って、ウェルギリウスという詩人の思い出とともに、復活、再生の希望も含んでいる。

次に出てくる「花」は何の花とも特定されていない。とにかく、私の荒廃した心にとってこの上もなく大切に思われた花とだけ指定される。

しかし、この詩の記された一つの原稿には注が付けられ、この花をオダマキ(ancolie)としている。
フランス語のアンコリの音は、メランコリー(mél-ancolie)の中に含まれる。ただし、黒い(mélas)がないことで、憂鬱ではない状態を暗示すると考えることができる。詩人の心を慰めた花は、黒=憂鬱の抜けた花ということになる。

四番目は、ブドウとバラが絡み合う棚。
ここで大切なことは、結びつくという動詞(s’allie)が現在形に置かれていることである。
返して欲しいものが過去に置かれているので、動詞は過去の時制(半過去形)が使われるはずである。それにもかかわらず現在形が使われているのは、なぜか。二つの花の結びつきが過去のことではなく、時間に関係なく常にそうであるような状態を指すと考えられる。それは普遍的な現在でもあり、別の見方をすると「永遠の現在」を示しているともいえる。
ぶどう棚は、永遠の時を象徴していると考えられるのである。

このように、今が喪失の時だとすると、過去は充足の時だった。
その過去を返して下さいと祈る気持ちは、ロマン主義的な抒情を生み出す原動力である。1820年に発表されたラマルティーヌの「湖」という詩は、その仕組みに基づき、ロマン主義的抒情を見事に表現している。
https://bohemegalante.com/2019/03/18/lamartine-le-lac/

「エス・デスディチャド」の2つのカトランは、名刺の上半分といえる。
そこでは、「私は・・・( Je suis …)」と始められ、リュートを持つ詩人、しかも、メランコリーに取り憑かれたロマン主義の詩人であるという自己紹介がなされている。

私は誰? 謎かけ遊び

Suis-je Amour ou Phébus ?… Lusignan ou Biron ?
Mon front est rouge encor du baiser de la reine ;
J’ai rêvé dans la grotte où nage la syrène…

私はアムール、フェビュス?。。。 リュジニャン、ビロン?
私の額は、女王の口づけで、今でも赤いまま。
私は洞窟で夢を見たことがある。あの人魚の泳ぐ洞窟で。

詩の最初に「私は暗い人間」と始め、8行の詩句を使って、自分をメランコリックなロマン主義詩人として紹介してきた。それが九行目に至り、「私は誰?」とでもいうように、疑問文(Suis-je)に変わる。

この詩を書いた1853年秋、ネルヴァルは精神に異状をきたし、精神病院に入院していた。そこで、第9詩行は、狂気の印と理解されることがあった。あるいは、この詩全体を自己認識、アイデンティティーの揺らぎの表現と見なすこともある。

しかし、「エル デスディチャド」を名刺の表側に書かれた詩と考えると、「私」は4人の人物のうちの誰なのかという問いかけは、ユーモアに富んだ謎かけ遊びと捉えることも可能である。

そのようにして、ロマン主義詩人という肩書きを作り直し、より自分に相応しい詩人像を提示したのだと考えてみたい。ネルヴァルは自己韜晦を愛する、皮肉とユーモアの詩人なのだ。

ここで言及される四人の人物が誰なのかに関しては、様々な説が提示されてきた。しかし、まだ完全に解明されたとはいえないし、ネルヴァルが本当に何を考えていたのか知ることはできないだろう。

最初の読者であるアレクサンドル・デュマは、新聞「銃士」にこの詩を掲載した際、ビロンの綴り字を« Biron »ではなく、« Byron »とした。IをYに変えたことは、彼がこの固有名詞をイギリスの詩人バイロンと理解したことを示している。
他方、Iのままだと、フランスの16世紀の軍人の名前を指したり、19世紀の芝居の登場人物を指したりもする。また、ネルヴァルの時代には、バイロンもIの綴り字で書かれることがあったという。

こうしたことは、ビロンが誰なのか、デュマでさえもネルヴァルの考えた人物とは違って考えたかもしれないということである。
あるいは、皮肉屋のネルヴァルのことだから、あえて誰か特定できないように、あいまいなままにしておいたのかもしれない。そうすることで謎かけの楽しみが大きくなる。

最初に提示されたアムールは、愛の神キュッピット。

フェビュスは普通はアポロンの別名と考えられるが、フォワ伯ガストン・フェビュス3世を指すという説、ヴィクトル・ユゴーの『ノートルダム・ド・パリ』に出てくるフェビュス説もある。

リュジニャンは、異類婚姻譚の女主人公メリュジーヌの夫ポワトゥー伯レイモンが属するリュジニャン一族の名前。

こうした名前が正確に誰を指すのか、特定することはできないし、不毛の提案を重ねるだけになりかねない。ここでは、誰であるのかというよりも、問いそのものが意味を持つと考えた方がいい。

第10詩行からは、再び自分の状態や過去の行為へと戻る。

まず、今の私。女王から口づけされた赤い印が、今でも額に残っている。
ここで、第一カトランとは違う状況が示されていることは重要である。最初の認識では、現在は喪失の時であり、全てが失われた状態にあった。唯一の星(恋人)は死に、詩人の紋章はメランコリアの黒い太陽だった。
それに対して、私は誰でしょうという謎かけの後になると、額がまだ赤い(rouge encor)と言われる。過去の幸福の跡が今でも残っている。現在は喪失の時ではなく、過去を含み込んだ時になる。

過去の出来事として、洞窟の中で夢見たことも付け加えられる。
その洞窟の中では人魚が泳いでいる。

ここで、泳ぐという動詞が、現在形に置かれていることに注目しなければならない。夢見た(j’ai rêvé)が複合過去形で語られ、既に完了した過去の出来事として位置づけられている。その時、洞窟の中で人魚が泳ぐのも過去の出来事のはずで、時制の一致を考えれば半過去形(la syrène nageait)が使われるのが普通である。それにもかかわらず現在形が使われているとしたら、それは時間軸の中に位置づけられない出来事である「普遍的な現在」、言い方を変えると「永遠の現在」であるといえる。詩人が夢見た洞窟は、永遠(イデア)の世界なのだ。

「永遠の現在」は、第2カトランの最後に呼び出されたブドウ棚でも示されていた。そこでは、ブドウの枝とバラとの結びつきが現在形(s’allie)で描かれていた。その意味で、第8行詩句は、カトランからテルセへの移行を準備しているのである。

ロマン主義の本質は、不在の理想をメランコリックに渇望するところから生まれる叙情性にある。ネルヴァルは喪失の現在と理想の過去との関係を再構築し、現在が不在の時でありながら、しかしその不在を潜在的に含む、生の時間として提示しなおしたと考えてもいいだろう。
過去も含む現在。それは、今でありながら、永遠でもある。

オルフェウスの竪琴

Et j’ai deux fois vainqueur traversé l’Achéron :
Modulant tour à tour sur la lyre d’Orphée
Les soupirs de la sainte et les cris de la fée.

私は二度、勝者としてアケロン河を渡った。
オルフェウスの竪琴に乗せ、代わる代わる奏でたのは
聖女のため息と妖精の叫び。

「私」は二度地獄の河を渡った。一度は行き、二度目は戻ることができたのだ。そこで、死の世界から帰還し、勝者(vainqueur)である言う。

アケロン河は地獄の川。オルフェウスは、竪琴が奏でる美しい音楽の調べによって、渡し守カロンや獰猛な犬ケルベロスたちを魅了し、地獄に下ることが出来る。
さらに、地獄の王ハデスや女王ペルセポネーもやはり竪琴の調べで魅了し、妻のエウリディーチェを地上に連れ戻す許可を得る。その時、地上に出るまで、後ろを振り返ってはいけないという条件を付けられる。
しかし、オルフェウスは最後の瞬間にその約束を破り、エウリディーチェの方を振り返り、彼女は地獄に連れ戻され、永遠に失われてしまう。

Poussin, Orphée (部分)

このエピソードを通して浮かび上がってくるオルフェウスの姿は、竪琴の演奏家であり、後の時代には詩人の象徴となる。地獄下りの英雄は音楽家であり、竪琴に乗せて歌う「私」は、オルフェウスに連なる詩人だということになる。

Gustave Moreau, Orphée

オルフェウスの神話は、しかし、ここで終わりではない。一人地上の戻った男は、決して心慰められることなく妻の思い出にひたり、他の女性たちに心を動かすことなく、オルフェウス教という密儀宗教を布教した。輪廻転生を信じ、秘教的な儀式を通して悲しみの輪である肉体の転生から解脱することが、その宗教の目標だった。その布教の途中、トラキアの地を訪れた時、バッカスにそそのかされた女たちマイナスに襲われ、八つ裂きにされてしまう。ヘブロス河に投げ捨てられて彼の首と竪琴はレスボス島に流れ着き、首は丁寧に埋葬され、竪琴は天の登り琴座になったという伝説が伝えられている。

https://bohemegalante.com/2019/04/14/orphee-izanaki/
(オルフェウスに関しては、こちらを参照。)

オルフェウスは単なる詩人ではなく、秘密に満ちた宗教の始祖として崇められ、竪琴が天上に昇ることから、彼の音楽は「天上の音楽」とも考えられる。

第2カトランでは、ポジッリポを通してウェルギリウスのイメージが暗示されていたが、第2テルセではオルフェウスの竪琴にはっきりと言及される。
そのようにして、オルフェウスの末裔である「私」も、単なる詩人というだけではなく、神秘的な力を持つ音楽=詩を生み出す創造者であることが示される。

では、彼が歌うのは何か。一つは「聖女のため息」、もう一つは「妖精の叫び」。
聖女はキリスト教、妖精は伝説を遡り、古代ギリシアの神々から異教を連想させる。18世紀後半から19世紀前半の宗教観の中には、キリスト教も古代オリエントや古代ギリシアの宗教の中の一つ形だという考え方があった。

ネルヴァルはその考えを受け入れ、キリスト教も死と再生に基づく神秘主義的宗教だと見なしていた。実際、キリストの地獄下りと復活は広く認められているエピソードである。

Descente des enfers de Christ, Les Petites Heures de Jean de Berry

「私」が奏でる天上の音楽は、キリスト教と異教の違いを超えた人間の魂のため息や叫びであり、死と再生の歌だ。ロマン主義の抒情ではなく、生そのものの表現。
一見すると超現実主義、超自然主義とも見なされる神秘主義的な側面を持つが、それこそが現実に他ならない。オルフェウスの竪琴は、そうした詩人の象徴だといえる。

詩句の音楽性の面から見ると、オルフェウスの竪琴(la lyre d’Orphée)から奏でられる音楽が、「エル・デスディチャド」全体を通して響き渡っている。LとRがいたるところで共鳴しているのだ。

Lは定冠詞le, la によって無数にちりばめられているだけではなく、最初の2つのカトランの韻(lé, lie)全てに含まれている。
さらに、Soleil, mélancolieというエンブレムにも3つ使われ、詩の前半の支配的な音である。

それに対して、2つのテルセになると、Rの音が数を増し、全ての行に含まれる。とりわけ、第一テルセでは、front, rouge, raine, treille, pampre, syrèneとキーワードには全てrの音が響く。

第2テルセになると、LとRが交互に現れ、輪舞を踊る。L’Achéron, modulant tour à tour, les soupirs de la sainte, les cris de la fée.

こうした音が、オルフェウスの竪琴に乗せて(sur la lyre d’Orphée)、詩の音楽を作り出しているのである。

名刺の表

ネルヴァルは名刺を差し出し、最初はロマン主義詩人の姿を示した。しかし、途中から謎かけ遊びをし、同じように音楽に基づきながら、異次元の詩人であることを暗示する。そこに描かれたのは、不在の理想に向けてのメランコリックな渇望の詩人ではなく、地獄下りから生還し、生と死、現実と超現実を超えた神秘を歌うオルフェウスの末裔の姿である。

地獄下りと帰還が音楽によって可能になるとしたら、「エル・デスディチャド」の詩句が生み出す音楽も、オルフェウスの竪琴に乗せて歌われる価値のあるものといえるだろう。

しかし、ここではまだ神秘について十分に説明されてはいない。神秘は表だって言いたてるものではなく、秘すべきものなのだ。そこでネルヴァルは、名刺の裏側に、不思議な詩を書き付ける。

実際、名刺の裏側に記載された「アルテミス」は、神秘を詩の中心に据えた詩である。一般の人々には不可解であり、アレクサンドル・デュマにとっても同じことだっただろう。そこで、彼はその詩を「銃士」紙に掲載することはなかった。また、同時代の読者、後世の読者にとっても秘儀的な不思議さを持つものとして、魅惑すると同時に困惑もさせてきた。
そこには、何が描かれているのか。次の機会に、名刺をそっと裏返してみよう。
https://bohemegalante.com/2019/06/02/nerval-artemis/

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