ジェラール・ド・ネルヴァル 「 オーレリア」 人間の魂の詩的表現 Gérard de Nerval Aurélia 1−6

第5章の最後、「私」は魂は不死であり、夢の世界に入れば、すでに死んでしまった愛する人々と再び会うことができると思える。

第6章

さらに見た夢が、その考えに確証を与えてくれた。突然、私は、祖先の住まいの一部である広間にいるのに気づいた。ただそこは以前よりも大きくなっていた。古い家具が素晴らしく輝き、絨毯やカーテンは新しくされ、自然な光よりも3倍も眩しい光が窓や扉から差し込んでいた。空中には春の穏やかな早朝の香りが漂っていた。三人の女性が部屋の中で仕事をしていた。彼女たちは、そっくりというわけではなかったが、若い頃知っていた親族の女性や女友だちの姿をしていた。彼女たちの何人かの顔立ちを、三人の女性のそれぞれがしているように思われた。体の輪郭がロウソクの炎のように変化し、一人のなんらかのものが、絶えず別の女性へと移っていた。微笑み、声、目や髪の色、背丈、親しみのある身振りが常に入れ替わり、三人が一つの生を生きているようだった。そんな風にして、一人一人が全ての女性から構成され、画家が完全な美を実現するために、複数のモデルを真似て作り上げる原型に似ていた。

注:
全ての魂は永遠に生きているという確信が、ここでは、3人の女性の姿を通して描かれる。
彼女たちは、個でありながら、全体の何かしらの部分を分け持っている。一人の顔立ちがもう一人の顔立ちに移行し、絶えず変化し続けているという状態は、不死を具現化した映像だと見なすことができる。
そして、論理的な思考からすると馬鹿げたと見なされることが、映像として描き出されることで、美的な表現ともなっている。

一番年上の女性が、感情のこもった耳に心地よい声で私に話しかけてきた。幼い頃に聞いたことがある声だとすぐにわかった。そして、何かわからないのだけれど、彼女の言ったことはとても適切で、印象的だった。彼女は私の注意を私自身の向けさせた。私は、全体が蜘蛛の巣のような細い糸で編み上げられた、昔風で小さな褐色の服を着ている自分を見た。服は洗練され、優美で、穏やかな香りがしみこんでいる。三人の女性の妖精のように繊細な指で織られたその服を着ているおかげで、私はすっかり若返り、楽しい感じがした。そして、顔を赤らめながら彼女たちにお礼を言った。その様子は、美しい貴婦人を前にした小さな子どものようだった。彼女たちの一人が立ち上がり、庭に向かっていった。

誰でも知っているように、夢の中でとても激しい光を感じることはよくあるが、しかし決して太陽を見ることはない。私は小さな庭にいた。そこには、アーチの形をした棚が長く伸び、白や黒のずっしりとしたブドウの房が垂れ下がっていた。私を導いてくれる女性がその棚の下を進むにつれ、交差した格子の影で彼女の姿や服が変化するように、私の目には見えた。彼女が庭から外に出ると、私たちはひらけた空間にいた。微かに古い小道の後が見える。その小道は、以前は空間を十字に分割していたのだった。長い間手入れがなされず、クレマティス、ホップ、スイカズラ、ジャスミン、ツタ、ウマノスズクサといった植物があちこちに散らばり、逞しく成長する木々の間に、長いツタの列を広げていた。枝が果物の重みで地面に垂れ下がり、ぼさぼさの雑草の間では、野生状態に戻った庭の花々が花開いていた。

向こうに立っているのは、うっそうとしたポプラやアカシアや松の木々。その真ん中に、時間のせいで黒ずんだ彫像が見えた。目の前にはツタで覆われた岩の塊があり、そこから水が激しく流れ出す。調和の取れたその流れが、睡蓮の大きな葉で半ば覆われた澱んだ水溜まりの上で、心地よく響いていた。

私が後についている女性が、ほっそりとした体を伸ばすと、その動きで色が様々に変化するタフタの服の襞が、キラキラと輝いた。彼女は、露わになった腕で、立葵の長い枝を優美に抱きしめた。すると、明るい光の下で彼女自身が巨大化し始めた。庭が徐々に彼女の姿になり、花壇や花々が彼女の服の薔薇の模様や縁飾りになった。その一方で、彼女の顔と腕は、空に浮かぶ深紅の雲の上に、それらの形を刻みつけた。彼女が姿を変えれば変えるほど、私は彼女を見失しまった。彼女は彼女自身の大きさの中に消え去ってしまうようだった。「ああ! 逃げないでくれ!」と私は叫んだ。・・・「なぜって、自然がお前と一緒に死んでしまうんだから!」

こう言いながら、私は、逃げ去る巨大な影を捉えようとするかのよう、茨の間を苦しげに歩いていた。そこで、壊れた壁の一部にぶつかった。その足元に女性の胸像が横たわっていた。拾い上げると、それが「彼女の胸像」だと確信した。・・・ 愛した顔立ちだとわかった。回りを見渡すと、庭が墓地の様相をまとっているのが見えた。いくつもの声がこう言うのだった。「「宇宙」は夜の中だ!」

注:
植物が生い茂る自然が描かれ、「私」を先導してくれた女性は、その自然と一体化する。立葵を抱きしめる彼女の体が巨大化し、庭と一体化し、服の模様は花壇になる。
その際の映像も美しく、人間と自然の一体化を描いているはずなのだが、ここではそれが幸福感をもたらすことはなく、逆に彼女の喪失につながる。そして、宇宙が闇に包まれてしまう。
とすると、3人の女性から始まるエピソードは、全ての魂の不死を確証するものではない。
逆に言えば、不死の確信が得られるまでには、まだまだ数多くの試練を経なければならないことになる。

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