アイデンティティの捉え方がもたらす社会問題

精神分析学者エリサベート・ルディスコが、 2021年3月10日のQuotidienに招かれ、 アイデンティティについて話している内容は、フランスの社会問題を考える上で大変に興味深い。
1)精神分析は役に立つのか。立つとしたら何の役に立つのか。
2)現代のアイデンティティの捉え方がもたらす社会の問題

Elisabeth Roudinesco interroge les dérives identitaires
Elisabeth Roudinesco est historienne et psychanalyste. Autrice de grands livres de référence sur Jacques Lacan et Sigmund Freud, figure de la gauche française, engagée dans la lutte contre le colonialisme, l’antisémitisme et l’homophobie, elle publie cette année « Soi-même comme un roi ». Un essai sur les dérives identitaires de nos sociétés. 

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自由と真実 liberté et vérité

西欧社会では、人間の「自由」に大きな価値を置いている。基本的な人権は自由を認めることであり、自由を認めないことは主権の抑圧と捉えられる。
社会主義的な国では、個人の自由よりも国家の権限が上に置かれ、社会の安定を維持するためであれば、個人の自由を制限することは、かなりの部分で許容される。
日本はその中間にあり、自由は主張するが、ある程度の制限は仕方がないという傾向が見られる。

自由の問題は、誰もが匿名で非人称のコミュニケーション空間にオピニオンを発信できるSNSの時代になり、真実を認定する困難さをますます増大させている。
何を発言し、何を信じるとしても、個人の自由。そうなれば、真実とは一人一人が真実だと思うものであり、他者と共有される必然性はなくなる。
より現実的なレベルで言えば、限定された数の人間がオピニオンを共有すれば、それが他のオピニオンからどんなにFake Newsと言われようと、彼らにとっての真実であり続ける。
その状況は相互的であり、100人のうち70人がAを、30人がBを真実とした場合、どちらが真実と言えるのか?
映像でさえ容易に加工できる時代、言葉だけではなく、映像もそのまま信じることはできない。

現代社会において大きなテーマであり続ける自由と真実について、歴史的な展望を含め、少しだけ考えてみよう。

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音楽と身体の共鳴 

人間の身体の中の水分の量は、体全体の約60%と言われている。
水の中で誕生した最初の生命が、今でも一人一人の人間に受け継がれ、命の水が体の中に流れているといってもいい。

体内の水分は体液として循環し、体中に栄養を運び、皮膚に血液を循環させて汗を出すことで体温を一定に保ち、新陳代謝がスムーズに行われるための働きをする。体調の維持のために、スムーズな体液の循環は欠かせない。
しかも、コップを指で弾けば中の水が振動するように、体液も体内の器官も振動する。
それと気づかないけれど、人間の身体は常に振動し、振動しながら身体全体の調和を保っている。

体の外に広がる空間の中にも、振動しているものがある。それは、音。
音は物体が振動することで発生する。
その振動が空気の振動として鼓膜に伝わることで、人間は音として認識する。つまり、音とは空気中を伝わる振動なのだ。

そして、音には共鳴作用がある。
同じ振動数を持つものであれば、一方の振動が他方の振動を増幅したりする。
逆に、異なる振動数の二つの音の間では、共鳴は起こらない。

音楽が音から出来ていることを考えると、身体という振動体は、音の振動と共鳴することで音楽の影響を受けることが理解できる。

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2021年1月1日 雪の摩耶山 

2021年元旦、青谷道をたどり、雪の積もる摩耶山に行ってきました。
旧天上寺跡、天狗岩、掬星台、現天上寺までの風景を、ハイドンのピアノ・ソナタに乗せてお届けします。

ピアノ・ソナタは、アルフレッド・ブレンデルの演奏。
https://bohemegalante.com/2019/12/02/haydn-piano-sonata-alfred-brendel/

言葉の誤解や行き違い

母語であれば誰でも読むことができるし、書くことができる。毎日会話をしているし、スマートフォンやパソコンに向かい文字を書いたり、メモを手書きで書くこともある。
読むことも書くことも、ごく当たり前の行為にすぎない。

しかし、自分の伝えたい内容が相手にそのまま理解されない経験は誰にでもあるだろうし、読んだ内容に関して人によって理解が違うという経験もある。
外国語であれば、自分の語学力不足を理由にすることができるが、母語となるとそうも言えない。

自分の言ったこと、書いたことが相手にうまく理解されなかったり、逆に相手の意図が理解できず、誤解することがあるとしたら、どこに問題があるのだろう?

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プラトン 美を愛する者 L’Amoureux du Beau chez Platon 

プラトンは肉体を魂の牢獄と考えた。
魂は天上のイデア界にあり、誕生とは、魂が地上に落ちて肉体に閉じ込められることだとされる。
この魂と肉体の関係が、プラトンによる人間理解の基本になる。

それを前提とした上で、プラトンにおける美について考えてみよう。

天上の世界にいる時に美のイデアを見た魂があり、その記憶は誕生後も保持される。
地上において美しい人や物を目にすると、天上での記憶が「想起」され、それを強く欲する。
その際、感性によって捉えられる地上の美は、天上で見た美のイデアを呼び起こすためのきっかけとして働くことになる。

従って、プラトン的に考えると、ある人や物を見て美しいと感じるとしたら、それはすでに「美」とは何かを知っているからだ。逆に言えば、「美のイデア」を見たことがなければ、地上において美を求め、美を愛することはないということになる。

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日本語の特色と普段の話題

日本語には面白い特色があるが、その中のあるものは、人間関係に影響を及ぼし、会話の中身そのものに直接かかわっている。

様々な場所で、人の噂話をしたり、芸能人ネタや恋バナで盛り上がり、時間を忘れるほどになる。
仲の良い友だちの間なら、人の悪口もいいネタになったりする。

もちろん、こうした話題はどんな言語でも話されるに違いない。
しかし、日本語には、こうした話題をすることで、ある目的を達しやすくする特色があるらしい。
『私家版 日本語文法』の著者、井上ひさしは、そうした特色を「自分定めと縄張りづくり」「ナカマとヨソモノ」と表現している。

結論を言ってしまえば、私たちがよくする会話は、ナカマ意識の確認と、もう一つ付け加えれば、自己愛の保証、その二つを暗黙の目的としているのではないかと考えられる。

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日本人の幸福感 Sentiment du bonheur chez les Japonais

日本的な感性は、ごく身近にある、ありふれたものにも幸福を感じるよう、人の心を導く働きをする。

道を歩いていて、ふと目をやると、緑の葉に青や紫の実が見える。
そんな小さな美を目にするだけで、幸せを感じる。

こうした感受性は、古くからの日本的な世界観に由来しているらしい。

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Carpe diem(カルペ・ディエム)の実践

Carpe diemを実践する。
こう書くと、常に今を全力で生きることが求められ、疲れてしまうように思われるかもしれない。
しかし、思わず何かに集中して我を忘れている時は、誰にもあるだろう。
それは、何も意識せずにCarpe diemを実践している時だといえる。

そうした例を、いくつかのレベルでみていこう。

(1)藤井聡太棋聖の姿勢
(2)美の体験
(3)映画
(4)日常生活— 習慣化

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Carpe diem(カルペ・ディエム) 今を生きる

Rose Pierre de Ronsard

Carpe diem(カルペ・ディエム)とは、ラテン語で、「今日という日(diem)を摘め(carpe)」の意味。
そこから、「今を生きる」とも言われる。

この言葉は、古代ローマの詩人ホラティウスの詩の一節に由来し、二つの意味に解釈されることがある。

(1)今を充実させて生きる。
その意味では、Carpe diemは、「今を生きる」ことを勧める格言と解釈できる。

(2)後先を考えるよりも、今のことだけを考える。
この場合、後先のことを考えず、今さえよければいいといった、短絡的で快楽主義的な考え方の表現として解釈していることになる。

実は、Carpe diemと似た表現がラテン語にある。
collige, virgo, rosas
摘め、乙女よ、バラを。
この詩句で摘むものは、日ではなく、バラの花。

では、美しいバラの花を摘む幸せを手に入れるためには、Carpe diemを、(1)か(2)の、どちらの解釈をする方がいいのだろう。

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