アントワーヌ・ヴィールツ(1806-1865)の描く「キリストの埋葬」は、独特の魅力で見る者に迫ってくる。

中央のパネルに描かれているのが、「キリストの埋葬」であることはすぐにわかる。
では、左右のパネルに描かれているのは、誰だろう?
左のパネルに描かれている女性は、不安そうな眼差しで真正面を見、私たちに何かを訴えかけているようでもあるし、茫然自失とした様子でもある。
彼女は手にリンゴの実を持ち、頭上にも丸みを帯び赤いものがある。その回りには、くにゃくにゃと曲がる枝なのか蛇のようなものも見える。そして、裸体。
題名には、「最初の罪を犯した後のエヴァ」とある。

右のパネルに描かれている人物は、背中の後ろの大きな翼を広げ、そのために身を覆う衣が風に吹き上げられ、丸く円を描いている。右手の指を乳首に強く押しつけ、顔全体は冷徹な雰囲気を醸し出す。
題名には、「悪の天使」とある。

中央パネルは絵画のテーマであるキリストが埋葬される場面が描かれているが、全体に丸みを帯びたタッチで描かれ、激しい悲しみを強く表現するのではない。しかし、それだからこそ、ますます深い悲しみを感じさせる。

カラヴァッジョの「キリストの埋葬」と比べると、その穏やかさがよりはっきりと感じられるだろう。

悪の天使が冷徹な美しさを持てば持つほど、恐怖は深くなる。エヴァの不安げな様子は、善悪の実を食べ、何が悪か知ってしまったところからくるのだろう。
そうした中で、十字架に架けられたキリストの埋葬が、穏やかな優しさと悲しみの中で、静かに、丸みを帯びて、行われる。
そこに人間の叡智が感じられないだろうか。
アントワーヌ・ヴィールツの代表作と言われる「二人の娘、あるいは麗しのロジーナ」。

二人の女性のうち、麗しのロジーヌは骸骨の方だという。
骸骨は人生は空しさ、「ヴァニスタ」の象徴。富みも権力もいつか儚く消滅する。
ヴィールツの「キリストの埋葬」は、三枚のパネルからなる三連祭壇画という構成をとることで、私たちの大切な何かを伝えているような気がする。
2022年3月の初頭に。。。