ラシーヌ 恋は毒

ラシーヌの悲劇は、人間の弱さを描き、そこに美を生み出すという点では、日本的な感性に受け入れられやすいといえる。

必至に運命に立ち向かい、何とか理性を働かせて、自分を保とうとする。しかし、追い詰められると、どうにもならない感情にとらわれ、愛が憎しみに反転し、自分を押さえることができなくなる。
その葛藤の中で、もがき苦しむ。倫理的な行動を取ろうとすればするほど、自分を責める心持ちが強くなり、苦しみも深まる。
美は、まさに、そこに生まれる。

17世紀前半を代表する悲劇作家コルネイユの主人公たちは、義務と情の選択を迫られると、最終的には恥を避け、義務を選択する。栄誉こそが彼らの最高の価値であり、彼らは「あるべき」行動を取ることで、愛も獲得することができる。

それに対して、ラシーヌの主人公たちは、報われることのない恋愛から逃れられない運命にあり、愛と憎しみの間で揺れ動き、意志とは反対の方向に進んでいく。
17世紀後半、「あるがまま」の姿が自然であると見なされる時代になり、ラシーヌは、感情に逆らいながらも最後には感情に負け、崩れ落ちる人間のあり様を描いたのだといえる。


1639年にシャンパーニュ地方で生まれたジャン・ラシーヌは、幼少時代に両親を亡くし、10歳の頃からパリ近郊にあるポール・ロワイヤル修道院で教育を受けて育った。

ラシーヌにとって、ポール・ロワイヤル修道院のジャンセニスムに基づく教育が決定的な重要性を持つことになる。
ジャンセニスムの思想によれば、人間の魂の救いは予め神によって定められたものであり、人間の行いによって左右されるものではない。人間は罪深い存在であり、神の決定を前にして自由意志は無力である。
ジャンセニスムのこうした考え方は、生前の善行が恩寵につながると考えるイエズス会と対立し、激しい対立を引き起こしていた。

1658年になるとパリに出て哲学などを学ぶが、生活の様子を心配した叔父によって1661年に南フランスに送られ、修道士になる準備をする。
しかし、ラシーヌは劇作家の道を選び、1663年には再びパリに戻り、『ラ・テバイード 』と『アレクサンドル大王』という二つの悲劇を執筆する。これらはコルネイユ的な作品であり、ラシーヌ悲劇の誕生には至っていなかった。

彼の傑作は、1667年から1677年の約10年間の間に上演された『アンドロマック』から『フェードル』までの7作品。ギリシア神話、古代ローマ、同時代のトルコを背景に、恋愛と憎悪が絡み合った抒情的な悲劇が次々に生み出されていった。

『フェードル』の後、ラシーヌはルイ14世の時代の歴史を書き留める職務を獲得し、演劇の世界を離れる。
その後は、ルイ14世の妻マントノン侯爵夫人の要請で、1689年と1691年に『エステール』と『アタリー』というキリスト教劇を執筆するだけに留まり、1699年に生涯を閉じた。

愛と憎しみ

ラシーヌ悲劇の原型は、1667年に上演された『アンドロマック』に始まるといっていい。
その悲劇の中で、愛は常に一方通行に終わる。
アンドロマックは、夫エクトールの死後、エピール国の王ピリュスの保護下にあり、彼から結婚を迫られている。

アンドロマックは不在の夫エクトールを愛している。その愛は、息子アステュアナクスの中に夫の姿を見、息子の命を救うことだけを願うという形で描かれる。ここにだけ双方向の愛があるが、しかし愛の対象は不在である。

そのアンドロマックをピリュスが愛する。愛の方向は常に一方通行であり、双方向になることはない。アンドロックの行動は息子の命を救うことだけに集中している。

次の一方通行の愛は、ピリュスに向けられたもの。彼はスパルタ王メネラウスの娘エルミオーネと結婚することになっており、彼女から愛されている。

三番目の愛は、エルミオーネに向けられたオレストの愛。オレストは、アスティアナクスをすぐに殺害するようにピリュスを説得するためにエピール国に来たのだが、かねてから愛していたエルミオーネに出会い、結婚を申し込む。しかし、エルミオーネの愛はピリュスにしか向けられない。

このように、愛は常に一方向にしか向かない。
(エクトール)← アンドロマック ← ピリュス ← エルミオーネ ← オレスト

この矢印の方向とは反対方向に結婚が提示される。
エルミオーネは、アンドロマックとピリュスが結婚するならば、オレストとの結婚を受け入れると言う。
ピリュスは、アンドロマックを不安にするために、一旦はエルミオーネと結婚すると言う。
アンドロマックは、最初はためらうが、最後は、息子の命を救うためピリュスとの結婚を承諾すると言う。

このように、結婚を受け入れるという言葉の矢印は、恋愛とは逆方向を向く。

アンドロマック → ピリュス → エルミオーネ → オレスト

物語の展開は、ピリュスが一旦はエルミオーネと結婚すると言いながら、しかし、アンドロマックが彼との結婚を承諾すると、エルミオーネとの結婚を反故にしてしまうという、逆転に置かれている。
エルミオーネは逆上し、オレストに対して、結婚を条件に、ピリュスの暗殺を依頼する。
しかし、オレストがピリュスを殺害すると、愛する人を殺された怒りにまかせオレストを激しく非難し、自害する。オレストは暗殺者になった自分を責めると同時に、愛する人を失ったことで、発狂してしまう。

この展開から、劇の中心が、題名のアンドロマックではなく、エルミオーネであることがわかる。
エルミオーネは、ピリュスを愛しているが、裏切られたと知ると、愛は憎しみへと逆転し、ピリュスの死を望む。
彼女の愛は、愛されることを望み、その望みが叶えられない時には憎しみに変わる。

愛されなければ、プライドが保たれず、相手を傷つけ、自分も傷つく恋愛とは、情熱的なパッションであり、自己愛の一つだと考えもいい。
17世紀の思想家ラ・ロシュフコーは、『箴言』の中で、愛についてこんな言葉を記している。
「恋愛を様々な効果の側面から見ると、友情よりも憎しみに似ている。」
「恋愛ほど、自己愛が強く支配しているパッションはない。」

こうした恋愛観は、12世紀に発明されたとされる「宮廷風恋愛」とは正反対の働きをする。
宮廷風恋愛においては、自分よりも優れた相手を選択し、相手に相応しい人間になるように自分を洗練させることが求められた。恋愛とは理性的なものであり、自分を高めるための感情の動かし方として発明されたのだった。

その中で、愛する男女の間に持ち上がる障害が大きければ大きいほど、それを乗り越える力も大きなものになり、打ち勝った際の名誉も輝かしいものになる。
コルネイユの悲劇に出てくる主人公たちの恋愛は、そうした立場に立っている。彼らは恋愛を通して、崇高になることを目指す。

その反対に、ラシーヌの主人公たちは、感情に負け、愛は憎しみに反転する。恋は毒であり、身の破滅につながる。

ラシーヌの場合、この恋愛観のベースには、ジャンセニスムがあると考えられる。
すでに触れたように、ジャンセニスムの立場からすると、恩寵、つまり死後の魂の救いは神によって定められている。人間が自らの行動によって運命に影響を与えることができると考えるのは、不遜である。

その考え方を恋愛に当てはめると、情熱的な恋愛は運命によって定められていて、人間が自分の意志で相手を愛すとか愛さないとか、感情を左右することはできないことになる。
愛する相手は運命によって定められていて、どんなに努めても、愛されない相手から愛されることはない。

知的に物事を判断し、理性の力で、自分を愛してくれない相手への思いを断ち切ることはできない。それどころか、何かの条件を考え、知恵を使おうとすればするほど、悪い方向に向かってしまう。
ピリュスは、アンドロマックが子供の命を救いたいだろうから、という条件を考える。エルミオーネは、ピリュスがアンドロマックと結ばれるとしたら、という条件を考える。
オレストは、ピリュスを殺害すれば、という条件を考える。
彼らは、頭で考えた手段を使えば、相手の愛を得て結婚に結びつくと思い込む。
しかし、自由意志の行使は、結局、破滅へと続く道に他ならず、決して運命の定めを変える方向には働かない。
むしろ、愛されない自覚は、愛を憎悪に変え、破局を早める。

愛する人から愛されない人間たちは、自己愛を傷つけられ、破滅していく。
ピリュスは暗殺され、エルミオーネは自害し、オレストは復讐の女神たちの呪いで発狂する。彼らは決して、愛されない運命を変えることはできない。

ラシーヌは、そうした愛の残酷な運命の中で、必至に葛藤する人間の姿を描くことで、情に負ける人間の弱さを美として描き出した。

恋は毒

『アンドロマック』以外の作品では、愛し合うカップルが存在し、主人公はその一方を愛し、自分に愛を向けさせようとする。

『ブリタニキュス』では、ローマ皇帝ネロが、ジュニーに愛を向ける。彼女はブリタニキュスと愛し合っている。
ネロ → ジュニー↔ブリタニキュス

『バジャゼ』では、アタリッドとバジャゼが愛し合い、トルコ皇帝の妃ロクサーヌがバジャゼの愛を得ようとする。
ロクサーヌ → バジャゼ↔アタリッド

一方的な愛を向ける者(ネロ、ロクサーヌ)は、様々な手段を使い、つまり人間的な思考を働かせ、相手を自分のものにしようとする。そのために相手を苦しめ、自らの破局ももたらす。

この三角関係は、宮廷風恋愛における恋愛の構図と対応している。
恋愛は、城主と妻、妻を愛する騎士という三角関係の中で、城主の妻と騎士の間に発生するものだった。
その際、城主は二人の愛の障害としての役割を果たした。その障害が大きければ大きいほど、それを乗り越えようとする恋愛感情も激しいものになる。

ラシーヌ劇の中では、愛し合うカップルの存在は、その一方を愛する片思いの人間の感情を激しいものにし、それが悲劇の結末を導く要因になる。
ネロはブリタニキュスを毒殺する。彼の死の知らせを受けたジェニーは世間から身を引き、神に仕える身となる。絶望したネロは、狂気に陥り、最悪の暴君になる。
后妃ロクサーヌは、最後に皇帝の怒りを恐れ、バジャゼを殺害させてしまうが、自分も皇帝の使者に殺される。さらに、バジャゼの死を知ったアタリードも自害し、悲劇は幕を閉じる。 

こうした構図を持つ作品の頂点に立つのが、激しく美しい情念の愛に焦点を当てた『フェードル』である。
フェードルは、アテネ王テゼの妻でありながら、義理の息子イポリットを愛している。そのイポリットは、敵の王族の娘アリシーと相思相愛の関係にある。

フェードル → イポリット↔アリシー

フェードルは義理の息子への愛が近親相姦であり、禁じられた愛であることを十分に理解している。しかし、禁止された愛であるからこそ、ますます燃え上がり、心の葛藤が激しくなる。
彼女がイポリットに語る言葉は、自分の罪を自覚しているだけに激しく、葛藤に満ちているからこそ美しい。

ああ、残酷な人! あなたは私をわかりすぎるほどわかっています!
もうたっぷりと話したので、誤解することはないはず。
そう! 知っておいて下さい、フェードルのことも、狂ったような熱情も。
愛している! 考えないで下さい、あなたを愛しているこの時も、
私に罪がないと思い、自分を肯定しているなどと。
この狂おしい愛、理性を揺さぶる愛に、
おずおずと満足し、毒を養ってきたなどと。
天空の神の復讐の不幸な標的になり、
自分を嫌悪しているのです、あなたが私を嫌う以上に。

フェードルは、恋を毒だと理解し、自分を嫌悪している。その自覚があるからこそ、彼女の言葉は切なく、哀しく、抒情的に響く。

物語は、夫テゼ王の死が伝えられるところから始める。
フェードルは自分の気持ちを抑えられず、イポリットに非常に複雑な形で愛の告白をしてしまう。若き日のテゼとの出会いを語りながら、若いテゼとイポリットを重ね合わせ、テゼを愛していると言いながら、イポリットに愛を告げるのだった。
父と子をオーヴァーラップさせるのは、『アンドロマック』において、戦で死んだエクトールへの愛を、息子のアステュアナクスに投影するアンドロマックと同じ構図。フェードルは、義理の息子への禁じられた愛の告白として、その構図を用いるのである。

テゼ王の死の知らせが偽りであることが判明し、王がアテネに帰還すると、混乱したフェードルは、一旦は死を決意する。しかし相談相手のエノーンに言われ、イポリットが継母である彼女に言い寄ったと告発する。
イポリットの方では、フェードルから逃れるために父王に国を出る許しを求める。テゼ王は息子を追放することとし、海の神に向かってイポリットに天罰が下るよう祈りを捧げる。そして、その願いは聞き届けられ、イポリットは大きな波に呑まれて死ぬ。

アレクサンドル・カバネル、フェードル

フェードルは良心の呵責に苛まれ、イポリットへの命令を取り消すようにテゼ王に頼もうとするが、イポリットとアリシーが愛し合っていることを知り、激しい嫉妬に捉えられる。
ここにおいて、恋愛の障害の種類が、近親相姦から三角関係に変化し、嫉妬が発生する。そして、理性は情念に完全に打ち負かされる。

愛は容易に憎しみに反転する。同様に、愛は嫉妬の発生源となる。理性を働かせて自分を抑えようとしても、逆に事態は悪化し、情念だけが強まっていく。
そうなると、もう理性は働かず、情に支配され、憎しみは、愛する対象以上に自分に向かうことにもなる。

内心の激しい葛藤の中で、情に打ち負かされたフェードルは、最後に毒を飲み、テゼ王に自らの罪を告白した後、死を迎える。
愛こそが、彼女の飲み下した毒だった。

フェードルの最後のセリフは、彼女の愛がどのようなものかを明らかにする。

私は、清く尊敬すべきあの息子の上に、
近親相姦などという不敬な眼差しを投げかけました。
天が、私の胸の内に、不吉な炎を灯したのです。

この言葉は、決して責任逃れなどではなく、イポリットへの愛が人間の力ではどうにもできない運命であったことを示している。ジャンセニスムで言えば、恩寵は神の決めることであり、人間の自由意志で変えることはできない。

そうした中で、フェードルは、不義の愛を恥じ、抵抗し、自分を責めた。負けることは分かっていても、自由意志を働かせた。たとえ、そのためにますます苦しみが大きくなり、自己保身や嫉妬の感情に負けることがあったにしても、人間として出来る限りのことはした。
その姿をラシーヌは、この上もなく美しく描き出すことに成功したということができる。


17世紀の前半のコルネイユの主人公たちとは違い、17世紀後半のラシーヌの演劇は、人間の無力さを感じながらも、その中で正しく生きようとする人間に価値を見出す時代を反映している。
それが人間としての自然な姿として受け入れられる時代が到来したと、考えてもいいだろう。


幸い、ラシーヌの主要作品が4点、岩波文庫から渡辺守章訳で出版されている。
『フェードル、アンドロマック』(1993年)
『ブリタニキュス、ベレニス』(2008年)

これ以外の作品は、『ラシーヌ戯曲全集』全2巻、人文書院、(1964, 1965年)で読むことができる。

ラシーヌ演劇を17世紀の時代精神に位置づけて解説したものとして、ポール・ベニシュー『偉大な世紀のモラル』朝倉剛・羽賀賢二訳、法政大学出版局(1993 年)が役に立つ。

ラシーヌ悲劇全般について。
アラン・ニデール『ラシーヌと古典悲劇』今野一雄訳、白水社、クセジュ文庫、1982年。

『フェードル』について。
秋山伸子「恋の炎に身を焼かれ ラシーヌ『フェードル』」、『フランス演劇の誘惑』岩波書店、2014年。


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