中原中也 サーカス まどろむ悲しみ

Bernard Buffet, The Trapeze Artists

「ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん」。
このオノマトペ(擬音語・擬態語)が「サーカス」の印象を決定付けると言っても過言ではない。
中原中也は、この音の塊を、「仰向いて眼をつぶり、口を突き出して、独特に唱った」という。

詩の中心をなす単語一つを取り上げるとしたら、「ノスタルジア」。
かつて愛していたけれど今はない何か。その何かに対する切ない想い。郷愁。

どこか淋しげだけれど、しかし、「ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん」と揺れるブランコが、揺り籠のように心を揺らし、まどろませてくれる。

幾時代かがありまして
  茶色い戦争ありました

幾時代かがありまして
  冬は疾風(しっぷう)吹きました

幾時代かがありまして
  今夜此処(ここ)での一(ひ)と殷盛(さか)り
    今夜此処での一と殷盛り

サーカス小屋は高い梁(はり)
  そこに一つのブランコだ
見えるともないブランコだ

頭倒(さか)さに手を垂れて
  汚れ木綿(もめん)の屋蓋(やね)のもと
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

それの近くの白い灯(ひ)が
  安値(やす)いリボンと息を吐き

観客様はみな鰯(いわし)
  咽喉(のんど)が鳴ります牡蠣殻(かきがら)と
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

      屋外(やぐわい)は真ッ闇(くら) 闇(くら)の闇(くら)
      夜は劫々(ごうごう)と更けまする
      落下傘奴(らっかがさめ)のノスタルジアと
      ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

小林秀雄は、「中原中也の思い出」の中で次のように語ったことがある。

中原の心の中には、実に深い悲しみがあって、それは彼自身の手にも余るものであったと私は思っている。彼の驚くべき詩人たる天資も、これを手なづけるに足りなかった。(中略) 言い様のない悲しみが果てしなくあった。私はそんな風に思う。彼はこの不安をよく知っていた。それが彼の本質的な抒情詩の全骨格をなす。

実際、中也の詩の抒情性が、「言い様のない悲しみ」や「不安」に由来していることは確かだろう。そして、悲しみや不安が、赤裸々に、詩のことばとして表出されることもあった。

しかし、「サーカス」の詩人は、人間存在の根底に潜む深い悲しみを抱えながらも、ゆらゆらと揺れるブランコのリズムに合わせ、時には道化のような口調で、「今夜此処(ここ)」で開催されているサーカスを歌う。
もの悲しくはあるが、決して悲痛ではない。

その感覚は、ヴェルレーヌの「巷に雨の降るごとく」で歌われる「物憂さ」に近い。

巷に雨の降るごとく / わが心にも涙降る。
かくも心ににじみ入る / このかなしみは何やらん? (掘口大學)

この雨は、決してザアザア降りではなく、シトシトと降る。
なぜ悲しいのか理由がわからない。もし理由があれば、解決可能かもしれない。
しかし、失恋したわけでも、誰かに恨みを抱くわけでもないのに、もの悲しい。だからこそ、決して途切れることがない。

「サーカス」にもそれに近い悲しみが感じられる。根源的な悲しみは、ブランコの揺れによって和らげられ、世界全体が真っ暗な闇に包まれても恐怖心や不安感はなく、郷愁(ノスタルジア)が辺りを包んでいる。


そんな雰囲気を作り出すのは、まず第1に、中原中也の詩人としての言葉遣い。彼の詩を特徴付ける数多くの手法が用いられている。

(1)詩句の配列

「サーカス」の詩句は、それ自体がブランコの揺れを表現しているようである。

最初に2行だった節は、3番目の節から3行になり、それが3回繰り返された後、2行、3行、4行と自在に変化する。
しかも、行の最初の高さも自在に変えられ、最初の3行詩では、高ー中ー低と徐々に下がるが、続く2つの3行詩では、高ー中ー高と一旦下がったものが再び上に上がったりする。

最後の4行詩では、サーカス小屋から外に出て、ブランコが見えないためか、行の高さは低く、全てが同じ高さで、揺れがなくなる。

このように、詩句の形が遊動し、遊びを含んでいるのが感じられる。

(2)7/5調を中心にしたリズムとヴァリエーション

和歌や俳句だけではなく、詩においても、5/7のリズムは心地よい音楽性を生み出す基本になる。
「サーカス」でも、5/7のリズムがベースとなっている。

いくじだいかが(7) ありまして(5)
サーカスごやは(7) たかいはり(5)

その上で、ヴァリエーションが加えられる。

ちゃいろい/せんそう(8)ありました(5)
のんどが/なります(8) かきがらと(5)

こうした工夫の中で、ブランコの揺れを感じさせるオノマトペが最大限の効果を上げることになる。

ゆあーん(4) ゆよーん(4) ゆやゆよん(5)

ちなみに、7/5のリズムは、音節数ではなく、拍(モーラ)の数による。
また、「ん」(撥音)、「っ」(促音)、「ー」(引く音)は一拍と数える。

(3)オノマトペ

オノマトペは音楽性を生み出すだけではなく、客観的な情景を感覚的、感情的に伝える役割も果たす。

a. ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん
この音の連なりが、詩の全てと言ってもいいほど印象的であり、効果的な役割を果たしている。

「ゆ」が4度繰り返されるが、最初の二つの音の塊では、4拍で、3拍目は「ー」と引く音で、ゆったりとした動き。
3つ目の音の塊では、ゆ・ゆ・・と短い周期で繰り返され、速い動きが感じられる。
そうすることで、緩急のリズムが組み合わされ、独特の心地よさを生み出す効果を作り出している。

b. 夜は劫々(ごうごう)と更けまする

一般的には、夜は「煌々(こうこう)」と更けるというのが普通で、「劫々」は「こうこう」と読むとされることも多い。
しかし、昭和11(1936)年に照井瓔三が出版した『詩の朗読』に「サーカス」全文が引用され、「ごうごう」というルビがふられており、その本の出版記念会には中也も出席していたという。

(4)ことばの反復

詩のことばは意味を伝えるだけではなく、音によって音楽性を生み出す。反復はそのために最も有効で、よく使われる方法。

a. 「幾時代かがありまして」は、最初の3つの詩節で反復される。
さらに、「ありました」「吹きました」と、「まし(た)」という音も反復される。

b.「そこに一つのブランコだ / 見えるともないブランコだ」
ここでは、ブランコだけではなく、「だ」も反復され、効果を上げている。

c. 真ッ闇 闇の闇
闇という単語の反復。
この表現は、宮沢賢治の詩「原体剣舞連(はらたいけんばいれん)」に由来するのではないかと推測されている。
「まっくらくらの二里の洞」
『花と修羅』は中也の愛読書で、その中でも「原体剣舞連」を好んでいたと長谷川泰子が語っている。

d.3度反復されるオノマトペ「ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん」。
最初はブランコで曲芸をしている側から、二番目は観客の側から、同じ音が繰り返される。
そのことで、サーカス小屋全体が、この擬音語に包まれていることがわかる。

さらに、詩の最後がこのオノマトペで締めくくられる。

(5)漢字の訓と音の組み合わせ

日本語の最大の特色は、漢字の訓と音の組み合わせだといえる。
本来、日本には文字がなく、書き言葉の発明に当たっては、中国大陸の漢字を転用した。その際、日本語の音声に、表意文字である漢字の音声を恣意的に当てはめた。そのため、音で理解する情報以外に、眼から見て理解する情報が加わることになった。

中也は、漢字の音と意味の重層性を最大限に利用する。
頭倒さ ー あたまさかさ
屋蓋 — やね
安値い ー やすい
咽喉 ー のんど
闇 ー くら

一と殷盛り ー ひとさかり
「殷」は、さかん、豊かさを意味する。
この漢字の左部は「身」を上下逆にしたもの。「身」は身ごもった女性で、中身が充実していることを意味する。
空中ブランコの揺れで逆転する情景が、「殷」に含まれていることになる。
偶然かもしれないが、興味深い。

(6)敬体と常体、口語と文語の混合

「ました」「だ」「まする」あるいは体言止めによって、日本語の持つ様々なことばのレベルを混合している。

それらの違いが、「幾時代かがありまして」で始じまる第1部、サーカス小屋の内部を描く第2部、小屋の外を描く第3部を色づける。

(7)道化的な口調

「観客様」の「様」、「落下傘奴」の「奴」は、どこか滑稽な味わいを付け加える。
また、「咽喉」を「のど」ではなく、「のんど」と読ませるのもユーモラスな感じがする。

「サーカス」の底に潜む悲しみに安らぎがあるとしたら、ちょっとおどけた表現も関係している。

(8)カタカナの使用

カタカナは、西欧起源の事物を指すために使われ、大正、昭和初期には、まだ目新しいものという印象を与えた。

ブランコ :このことばの語源は不明と言われている。
リボン : 明治初期、男子の洋服化とともに導入され、女性の装飾としては、明治18(1885)年頃から、束髪に幅広のリボン結びがつけられるようになり流行した。
ノスタルジア:このことばは現在でも一般化しているとは言えない。

サーカス:私たちにとってごく当たり前に使われる言葉だが、昭和初期にはほとんど知られていなかった。サーカスが外来語として日本に定着するのは、昭和8年にドイツのサーカス団が来日し、全国を巡回公演して以来のことだという。

ちなみに、中也が最初にこの詩を発表した昭和4(1929)年には、「サーカス」という題名は付けられていず、無題だった。題名が付けられるのは、昭和7(1932)年に出版された『山羊の歌』に掲載された時。

そうしたことを考えると、サーカスは、当時にあって大変に新しい事物であり、新奇なイメージを作り出したものと考えられる。
新しいものは、ハイカラではあるが、日本の伝統や因習とは交わらず、日常的な生活から遊離したものと見なされる。

別の言い方をすれば、サーカスはまだ日本の社会には馴染んでいず、異国の雰囲気を持つものだったと考えられる。


「サーカス」は3つの部分から成り立っている。

(1)かつて彼方と今夜此処

「幾時代かがありまして」で始まる3つの詩節は、すでに存在しない過去・彼方と今・ここの対比が歌われている。

今と過去の間には、「茶色い戦争」があり、「疾風」が吹いた。

茶色い戦争に関して、時には、日清戦争や日露戦争を指す等と言われることもあるが、「サーカス」が発表された昭和4(1929)年の2年後の昭和6(1931)年には満州事変が勃発し、当時日本と中国の関係は非常に緊迫した状態にあった。従って、どの戦争と特定することに意味があるとはいえない。(時には、茶色い戦争が、詩の書かれた後の満州事変を指すなどと言われることさえある。)

加藤周一は、古びてセピア色をした戦争の写真を思い描き、焦点は「茶色」によって示される古さにあると考えた。
それに対して、吉田秀和は、中也から直接聞いた話として、中也の頭の中では「中国の大地や砂塵」をイメージしていたと語っている。
このズレは、詩人が何を考えて詩句を書いたのか、読者がそこから何を読み取るのか、その二つの違いを示すエピソードとして興味深い。

いずれにしても、第3詩節との関係で考えると、「今夜此処」という場所と時間が示されることで、詩の視点が明記され、第1−2詩節の戦争と疾風は「ここと彼方、今と過去を隔てるもの」ということになる。

ここでとりわけ注目したいのは、隔たられた彼方・過去に何があったのか、明記されていないこと。
違うことはわかるのだが、何が失われたのかわからない。
ちょうど、ヴェルレーヌの「巷に雨が降るごとく」で、悲しみに理由がなかったように、喪失感はあっても、何かが実際に失われたというのではない。

ある意味で、それは人間存在に内在している感覚であるとも言え、だからこそ中也の詩が21世紀の読者をも引きつける一つの要因となっていると考えられる。

いくら今ここで「一と殷盛り」して、存在が充実しているように感じているように思ったとしても、どこかに違和感がある。

3つの詩節は空中ブランコが始まる前に、司会者が口上として述べたことだと見なすこともできる。
「戦争があり、疾風が吹いた後かもしれませんが、せめて今からは盛り上がりましょう」と。

(2)ブランコ乗りと観客

4つの詩節で構成される中央部分は、3つの詩節でブランコ乗りに視線が注がれ、最後の詩節になると観客に視線が向けられる。

サーカス小屋は、そんなに立派なものではなく、むしろ侘しい印象を与える。

屋根からは「汚れ木綿」がぶら下がり、白い灯りの近くには安っぽいリボンがかかっている。
サーカス、ブランコ、リボンとカタカナが3つ使われ、ハイカラなはずなのに、貧しげな様子をしている。

高い梁に吊されたブランコは、「一つ」で、「見えるともない」。
しかも、ブランコ乗りは、頭を逆さにして、左右に揺れている。

この状況は、詩人と詩人を取り巻く社会との対比を反映していると解釈することもできる。
詩人は「頭倒(さか)さ」の存在なのだ。

なぜそのように感じるかといえば、今ここに何かが欠けていると、理由もなく感じているから。
しかも、何が失われているのかわからない。とにかく、なんとはなしに居心地が悪い。
他の人と違っているから居心地が悪いのではない。存在に違和感を感じるから、他の人と違っていると感じる。「一つ」のブランコに乗っている。

そして、視点が移行し、ブランコ乗りが観客たちに眼を向ける。
すると、頭を逆さまにしてユラユラしている彼の眼には、観客たちが鰯のように見える。
群で泳ぎ、一斉に方向を変える鰯。
ブランコが揺れるのに応じて、一斉に顔を右に左に向ける。
そして、牡蠣の殻がぶつかる時のように乾いた声を上げる。喉を鳴らして。

この時、ブランコ乗りは、観客を鰯や牡蠣に喩えることで、彼らを攻撃しているのだろうか? 
いや、そんなことはなく、中也は見事にオノマトペで表現する。「ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん」と。

この音に攻撃性はない。
悲しみは悲しみとして受け入れながら、「今夜此処で」ゆらゆらと揺れ、悲しみをまどろませる。
他の人々を攻撃するのではなく、頭を逆さにして彼らをゆったりと眺め、鰯や牡蠣に見立てるだけの余裕を感じさせる。

「サーカス」という詩の魅力は、ゆらゆらと揺れるその感覚にある。

(3)真っ暗な夜

最後の詩節になると、夜が更け、真っ暗になった情景に言及される。

観客とブランコ乗りは一つに交わることはなく、正反対の位置にいる。
今ここにいる私も、他の人々とは違った存在であり続ける。「観客様」のように鰯になることはない。

そのような状況では、サーカス小屋の外に出たとしても、暗い生活が待っているだけかもしれない。
というよりも、存在とは本質的には孤独なものであり、「落下傘」のようなもの。

だが、「落下」した存在だからこそ、落下する以前に憧れる。決して、落下以前に戻ることはできないし、もっと言えば、落下以前など存在しないにもかかわらず。
それは、「茶色い戦争」や「疾風」に隔てられた彼方や過去が存在しないのと同じこと。

それでありながら、あるいはそれだからこそ、「落下傘」は「ノスタルジア」を抱き、「言い様のない悲しみ」に捉えられる。
そうした中で、「サーカス」の詩人は、こう歌う。
「ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん」
真っ暗な夜の中、ゆらゆらとまどろみ、「今夜此処での一と殷盛り」に身を委ねる。

深い悲しみを感じさせながらも、「サーカス」が読者の魂に安らぎをもたらすとしたら、それはブランコの揺れのおかげだといえる。
詩句も同じようにゆらゆらと揺れ、詩節毎に行数が自由に変化し、詩句の先頭が出たり下がったりする。
詩句自体が揺れている。ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん、と。

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