ジェラール・ド・ネルヴァル 「 オーレリア」 人間の魂の詩的表現 Gérard de Nerval Aurélia 1−7

第7章では、理性的な考察から、異常な精神の働きを思われる空想への移行が、論理的な段階を追って描かれていく。
ここで描かれる様々なイメージからは、人間の意識あるいは想像力がどのように働くのかをうかがい知ることができ、ネルヴァルの言う「人間の魂の研究」の一つの事例として興味深い。

第7章

最初はあれほど幸福感に満ちていたこの夢が、私をひどく混乱させた。何を意味しているのだろう? それを知ったのは、後になってからだった。オーレリアが亡くなっていたのだ。

最初は彼女が病気だという知らせを受けただけだった。その時には、私の精神状態のせいで、漠然とした悲しみを感じたが、そこには希望も混ざっていた。私自身それほど長い間生きるとは思っていなかったし、愛し合う心を持つ人々が再会する世界が存在することを確信してもいた。それに、彼女はこの世でよりも、死の世界での方が、私に属していた。・・・ そのエゴイストな考えのため、私の理性は後になり、苦々しい後悔をしないといけないことになった。

私は予兆をあまり信じたいとは思わない。偶然が奇妙なことをすることもある。しかし、あの時には、私たちの関係があまりにも急ぎ足だったことを思い出し、ひどく気を取られていた。私は彼女に一つの指輪をプレゼントした。古い作りのもので、ハート型にカットされたオパールがはめ込まれていた。その指輪が彼女の指に大きすぎた。私は不吉なことを思いつき、切断して輪の部分を小さくすることにした。間違いに気づいたのは、糸鋸の音が聞こえた時だった。血が流れるように思われた。・・・

医学的な治療のおかげで私は健康を取り戻していたが、しかし、人間の理性の規則正しい流れが精神の中にまだ戻ってきてはいなかった。その時に私のいた建物は高台の上にあり、大きな庭には貴重な木々が植えられていた。建物のある丘の上の澄んだ空気、春の最初の息吹、大変に感じのいい人々の穏やかな集まり、それらのおかげで私は何日も静かな日々を過ごすことができた。

ファラオンの雄鶏の飾り羽の色に似た、エジプトいちじくの若葉の鮮やかな色彩に、私はうっとりとした。目の前の平野の上空に広がる眺めは、朝から夕方へと進むにつれて少しづつ変化し、その色彩のグラデーションが私の想像力を楽しませてくれた。私は丘と雲の至るところに神々の姿を思い描いたのだが、それらの姿が私にははっきりと見えていた。—— 私は自分好みの様々な考えを、さらにしっかりと定着させたいと望んだ。そこで、拾い集めた木炭や枝の切れ端を使い、壁の上に、一続きのフレスコ画のようなものを描いた。そこでは、私の受けた数々の印象が具体的な映像になっていた。一人の姿が常に他の姿を常に支配していた。それはオーレリアだった。彼女は、夢の中に現れた時のような、女神の顔立ちで描かれていた。足元には車輪が回り、神々が彼女に付き従っていた。私は、草や花の汁を搾り出し、その一団に彩色をした。——— その愛しい偶像の前で、何度、私は夢見たことだろう! それ以上のこともした。愛する女性の体を土で形作ろうと試みた。毎朝、その仕事をやり直さないといけなかった。狂人たちが、私の幸福に嫉妬し、それを破壊するのを楽しみにしていたからだった。

紙を与えてもらうと、長い時間をかけ、熱心に、知っている限りの言語で書いた韻文の物語と碑文を付した数多くの画によって、世界の歴史のようなものを再現しようとした。そこには研究の思い出と夢の断片が混ざっていて、考えれば考えるほど明確になり、さらに考える時間が長くなっていった。私は、天地創造に関する近代の伝統に立ち止まらなかったそれを超え、さらに遡った。一つの思い出を思い出すように、精霊たちが護符によって結んだ初めての契約をおぼろげに目にした。「聖卓」の石を集め、その回りに、最初の7人の「神々エロヒム」を描こうとした。彼らが世界を分け持っていたのだった。

この歴史の大系は、東洋の伝統から借用したもので、宇宙を形成し、組織立てる、自然の「諸力」の幸福な合意から始まっていた。——— その仕事を始める前の夜、私はある暗い惑星に運ばれたように思った。そこでは、天地創造の最初の萌芽がうごめいていた。まだ柔らかな粘土の真ん中から、巨大なシュロや毒のあるトウダイグサ、サボテンの回りでクネクネとうねるアンカサスが立ち上がっていた。——— 飛び出している岩の不毛な姿は、天地創造を素描する骨組みのよう。おぞましいは虫類が、野生植物の複雑に絡み合う中で、蛇行し、長く伸び、丸くなっていた。惑星の青白い光だけが、この奇妙な地平の青みを帯びた光景を照らしている。そうするうちにも、これらの創造の形が明確になるに従い、今までよりも明るい一つの星が、そこから光の萌芽を汲んでいた。

注:
夢が現実の出来事の予兆となることはありえる。ネルヴァルはオーレリアの死に言及しながら、彼女に贈った指輪が大きすぎたために、輪を小さくするために切断した思い出を語る。その際、切断した指輪から血が流れ出るように思われるのは、幻影の世界への第一歩であり、狂気への入り口だとも考えられる。
そのために、次ぎに精神病院での思い出が語られ始め、今度は想像力の働きが描き出す映像、そして夢に見た天地創造の過程が描き出される。
それらは、ネルヴァルの想像力が妄想に捉えられたというわけではなく、様々な読書の思い出であり、天地創造に関しては東洋の伝統に基づいているものだと意識されている。

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