
シャルル・ボードレールは生前に「猫の詩人」と呼ばれたこともあり、『悪の華(Les Fleurs du mal)』の中には、猫という題名を持つ詩が3編収録されている。
また、散文詩集『パリの憂鬱(Le Spleen de Paris)』に収められた「時計(L’Horloge)」でも、猫が歌われている。
「犬と香水瓶(Le Chien et le flacon)」での犬はかなり手荒く扱われているので、ボードレールの好みは猫に偏っていたらしい。
『悪の華』の34番目に出てくる「猫(Le Chat)」は、2つの四行詩と2つの三行詩からなるソネット。
音節の数は、10音節と8音節が交互に続く、かなり珍しい形。
Le Chat
Viens, mon beau chat, sur mon cœur amoureux;
Retiens les griffes de ta patte,
Et laisse-moi plonger dans tes beaux yeux,
Mêlés de métal et d’agate.
猫
おいで、美しい猫よ、ぼくの恋する胸の上に。
足の爪を引っ込め、
お前の美しい目の中に、ぼくが潜り込むままにしておくれ。
金属と瑪瑙の入り交じったその目の中に。
詩人の心は猫に対する愛で溢れている。
猫を胸に抱き、瞳をじっと見つめていたいと、猫に語り掛ける。
その美しい目(tes beaux yeux)は、ボードレールの表現によれば、金属(métal)と瑪瑙(agate)が入り交じり、キラキラと輝いている。
Lorsque mes doigts caressent à loisir
Ta tête et ton dos élastique,
Et que ma main s’enivre du plaisir
De palper ton corps électrique,
Je vois ma femme en esprit. Son regard,
Comme le tien, aimable bête
Profond et froid, coupe et fend comme un dard,
Et, des pieds jusques à la tête,
Un air subtil, un dangereux parfum
Nagent autour de son corps brun.
ぼくの指はたっぷりと愛撫する、
お前の頭と柔軟な背中を。
ぼくの手は喜びに酔いしれる、
お前の痺れるような体に触れて。
そんな時、
ぼくは心の中で、愛する女(ひと)を思い描く。彼女の視線は、
お前の視線のように、愛らしい猫よ、
深く、冷たく、矢のように、切り、裂く。
そして、足から頭まで、
繊細な空気、危険な香りが、
彼女の褐色の体のまわりを漂う。

二番目の四行詩を、猫好きの人間が猫を撫でながら幸せになる状況と読むこともできれば、猫を愛する女性の例えだと考え、恋愛詩として読むこともできる。
愛撫する(caresser)、触れる(palper)という動詞、柔軟な背中(le dos élastique)、痺れるような体(corps électrique)等の言葉は、どちらの可能性も否定はしない。
とにかく、詩人は、喜び(plaisir)に酔いしれる(s’enivrer)。

次に、2つの三行詩になると、詩の対象は、猫を離れ、愛する女(ひと)へと明確に移行する。
その女性とは、この詩をボードレールが書いた時の状況から見て、ジャンヌ・デュヴァルだと考えられる。
そして、彼女の目の魅力、彼女の体から発せられる危険な香りが歌われる。
視線(regard)は、深く(profond)、冷たく(froid)、空気を切り(couper)裂く(fendre)力を持つ。
褐色の体(corps brun)から発せられる繊細な空気感(air subtil)や危険な香り(dangereux parfum)は、マネの描くジャンヌ・デュヴァルの肖像画を見ると、なんとなくでも感じることができるだろう。
1860年に撮影されたジャンヌ・デュヴァルもそうだが、ボードレール自身が描いた彼女のデッサンは、猫の雰囲気を漂わせていないだろうか。


ただし、今、彼女は詩人の近くにいない。
だからこそ、詩人は、愛しい猫を愛撫しながら、彼女のことを思う。
この詩はボードレールの初期の作品であり、可愛い猫と愛する女性を巧みに織り交ぜた、比較的素直な恋愛詩だといえる。