ギュスターヴ・フロベール 『ボヴァリー夫人』 反リアリズムと現実の効果 新しい現実の創造 2/4  

1849年から51年にかけて中近東を周遊したフロベールは、帰国後すぐに『ボヴァリー夫人』に取りかかり、56年に執筆が終わるまでのほぼ全ての時を小説の完成に費やした。

その時期はフランスにおけるリアリズム芸術の勃興と重なっており、絵画においては、ギュスターブ・クールベが、当時主流だった新古典主義絵画やロマン主義絵画と異なる絵画の描き方を開拓しようとしていた。

フロベールも新しい時代の芸術を模索はしていたが、しかし、リアリズムの芸術観に共感を持つことはなかった。
彼が目指したのは「美」であり、最も心を砕いたのは、小説のテーマとして日常的な素材を取り上げ、ごく普通の人々の凡庸な会話を書きながら、どのようにして「美」として成立させるかということだった。
そのために、フロベールは一文字一文字の選択に時間をかけ、書き終わった原稿に何度も手を入れ、小説全体が詩に匹敵するような完璧な構造物になるように努めた。
『ボヴァリー夫人』はその最初の果実だった。

リアリズムを嫌悪する

『ボヴァリー夫人』が雑誌「パリ評論」に連載されている時期、フロベールはある女性の友人に宛て、次のように書いている。

私は現実に熱中しているように思われていますが、しかし私は現実を嫌悪しているのです。リアリズムが大嫌いだからこそ、この小説を書こうと思ったのです。(1856年10月30日)

この言葉からは、二つのことがわかってくる。
一つは、フロベールの小説が現実に密着し、現実の事件を描いているように受け止められていること。
もう一つは、彼がレアリズムを嫌悪していること。

『ボヴァリー夫人』の物語はエンマを中心に展開する。彼女の結婚相手であるシャルルは、年上の妻エロイーズに先立たれた町医者(より正確に言えば、博士の資格を持たず、高度な医療行為を行う資格のない免許医)。結婚後エンマは、法律を勉強している若いレオンや裕福な色男ロドルフとの情事にのめり込み、ルルーの店で贅沢品を買い続けて借金を重ねる。最後は薬剤師オメの店から持ち出したヒ素を飲んで自殺する。

このあらすじだけをたどると、ノルマンディ地方で実際にあった一人の女性の自殺をモデルにしているという説明に納得しそうになる。
その事件を伝える新聞記事によれば、デルフィーヌ・ドゥラマールは17歳の時に保健衛生官と結婚。夫は再婚で、最初の妻には先立たれていた。 結婚後デルフィーヌは浮気し、借金を重ね、27歳で服毒自殺した。

もし『ボヴァリー夫人』がドゥラマールをモデルにし、「田舎の風俗」を小説の中に再現することを意図して書かれたのであれば、レアリズム小説と見なされてもしかたがないだろう。
「田舎の風俗」という言葉は、小説が「パリ評論」に連載された時に、副題として題名の後ろに記されていた。

しかし、フロベールは現実を嫌悪し、リアリズムを大嫌いだという。
その理由はどこにあるのだろう?

答えを知るためには、リアリズムが何を意味していたのか知らなければならない。
リアリズムはまず絵画の分野で、1840年代後半、ギュスターブ・クールベを中心として展開した芸術運動であり、それまでの「美」の基準に対する変革を目的にしていた。

当時は17世紀から続く古典主義の影響が継続し、「美」を生み出すためには、それに相応しいテーマを選択し、「理想の美」を喚起する様式で描くことが求められていた。
その点では、新古典主義でも、ロマン主義でも変わることがなかった。

新古典主義を代表するアングルの「海から上がるヴィーナス」にしても、ロマン主義の代表ドラクロワの「サルダナパールの死」にしても、ヌードの女性は理想化されている。
こうした描き方であれば、裸体が卑猥とか猥雑とか見なされることはなかった。

1819年に生まれたクールベは、1821年生まれたのボードレールやフロベールと同じ時代に青春時代を過ごし、慣習的な「美」を刷新し、新しい時代の芸術を目指していた。
そのために彼が選択したのは、美と見なされない対象を選び、美的ではない描き方、つまり見えるままに描くという方法だった。

その試みは、時代の要請であった。
1839年に写真撮影法がダゲールによって発表され、その技法を採用した世界最初のカメラ「ダゲレオタイプ」が製品化された。
その機材はすぐに普及し、フロベールと一緒に中近東を周遊したマクシム・デュ・カンはカメラを持参し、帰国後にオリエント旅行の写真集を出版したほどだった。

そうした写真は、芸術や美を目的とするのではなく、記録として撮影されたものだった。クールベはそのことを意識した上で、現実をありのままの姿で捉えるという思想を絵画の世界に持ち込み、当時支配的だった美意識に変化を加えようとしたのだった。

1853年に発表されたクールベの「浴女たち」。
女性が美化されず醜いという非難を浴びた作品だが、後ろ向きの女性は、写真撮影された女性を参考にして描かれたものだった。肩にかかる布を尻に回したのがクールベのアレンジだが、理想化されない女性の裸体は写真と同じ印象を作り出している。

アングルやドラクロワの裸婦とクールベの裸婦の違いは明らかであり、クールベは絵画の中にダゲレオタイプの映像を入り込ませたと言ってもいい。
美と見なされないものを美の世界に投げ込むことで、絵画を革新しようとしたのである。

文学の世界でも、1821年生まれのシャンフルリなどによって同様の試みが行われ、リアリズム擁護の論陣が張られたりもした。彼らを非難する側からダゲレオタイプという言葉が使われたことは、リアリズムを主張する芸術家たちが、自分たちの時代の現実生活を美化することなく描き出そうとしていたことを示している。

フロベールやボードレールに対して、本人たちの意志に反してリアリズムのレッテルを貼られたのは、『ボヴァリー夫人』も『悪の華』も、現実社会を生きる一般の人々を取り上げ、良き趣味に反する風俗に焦点を当てたからだった。確かに、その点では、リアリズム芸術と共通している。

しかし、彼らは現実社会の悪をありのままに描き出すことを目指していたわけではない。素材は醜いものであっても、美化することなく、「醜を美にする」ことが最大の課題だった。
二人が感性の根本にロマン主義が宿っていると自覚しているのは、彼らが常に「美」の創造を目指していたからだ。しかも、ロマン主義的美を「刷新した美」。

ボヴァリー夫人エンマは、少女の頃、ロマン主義文学を読みふけり、結婚後もロマン主義的な夢を持ち続け、最初の愛人レオンとはロマン主義の愛好を通して心を通わせる。
そうしたロマン主義的魂は、19世紀後半の社会においてますます実証主義的精神が強まり、エネルギー革命の進展により近代化が進み、資本主義経済が浸透していく中では、非現実的な夢を追い求める愚かで滑稽な存在でしかなくなってしまう。
社会の規範に従わず、不倫や浪費を繰り返し、身の破滅へと進んでいく姿は、良識を持った人々の目からすれば、断罪すべき存在と見なされただろう。

それにもかかわらず、フロベールがエンマを小説の中心に据えたとしたら、リアリズム小説的な素材を使いながら、ロマン主義に匹敵する「美」を生成しようとしたからに他ならない。

では、フロベールは、どのようにして、その目的を到達しようとしたのだろう?

創造された現実

フロベールは『ボヴァリー夫人』の執筆を始めたばかりの頃、当時恋愛関係にあったルイーズ・コレに、自分の中にある二重性や、目指すべき新しい芸術について、長い手紙(1852年1月16日)を書いている。

彼はまず、自分の中にあるロマン主義的魂の表現を数え上げる。
反抗の叫び、抒情、鷲のような雄大な飛翔、文章の音楽性、思想の高揚。
その一方で、合理主義精神に熱中する自分がいることも自覚している。
真実を掘り下げ、細部まで明確にすることを好み、自分が作るものの感触を「物質的に」人に感じさせたいと願う。
その二つの自分の対比は、医者の父を持ち、社会を支配する実証主義精神を受容している側面と、青春時代に熱中したロマン主義が同居していることを、彼自身が自覚していたことを明かしている。

そして、『ボヴァリー夫人』を書くにあたり、素材として現実社会を生きる平凡な人々を選択しながら、彼らを「ダゲレオタイプする」、つまり写真のように現実そのままに「再現」するのではなく、「文」の力により「現実の効果」を生み出す「新しい現実」を創造しようとした。「美」はそこに生まれると考えたのだ。

ぼくにとって美しいと思えるもの、ぼくが創作したいと思っているのは、何でもないものについての小説です。外的な繋がりが何もなく、文体の内的な力でそれ自体が支えられているような書物。何かに支えられていないけれど、宙に浮かんでいる地球のようなものです。ほとんど何のテーマもないというか、少なくともテーマがはっきり見えない本。それが可能であればと思っています。最も美しい作品は、素材が何もないようなものです。表現が思考に近くなればなるほど、言葉がその上に貼り付き、消え去り、美しくなります。芸術の未来は、そうした道にあると思っているのです。(1852年1月16日)

この言葉からは、フロベールが追求しようとしていたものが、「美」の創造だということがわかる。
そして、そのためには、小説のテーマは「何でもないもの(無(rien))」にし、現実との繋がりを断ち切り、小説が小説自体で自立することが必要だとする。ちょうど、地球が何も支えもなく宇宙に浮かんでいるように。

具体的に言えば、エンマのモデルを探し、新聞の三面記事に載ったデルフィーヌ・ドゥラマールや恋人だったルイーズ・コレとの関係を小説の中に再現することは、小説を現実と結ぶことにつながり、美から遠ざかることになる。
素材はほとんど無であることが望まれるからこそ、ノルマンディー地方の一人の女性の不倫といった大事件とは言えないことを物語の中心に据える。
「美」を生み出すのは、語られる物語ではなく、「文」そのものなのだ。

そのためには、美しいテーマも、卑俗なテーマもありません。「純粋芸術」の観点に立てば、原理として確立するようなテーマはないのです。どんなテーマもなく、文体だけで事物を見る絶対的な様式になります。(1852年1月16日)

「文体」とは物の見方であり、小説の中の「現実」はその視線の下で生成する。だからこそ、フロベールは、「文体」が全てといっていいほど、文章を練り上げたのだった。

従って、小説の中の「現実」は、物理的な現実に従属し、それを再現したものではなく、作者の視線が生み出す自立した世界だということになる。
しかも、その現実は、日常の現実と同等か、それ以上の現実性を持つ。

『ボヴァリー夫人』の執筆が進み、エンマの形象が定まったであろう頃、フロベールはルイーズ・コレに次のように書いている。

人が発明するもの全ては真実なのです。そのことを確信してください。詩は幾何学と同じように精密なものです。(個別から普遍に向かう)帰納的思考と(一般から具体に向かう)演繹的思考も価値は同じです。魂のことについて、ある一点にまで到達すると、誰も間違えなくなります。私の可愛そうなボヴァリーは、たぶん、苦しみ涙を流しています、フランスの二十もの村々で、今この時も。(1853年8月14日)

一般的には、フロベールが数多くの苦しむ女性たちの事例を検討し、ボヴァリー夫人像を造り出したと考えられるかもしれない。それは帰納法的な思考。
フロベールはそのことを意識した上で、逆転の発想から、演繹法的な思考を提示する。
まず最初に、彼が「発明」した小説の中のエンマがいる。そして、彼女が幾何学のように精密で真実であるからこそ、エンマと類似した女性たちが数多く現実に存在することが見えてくる。

小説のエンマは現実の女性たちから自立し、誰のコピーでもない。彼女も、現実の女性たちと同様に、「本物」なのだ。
こうした芸術至上主義は、現実を美的に「再現」することを基礎としたルネサンス以来の芸術観を根底から覆すものだった。
それがフロベールの言う「純粋芸術」であり、芸術の未来にあるものだった。


そして、フロベールは、小説の中の現実が実際の現実と同様の印象を与えるものにするため、彼以前の小説家とは違う描き方をした。

例えば、バルザックやユゴーであれば、物語の中に語り手として介入し、下宿屋の描写であれば、その歴史や滞在者の来歴などを事細かに説明するとか、ノートルダム寺院や塔の上から見た1492年のパリを延々と描写するなどしていた。

しかし、現実世界には語り手はいず、自分の視点から見える世界が目の前にあるだけである。全てを知る物語の語り手は、この世には存在しない。
そこでフロベールは、小説からできるだけ語り手の存在を消し去り、「非人称」的な語りを試みる。

エンマとシャルルが食事をする場面。

しかし、とりわけ夕食の時間になると、エンマはもうだめだった。一階の小さな部屋では、ストーブが煙を吐き、ドアがきしきしと音を立て、壁から水滴がしみ出、土間の石畳は湿っている。生きていることの苦々しさ、その全てが皿に盛られているようだった。蒸した肉の湯気が上がるのに合わせ、彼女の魂の奥底から、湯気とは別のどうしようもない味気なさのようなものが立ち上ってきた。シャルルは食事が長かった。彼女はナッツをいくつかポリポリかじったり、肘をつき、手なぐさみにロウを塗られたテーブルクロスにナイフの先で線を引いたりしていた。

ここでは、エンマの行動が描かれているだけで、語り手が描写を中断して、エンマの心の内を読者に赤裸化に語ることはない。
わずかに、「エンマはもうだめだった」とか、「彼女の魂の奥底から」といった簡潔な表現は含まれているが、それは読者がこの場面を覗き見るときに感じるのと同じレベルの考察にすぎない。
語り手も読者と同じように、二人の食卓に立ち会っている。そして、その場面を主観を交えず、登場人物の心を暴くようなこともせず、客観的に描いていく。

小説内に語り手が顔を出すことがないために、小説の現実が実際の現実と同様の効果を持つのである。

フロベールは、1857年に『ボヴァリー夫人』を一冊の本として出版する直前、ある女性に宛てた手紙の中で、芸術至上主義と非人称の語りについて自説を書き記している。

『ボヴァリー夫人』には、現実に由来するものは何もありません。「全てが発明された」物語なのです。そこには、私の感情も私の人生も何一つ入れませでんでした。イリュージョン(もしそれがあるとすればですが)は、逆に、作品の「非人称性」に由来します。私が原則としていることの一つは、「自分を書かない」ということです。芸術家は自分の作品の中で、世界の中の神のように、つまり、目に見えず、全能であるべきなのです。至るところにその存在を感じるけれど、しかし見えはしないように、ということです。(1857年3月18日)

しばしばフロベールの言葉として、「ボヴァリー夫人、それは私。」という表現が引き合いに出されるが、どこかに書いたという記録が残っているわけではなく、彼がそう言ったというエピソードも伝聞にすぎない。
むしろ、執筆中に、登場人物たちの卑俗さにうんざりし、それをどのようにしたら「美」へと昇華できるのか苦労しているといった愚痴が何度も書かれている。
そして、上の手紙では、自分の感情も人生のエピソードも小説に含めてはいず、全ては「発明」したものだと明言している。

その上で、小説の中に語り手として介入しない選択をしたとも記す。
「非人称的」に語る、つまり作者の姿が見えないようにすることで、「小説内の現実」が実際の現実だというイリュージョンを読者に与えるというのがその理由である。

ここでも、フロベールは、「演繹法的な思考」に立ち、彼が発明した現実=小説内の現実を「普遍、一般」と見なし、読者の中に個別で具体的な現実の印象を与えるという、新しい芸術観を展開していることになる。


「現実の効果」を生み出す方法として、非人称の語りだけではなく、物語において意味を持たない事物を配置することも行った。つまり、物語の展開と何の関係もなく、小説の中で何かを意味するわけでもなく、ただたんにそこにあるものが描かれたりもする。

普通、小説の中で何かの描写があれば、必ずその意味づけが行われる。無駄なものが置かれることはなく、無意味と思われるものがあったとしても、なんらかの象徴的な意味が隠されている。小説内の世界では、意味が充満している。

それに対して、私たちが実際に生きている現実世界では、物が必ずしも何かを象徴するわけではないし、むしろただあるだけで意味のないことの方が多い。ただたんにそこに物がある。それが生きた現実のあり方なのだ。

そこで、フローベルが「小説の中に作り出す現実」の中に物語として意味がないと思われる物が置かれているのは、現実のイリュージョンを生み出すためだということが理解できる。

そして、小説内の現実を作り出すのは、「言葉」である。
フロベールが「文」に徹底的にこだわり、一語一語を検討し、「文体」に最大限の努力を払ったのは、文学作品は何かを意味する以前に、「言葉」そのものであるという認識を持っていたからに他ならない。

物語の中で意味はないのに、言葉だけが突出している最も顕著な例は、少年時代のシャルル・ボヴァリーの帽子の描写。

シャルルの同級生たちは、教室に入ると、手にしていた帽子を椅子の下に投げ込む。しかし、新入生のシャルルだけは、帽子を膝の上に置いたままにしている。

その帽子には色々な要素が雑多に混ざっていた。皮の角帽、ポーランド兵風の帽子、丸帽、カワウソの皮の帽子、毛織物の帽子。要するに、よくあるみっともないものの一つで、醜さが、すぐに目につくというよりも、深いところで表現されていた。頭の弱い奴の顔といったらいいだろうか。鯨骨の芯で膨らんだ卵型の帽子は、ソーセージのような形の丸いリボンが三本から始まっていた。

ビロードとウサギの毛でできたひし形模様が交差した飾りで、真ん中は赤い紐で分けられている。次は、袋のようなもの。下の方は多角形の厚紙が下にあり、飾り紐でできた複雑な刺繍で覆われていた。そこから細い紐が長くたれ、どんぐりのような形をした金糸の小さな十字飾りがぶらさがっていた。この帽子、新品で、ひさしが輝いていた。

これだけの言葉が費やされているにもかかわらず、というか、あまりも言葉が多すぎるために、シャルルの帽子がどのようなものか、具体的に想い描くことができない。
インターネット上でもいくつかの絵の提案がなされているのだが、そのことは逆に、一つの映像が明確に結ばないことを示している。

帽子の描写の目的は、言葉の意味内容以上に、言葉の表現そのものに読者の意識を向けさせることにあった。
そして、少年の帽子という意味のないもの(「無(rien)」)を対象にしながら、言葉によって「美」を構築するのだと考えると、「ぼくにとって美しいと思えるもの、ぼくが創作したいと思っているのは、何でもないものについての小説です。」という小説の意図と対応する。


こうしたフロベールの試みは、19世紀後半の芸術を先導するものになった。
その一方で、21世紀の読者にとっては、小説の読みにくさの原因にもなっている。

フランスの若者にとって『ボヴァリー夫人』は描写が多く、言葉が難解で、宿題に出されても読めないし、読みたくない作品だという。

翻訳で読む日本の読者にとっては、訳者の文体を通して意味を読み取るの体験になり、フロベールのフランス語表現とは決定的に隔てられている。
しかも、描写が多く、物語の進行が遅い。物語だけを追えば、結婚生活に退屈した女性が、二人の男と不倫し、最後は服毒自殺するというだけの話。
フランスの若者たち以上に、『ボヴァリー夫人』を読んで、作品の価値を理解するのは難しいと言わざるをえない。

そこで、小説内の「現実」がどのような社会であり、その中でエンマのどこに美とつながる要素があるのか考えることで、『ボヴァリー夫人』を読むための手引きとしたい。(その2に続く)


フロベールがフランス語の文体に力点を置いる以上、『ボヴァリー夫人』はフランス語で読みたい。
幸い、現在では、インターネット上で全文を読むことができる。
https://fr.wikisource.org/wiki/Madame_Bovary

翻訳で読む場合、数多く出版されている中からどれを選択するかは、翻訳者の言語表現が読者の言語感覚に合うかどうかによる。

伊吹武彦訳、岩波文庫。
生島遼󠄁一訳、新潮文庫。
山田𣝣訳、河出文庫。
白井浩司訳、旺文社文庫。
杉捷夫訳、筑摩書房「世界文学全集」。
菅野昭正訳、「集英社ギャラリー」。
芳川泰久訳、新潮文庫。

参考

ロラン・バルト『言語のざわめき』花輪光訳、みすず書房(「現実効果」)

E. アウエルバッハ『ミメーシス』(下)、篠田一士、河村二郎訳、筑摩書房。(第18章「ラ・モール邸」)

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