マラルメ 「エロディアード 舞台」 Mallarmé « Hérodiade Scène » 言語と自己の美的探求 7/7

エロディアードの32行に及ぶセリフの後、彼女と乳母のやりとりが2度繰り返され、「エロディアード 舞台」は幕を閉じる。

ただし、二人の対話と言っても、乳母の発話は極端に短く、最初は「あなた様は、死んでおしまいになるのですか」、2度目は、「今?」のみ。

実質的には、エロディアードがほぼ全ての言葉を独占し、マラルメの考える美のあり方が示されていく。

N.

Madame, allez-vous donc mourir ?

H.

               Non, pauvre aïeule,
Sois calme et, t’éloignant, pardonne à ce cœur dur,
Mais avant, si tu veux, clos les volets, l’azur
Séraphique sourit dans les vitres profondes,
Et je déteste, moi, le bel azur !
                                    Des ondes
Se bercent et, là-bas, sais-tu pas un pays
Où le sinistre ciel ait les regards haïs
De Vénus qui, le soir, brûle dans le feuillage :
J’y partirais.
             Allume encore, enfantillage,
Dis-tu, ces flambeaux où la cire au feu léger
Pleure parmi l’or vain quelque pleur étranger
Et…

          N. (乳母)

あなた様は、お亡くなりになるのですか。

          H. (エロディアード)

               いいえ、哀れなご先祖様、
落ち着いて。そして、去る時には、この頑なな心を許して。
でも、その前に、鎧戸を閉めてもいいわ、熾天使の
紺碧が、奥深い窓ガラスの中で微笑んでいるのですから。
私は、美しい紺碧が大嫌い!
              波が
揺れる。そして、彼方では、知らないのですか、あの国を、
不吉な空が、ヴィーナスから嫌悪される眼差しを持つといわれる国、
ヴィーナスは、夕方になると、木陰の中で燃え上がります。
そこであれば、私は旅立つでしょう。
    もう一度、火を灯しなさい、子供っぽいことだと、
お前が言うにしても、この松明に。蝋が、僅かな火にあぶられ、
涙を流す、虚しい黄金の間で、この地のものではない涙を、
そして。。。。

エロディアードの「私は一人(je suis seule.)」という言葉の後、乳母は彼女に、「死ぬのですか(allez-vous mourir ?)」と問いかける。
そのやり取りはちぐはぐで、二人が対話をしているようには見えない。

乳母の問いかけが関係しているのは、エロディアードの長いセリフの前半部分、彼女が乳母に予言をしろ(prophètise)と命じた言葉。
その内容は、「夏の生暖かい蒼穹(le tiède azur d’été)が、星に震えて恥じらう(ma pudeur grelottante d’étoile)私を見るならば、私は死ぬ(je meurs)」というものだった。

その言葉を受けて、乳母は「死ぬのですか」と尋ねたのだった。

それに対するエロディアードの返事は、「死にはしない。(Non, pauvre aïeule)」
その返事に含まれた、乳母に対する呼びかけに、エロディアードの微妙な変化が見られる。
Aïeuleという言葉は、祖母を含めた、祖先を意味する。従って、姫は乳母を自分の血筋に含めていることになる。
とすれば、対立するはずの乳母を自己の内部に取り込む意図が、aïeuleという言葉に込められていることになる。

そして、乳母が遠ざかる(t’éloignant)可能性を示唆することで、実は、エロディアード自身が、鏡の前から立ち去る可能性を暗示している。
そうなれば、彼女は鏡像を失い、彼女として存在しえなくなるだろう。つまり、死ぬことになる。

Séraphin portant les paroles du Sanctus, St.Jakob Kastelaz

そうした可能性を示した後で、姫は乳母に窓の鎧戸(les volets)を閉めて(clos)もいい(si tu veux)と言う。

その鎧戸は、彼女たちのいる空間を、熾天使の蒼穹(l’azur / Séraphique)から遮断するもの。
窓ガラスが深いとは、天に繋がることを示している。
天では、まっ青(l’azur)を背景に熾天使(Séraphin)が微笑む。

エロディアードは、その美しい蒼穹(le bel azur)を嫌悪する。

夏の生暖かい紺碧であれば、エロディアードに恥じらいの感情をかき立てる。
熾天使の紺碧であれば、ミロのヴィーナスに代表される永遠で不動の美が、マラルメのエロディアード的美とは相容れない。

近代のエロディアードが求める天は、天使の浮かぶ天ではなく、不吉で(sinistre)、宵の明星である金星=ヴィーナスから嫌悪される眼差し(regards haïs de Vénus)を持つとされるもの。
しかし、「そこに向けて発つ(j’y partirais)」というエロディアードの言葉の中で、動詞は条件法におかれ、そうした天が存在しないことが示されている。

Geroges de la Tour, La Madelaine aux deux flammes, détail

その代わり、鏡の間には、松明が置かれている。
僅かな灯火の中(au feu léger)、黄金(or)の間を、蝋が涙を流しているように(pleure)、溶け出す。

黄金が虚しい(vain)なのは、黄金が実体として存在するのではなく、鏡に映し出された映像との関係の中でのみ成立するから。

流す涙(pleur)が異国のもの(étranger)であるのも、同じ理由による。

その松明に火を灯すことは、乳母の目からしたら、子供っぽい行為だと見なされるかもしれない。

しかし、マラルメのエロディアードが求めるのは、熾天使の蒼穹ではなく、松明の微かな光であり、蝋の涙なのだ。

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