ドナルド・トランプ的思考 言葉のズレと1枚のルノワール

ドナルド・トランプの思考がどのように働くのか、フランスの政治ジャーナリストが、大統領選挙直後の彼の言葉の分析を通して紹介している。

彼の勝利宣言のような言葉は、以下の通り。
”We were getting ready to win this election. Frankly, we did win this election.”

ready to winでは勝利の準備ができているだけで、勝利していない。しかし、その後、すぐに続けて、we dit winと勝利にしてしまう。
こうして、彼の頭の中では、まだ実際に起こっていない事柄が事実に変わってしまう。
そして、その飛躍を可能にするのは、ただ一つの言葉、Frankly。「率直に言えば」という言葉を挟み、思いが現実へ変わってしまう。少なくとも、彼の頭の中では。

彼がいくらファクト・チェックを受けてもファクトだと認めないのは、こうした彼の言葉の使い方にあるという分析は、とても興味深い。

ready to winがdid winへとスムーズに移行してしまう思考は、彼の所有する1枚の絵画に関しても発揮されたことがある。

彼の自宅に飾られているルノワールの「二人の姉妹(Deux Sœurs)」は、彼によれば本物。
「二人の姉妹」を収蔵するシカゴ美術館(Art Institute of Chicago)が真作と贋作の鑑定を公表しても、大統領の判断は変わらなかった。(2017年)
https://www.lapresse.ca/arts/arts-visuels/201710/23/01-5141003-un-musee-doute-de-lauthenticite-dun-renoir-de-trump.php

ドナルド・トランプの頭の中では、専門家の鑑定よりも、彼がそう思うことの方が事実になっている。

普通の人間でも思い込みはあるので、トランプ的飛躍を一概に非難はできないかもしれない。
ここで興味を引かれるのは、一瞬にして「思いから現実へ」容易にワープしてしまう思考が、言葉の使い方にあるという指摘。
言葉が人間の思考にとっていかに大きな役割を果たしているのかを理解することができる。


ファクト・チェックが有効に機能しない理由は、1960年代に吉本 隆明が展開した共同幻想論の中で展開した「現実」の定義を見るとよく理解できる。

一人がリンゴが青いと言い、もう一人は黄色いと言う。
世界に二人の人間しかいない場合、どちらが現実で、どちらが間違っているのか、判断することはできない。
他方、99人がリンゴが青いと言い、一人が黄色と言った場合、そのリンゴは青いと認定される。
つまり、多くの人に共有される事象が「現実」と認定され、そこから排除されるのもは偽り、あるいは幻想とされる。
世界が100人で構成されている場合には、青いリンゴの世界が「現実」と見なされる。

このように考えると、同じ考えを共有している人々の中では、どのような発言内容でも現実に適合していると確信されることになる。
そして、その環境の中で通用する言葉が、外部に出た時には別の捉え方をされることに気づかない。あるいは、気づいたとしても、常に自分たちが正しいと思うことができる。

その一つの例が、ドナルド・トランプと近い関係にあるスティーブ・バノンの発信した言葉。
彼は、自分のオンライン番組で、トランプが再選されたら、米国立アレルギー感染症研究所のアンソニー・ファウチ所長と米連邦捜査局のレイ長官の首を槍の上に掲げたいと発言した。
“I’d actually like to go back to the old times of Tudor England. I’d put the heads on pikes,”
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2020-11-06/QJCT5HDWLU6I01

Paul Delaroche, Exécution de lady Jane Grey

なぜこのような発言ができるのかと言えば、彼の発言を受信するのが彼に同調する人間たちであり、そこでは悪人に対して斬首が肯定されうる世界だから。
バノンがイメージしているのは、16世紀に、イングランド史上最初の女王となったが、9日後にはメアリー1世により廃位され、その後、大逆罪で斬首刑に処されたジェーン・グレイだろう。

スティーブ・バノンの頭の中では、21世紀においてもこうした行為を実行することが、比喩的にであれば許されるという思いがあり、その共同幻想が共有される場がある。
彼らは、その世界での現実が現実だと確信し、別の現実があったとしても偽りであり、ごまかしが行われたと主張する。

21世紀に入り、情報世界は分断化が進み、自分が収集する情報だけで身を固める傾向が強まっている。
そうした情報だけが自分にとっても現実になり、他の方法はフェイクと言ってしまえる時代が到来してきている。
ドナルド・トランプやスティーブ・バノンの発言が普通に流通し、彼らに賛同する多数の人々が存在することは、そうした21世紀前半の社会の鏡だといえるだろう。

ドナルド・トランプ的思考 言葉のズレと1枚のルノワール」への2件のフィードバック

  1. dalichoko 2020-11-06 / 16:21

    独裁者の典型のような方ですね。
    でも彼に投票するアメリカ人の多さにも驚きです。
    (=^・^=)

    いいね: 1人

    • hiibou 2020-11-06 / 17:32

      ある意味では、ソーシャル・メディア的思考かもしれません。デカルトは、opinionsを全て疑い、確実なものだけを求めようとしました。現代は、自分にとって都合のいいopinionだけを集め、気持ちのいい空間を作り出す時代のようです。Franklyの時代といっていいかもしれません。
      コメント、ありがとうございました。

      いいね

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