ポール・セザンヌ 色で持続する生命を捉えた画家

セザンヌはしばしば「近代絵画の父」と呼ばれ、フランス絵画の歴史の中で重要な位置を占めている。

しかし、サント・ヴィクトワール山のような風景画、リンゴなどを描いた静物画、肖像画、自然の中で多数の人間が水浴をする場面を描いた集合水浴図など、様々なジャンルのどの絵を見ても、最初はあまり美しいと思えないし、なにか不自然な感じが残る。

セザンヌが偉大な画家だと言われても、どこがいいのかよくわからない。ところが、彼の絵画の見方を学ぶにつれて、その素晴らしさが感じられるようになってくる。

なぜ不自然に感じられるのか? 
その理由は、ポール・セザンヌ(1839-1906)が、絵画が現実の複製であるかのように見える、つまり、自然に見えるという「イリュージョン」を回避した、ということにつきる。

その点では、1839年生まれの彼と同年代の、クロード・モネ(1840-1926)、オーギュスト・ルノワール(1841-1919)、アルフレッド・シスレー(1839-1899)たちと同じ方向を向いていた。
印象派の画家たちは、2次元の画面に3次元の奥行きを感じさせることを可能にする、遠近法に基づいた空間構成に意義を申し立てた。セザンヌにとって、遠近法こそが「イリュージョン」だった。

その一方、本質的な点で、セザンヌは印象派とは相容れなかった。
印象派の画家たちは、物の形ではなく、一瞬一瞬変化する光を捉えようとした。その結果、物の形はおぼろげになり、光の生み出す瞬間的な色彩が画布の上に定着される。
モネの「印象・日の出」には、そうした特色がはっきりと現れている。

それに対して、セザンヌは、一瞬のうちに変化する光を捉えるのではなく、「持続」する世界の形を「色の塊」によって描こうとした。

私たちが生きている時、独立した瞬間が連続して繋がっているわけではなく、生命は途切れなく続いている。そして、その「持続」が、物の形を私たちに実体として捉えることを可能にする。

このように書くとわかりにくいかもしれないが、私たちが何かを見る時には、色と形を同時に捉えている。それはごく普通のことにすぎない。見ている物には色だけではなく、形もある。その普通の感覚を、セザンヌは表現しようとした。

もう一歩進んで考えてみると、物を見る時には、見る人がいる。そして、一人一人によって、物に対する見方も、物から感じる感覚も違っている。物の見え方は、物と見る人間との関係によって異なる。
セザンヌに見える物は、彼以外の人に見える物とは、見え方が違っている。
彼は自分の創作法について、次のように述べている。

自然に基づいて描くことは、対象をコピーすることではなく、自分自身の感覚(sensation)を実現する(réaliser)ことである。(中略)つまり、感覚を持って、自然を読むことである。(エミール・ベルナール『セザンヌとの対話』)

そのようにして描かれる絵画は、非人称的な事物を客観的に再現したものではなく、セザンヌという画家と物との関係の中で成立することになる。
その結果、絵画は現実に存在する対象の属性ではなく、一つの「自律的な造形世界」として存在することになる。

絵画が現実そっくりに見えるという「イリュージョン」は、絵画の自律性を隠してしまう。「イリュージョン」のないセザンヌの絵が、なんらかの違和感を感じさせるとしたら、それが現実に依存するのではなく、それ自体として存在することを自己主張している証に他ならない。
もしあなたがセザンヌの絵を見て、不自然で変な感じがし、どこがいいのかわからないと思うとしたら、すでにセザンヌの罠にはまっていることになる。

彼は、「目は自然に触れることで教育される」と言う。
では、何を教えてもらえるのか?

彼の最も親しい友人だったエミール・ゾラの言葉を借りると、それは、自然を「線と形態と色彩と音」として、「極度なまでに物質化」して捉える感受性。
見る対象が人間であろうと、風景であろうと、リンゴやミカンであろうと、いったん「色」や「形」として捉える。それがセザンヌの目だということになる。

その後、画家は、分解した素材を使い、一つの画面を「構成(composition)」する。
それは、素材を「調和」を持って組み合わせ、「持続する形」を作り上げ、描かれた世界に生命を与えることでもある。
そうして出来上がった絵画は、対象とは別の一つの現実であり、自立した世界になる。

セザンヌ自身の言葉では、次のように表現される。

厳密な本当らしさに満足してはならない。自分固有の方法で事物を見た結果として、画家が行う再形成の過程が、自然描写に新しい興趣を生み出すのだ。画家は画家として、今まで誰も見たことがないものを顕わにし、それを絵画という絶対概念、事実以外の何ものかに翻訳するのだ。(エミール・ベルナール『セザンヌとの対話』)

画家は、「今まで誰も見たことがないもの」を画布の上に定着させる。
そして、私たちの目、絵画を見る者の目は、画家の目が自然に触れることで教育されたように、絵に触れることで教育される。セザンヌの1枚の絵を見ることで、私たちは、自然や人間や事物の見方を新たにすることになる。


ここからは、セザンヌの画法と絵画観を具体的に見ていくことにしよう。

(1)奥行き

物の形には広がりだけではなく、奥行きもある。
ルネサンス以来、絵画では、遠近法を用い、二次元の画布の上に三次元の空間に見える映像を生み出してきた。しかし、セザンヌは遠近法を「イリュージョン」として回避する。
では、遠近法を使わない場合、奥行きをどのようにして表現するのか?

A. 垂直な面と水平な面の組み合わせ。
セザンヌは、詩人のジャン・ロワイエールに次のように語った。
「美術学校では遠近法の原理を教えるかもしれないが、垂直な面と平行な面を組み合わせると奥行きが生まれることには誰も気がつかなかった。だが実はそれこそが遠近の原理なのだ。」

B. 青や緑といった寒色と、赤やオレンジといった暖色の組み合わせ。
寒色は事物が遠くに引いて見え、暖色は手前に浮かび上がって見える。

C. 形の重ね合わせ。
前にあるものは全体が見え、後ろにあるものは前にあるものによって見えない部分が出てくる。

「鉄道の切り通し」(1867-1870)、「メダンの館」(1876)、「レスタックの岩」(1882-1885)、「レスタックの海」(1883-1886)にじっくりと目を落とし、以上の3つの画法を確認してみよう。
ちなみに、1940年代、ピカソが、この「レスタックの海」を購入したことが知られている。

これらの絵では、一つの視点から光景全体を見渡す線遠近法が使われていない。
水平線が明確にされ、その上で、木々や煙突が垂直に立っていたり、物と物の重なり合いが前後を示すといった構図が用いられている。
遠くにある空や海は青く、緑の木々がこちらに迫って来るように感じられる。

4点の風景画に共通する要素が、実は、もう一つある。それは、どこにも光源がないこと。
色はそれ自体で存在し、太陽の光線によって照らされたり、陰影が付けられたりしてはいない。
その理由は、リンゴなどを描いた静物画の不思議さとも関係している。

(2)視点と持続

18世紀の画家シャルダンの「銀のゴブレットとりんご」と、セザンヌが1865年に描いた「緑色の水差しのある静物画」を見てみよう。

シャルダンの静物画は、隅から隅まで私たちが普通に見る光景と一致し、現実がそのまま再現されているように感じられる。
それに対して、セザンヌの絵は、一目見ただけで不自然な感じがする。よく見ると、緑色の水差しの見え方が、隣の容器とも、前にあるナプキンや果物とも、空間的にずれている。
銀のゴブレットと緑色の水差しを比べると、セザンヌの静物画における位置関係の奇妙さがよくわかる。
その理由は、シャルダンでは一つの視点から見られた構図だが、セザンヌには視点が二つ以上存在することにある。

1880年代になると、その傾向はさらにはっきりする。

どちらも、複数の視点から捉えられた映像が、一つの画面の中に組み合わされている。そのために、見る者に違和感を引き起こす。

なぜそうした手法をセザンヌは選択したのだろう?

私たちは、ある物を見るとき、頭を少し動かすだけで、物の見える姿は違ってくる。生きている限り、体も意識も動き、物を感じ取る感覚も違ってくる。つまり、持続する生命の流れの中で、様々な視点から物を見る。
シャルダンの静物画は一つの視点から見た姿を完璧に映し出しているが、セザンヌにとってそうした世界像は虚像にすぎない。彼は、「持続」する生きた時間の中で、人間が「見る」複数の世界像をそのまま描こうとした。
そのように考えると、セザンヌの静物画の方が、実は、私たちの生きた感覚に対応している、ということになる。

そして、「持続」をキーワードとして考えてみると、風景画に光源がないことも理解可能になる。

風景画における光源は太陽であり、そこから送られる光線が全体の明暗を決定する。
従って、太陽光線の源は、遠近法における視点と同様の役割を果たすことになる。
もし瞬間を捉えるのではなく、持続する生きた時間の中の風景を捉えるとしたら、太陽によって照らされる世界像ではなく、色を持った物体がそれ自体で存在する世界像を描くしかない。

19世紀の画家テオドール・ルソーの「アプルモンの樫、フォンテーヌブローの森」では、樫の木の影から太陽が真上にあることがわかり、真昼の光景であることがわかる。
それに対して、セザンヌの「ジャズ・ド・ブッファンの池」になると、太陽がどこにあるかは全くわからない。

セザンヌの世界では、色の濃さとその微妙な変化が、目に見えるもの全ての形を作っている。

(3)色の分泌が生み出す生命感

セザンヌの絵画においては、色そのものが最も重要な意味を持つ。

自然に表面はない。深い所にあるのだ。色はこの深さの面における表現である。色は世界の根っこから立ち上がる。色は世界の命、諸々の理念の命なのだ。
(ウルリケ・ベックス=マローニー『セザンヌ』に引用されたセザンヌの言葉)

絵画を描くことは、色の塊を組み合わせて物の形を描きながら、全ての色が調和を持って対応する世界を生み出すことだといえる。

絵を描くことは、対象物を盲目的にコピーすることではない。それは数多くの関係同士の調和をつかむこと、それらを新しく独創的な論理に従って発展させながら、独自の色階の中に移植することである。(レオ・ラルギエ『セザンヌと過ごした日曜日』)

セザンヌの世界が色そのものによって成り立っていることは、何度となく描かれたサント・ヴィクトワール山の絵を見るだけで、すぐに実感することができる。ほぼ同じ構図だとしても、色彩の調和は大きく異なる。

一つの色の塊ともう一つの色の塊の間には、独自の関係がある。それらの色の連鎖が続き、全体が形作られる。もし一つの色を変えれば、それ以外の色にも変化が起こる。
空の色は山の色に反映する。山の色は木々に反映し、木々の色は家々の色を変化させる。全てが対応しているのであり、セザンヌは全体を把握して、画布の上に定着させた。
上の二枚の絵画をじっくりと眺めると、驚くほど微細で微妙な色の変化が、私たちの目を捉えることに気づく。

気づくためには、セザンヌがしたように、時間をかけ、ゆっくりと「見る」ことが求められる。
そのようにすることで、私たちは、セザンヌの絵画を通して、この色調の微細な変化を「見る」体験をする。

その後、絵から目を離し、いつも見ている木々や花々を眺めると、単に緑だとかピンクだと思えていた木や花が、実際には多彩な色の組み合わせを示していることに気づく。セザンヌの絵が、「見ること」を教えくれたのだ。

小林秀雄は、その「驚くべき色の調和」について、ドイツの詩人リルケに依りながら、次のように解説する。

セザンヌの微妙な色の関連は、(食物を消化する内分泌と)ちょうど同じ様な性質のもので、他の色との接触に耐えるために、強化と弱化との分泌が、実に自然に行われている様だと言う。それぞれ一つの色は他の色に対して、謙遜に自己を抑えているかと思えば、率直に自己を主張し、また再び静かに己を省察するという風に見えると言う。リルケの言い方は、セザンヌの色彩の手法について、その立体性とか造形性と建築性とかいう一般的に使われる言い方より、よほど巧妙だと思われる。明暗法も遠近法も使わずに、純粋な色の面の関係から現れる画面の一種の奥行きはまことに特殊な美しさの現前で、(中略)ただ色彩自体で充実し、その充実感は、むしろ音楽の持続性とか時間性とかに似ている。(『近代絵画』)

実際、色と色の対応と調和を通して絵画を見ると、そこに描かれているものが、人間であろうと、風景であろうと、色の塊によって形作られた絵そのものとして見えてくる。

これらの光景は、セザンヌの目を通して見られた世界そのままの姿。そう思うと、画家の目はすごいとしか言いようがない。

その目を養ったのは、「じっと見る」ということだった。
ピカソがセザンヌについて言ったことがある。
「全ての欠陥は、人が十分に注意して見ないことから来る。(中略)セザンヌがセザンヌであるのは、まさに注意力による。木の前にいる時、彼は本当に注意深く、目の前の木がどのようなものなのかを見る。獲物にねらいをつけた猟師のように、じっと見る。」(« Picasso speaks», 1923年)

そんな風にして、セザンヌが注意力を集中して見ていると、目の前にあるものは、人間、机、木、海と認識する以前に、色の塊が結合した造形物として見えてきたのだろう。
彼の眼が把握する色は、「深み」から立ち上って来る。その「深み」は、生命の流れる「持続」によって支えられている。
持続しなければ、形は形成されない。一瞬の光が照らす表面は次の瞬間には消えてしまい、光の効果は感じられても、物の形はおぼろげになってしまう。
セザンヌの試みは、光を持続の相で捉え、色の塊で形を定着することだった。

以下の二つの水浴図では、はっきりとした三角形の構図を見て取ることができ、古典主義を代表する画家ニコラ・プッサンの厳密な構図を思わせる。

プッサンの古典主義絵画が目指したのは「理想の風景」であり、時間の流れない「永遠」の世界を観念的に表現している。
それに対して、セザンヌは、形を描くためにあえて古典的構図に基づきながら、永遠ではなく、生命が持続する世界を描き出そうとした。

彼は、ジョワシャン・ガスケに向かい、次のように語ったことがある。

私は真の古典でありたいのです。自然を通して、感覚を通して、ふたたび古典になりたいのです。(中略)生命! 生命! 私の口からはこの言葉しか出てきませんでした。(中略)しかし、やはり何と言ってもゾラは『制作(別の邦訳題名は「作品」)』の中で、私をうまく捉えました。おそらく覚えておられないでしょうが、彼がこんなふうに怒鳴るときです。「ああ!生命!生命! その現実において、それを感じ、それを表現すること、それ自体のためにそれを愛すること、そこに、真の、永遠で、変化する唯一の美を見ること・・・。」(ガスケ『セザンヌ』)

「生命」という言葉で、画面に描かれた人や物が今にも動きそうだということを意味しているのではないことに注意しよう。
人や物の区別も、動く動かないの区別も、世界の表層での認識にすぎない。

セザンヌの言う「生命」とは、色の塊同士が対応し合い、全体が調和した状態によって現されるもの。私たちの住む現実世界と同様に、一瞬も途切れることなく持続する生命感を指す。

最初は、何かはっきりしないとか、ただ色が綺麗だとしか思わなかった絵画だが、セザンヌの目を通し、時間をかけて「じっと見る」ことを学ぶと、まったく別の風に見えてくる。
微妙な色彩がお互いに対話をし、全てが関連し合いながら、息づいている感じがしてくる。
そんな時には、木々の葉が風に吹かれる音や、風景全体を漂う香りも感じられるに違いない。五感が対応し、響き合う、コレスポンダンス(万物照応)の世界。

セザンヌ自身の言葉を借りれば、そこに、「真の、永遠で、変化する唯一の美」が感じられるようになる。

ポール・セザンヌは、「持続」する世界の形を「色の塊」によって表現しようとした。私たちは、彼の絵画をじっと時間をかけて眺めることで、「画家の目を通して世界を見る」ことを学ぶという、素晴らしい体験をすることができる。


セザンヌは、「コレスポンダンス」の詩人、シャルル・ボードレールを愛好し、とりわけ「屍」という奇妙な詩をすらすらと暗唱するほどだった。
彼は、ボードレールと、そして、青春時代から最も親しい友人だったエミール・ゾラに言及しながら、自らの芸術の理想を語ったことがある。

そもそも松の木の真っ青な匂いは、陽光の下ではえぐみがあるのですが、それは、ここで毎朝ひんやりとした新鮮さを帯びる牧場の緑色の匂い、サント・ヴィクトワール山の遠くの大理石の香りと結ばれていなければなりません。それを私はしっかりと表現していないのです。それを表現しないといけないのです。しかも色彩によって、文字抜きで。ボードレールやゾラがしているように。彼らは言葉の単純な並置によって、詩句全体や一つの文全体に不思議な香りを与えるのです。(P.M. ドラン編『セザンヌ回想』)

セザンヌは、ボードレールやゾラが言葉で行ったことを、色によって実現しようとした、と言ってもいい。
彼等は言葉によって、あるいは色によって、「持続」する「生命」を捉え、五感を含め全てが対応し調和する世界を創造しようと努めた。

そのように考えると、ポール・セザンヌは、19世紀後半から20世紀へと続く世界観、芸術観の大転換の流れの中で活動し、「新しい美」の世界を開拓した画家の一人だと見なすことができる。

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