ランボー 「酔いどれ船」 Rimbaud « Le Bateau ivre » 3/7 見者のヴィジョン

第6−7詩節において、「ぼく=酔いどれ船」は「海という詩」を航海していることが明かされた。そこで示されたのは、新しいポエジーの定義。錯乱とリズムを中心に、青を基調として赤茶色が配色された。

第8詩節から第10詩節になると、「見る」という言葉を中心に、「ぼく=酔いどれ船」が航海する間に見たと思われるものが描かれる。

見者の知

第8詩節では、何を知り、何を見たのかが語られる。

Je sais les cieux crevant en éclairs, et les trombes
Et les ressacs et les courants : je sais le soir,
L’Aube exaltée ainsi qu’un peuple de colombes,
Et j’ai vu quelquefois ce que l’homme a cru voir !

ぼくは知っている。いくつもの雷が切り裂く空も、竜巻も、
沖に向かう潮の流れも、岸に向かう潮の流れも。ぼくは知っている。夕方も、
「明け方」も。鳩の群のように高揚する明け方だ。
ぼくは時に見たことがある。人が見たと思ったものを。

前の3詩句は、知っていること(je sais)を、4詩行目は、見たこと(j’ai vu)を明かす。

知っていることは、空間の次元と時間の次元の二つに分かれる。

1)空間:空と海
空には雷が幾筋も走り、海には、沖に向かう潮の流れ(ressacs)と、それに対抗する岸に向かう潮の流れ(courants)がある。
その空と海の間には稲妻が走り、上下の空間を繋いでいる。
そこで示されるのは、空と海、天と地が対応(コレスポンダンス)しているということである。

Turner, Slavers throwing overboard the Dead and Dying 

2)時間:夕方と明け方
夕方と明け方は、昼と夜の中間の時間帯であり、その二つの時間が溶け合う時といえる。その中で、ランボーはとりわけ明け方を強調する。
そのために、Aubeの最初を大文字にし、恍惚を連想させる言葉(exalté)を付け加える。それは、太陽が海から昇るときの高揚感であり、鳩の群れが空に舞い上がる姿で、具体的なイメージとして描かれる。

こうして、知っていることが列挙された後、すでに見たことが明かされる。
それは、「人が見たと思っていること」。
ぼくと人の違いは、見たのか、見たと思うのか。その違いは決定的な重要性を持つ。

ぼくは、普通の人間が見たと「思っている」こと、つまり、想像や錯覚なども含め、時として実際に見たのだと言う。
詩人にとって、現実の出来事も空想の出来事も区別なく、見たものは見たものなのだ。想像力が生み出すヴィジョンと現実の間に境目はない。
「見者voyant」の世界観がそこにある。

そのような認識に基づき、見者ランボーの想像力は疾走し、第9−10詩節では、見たものと夢見たものが描き出される。

大海原で見たもの  

第9節節では、「ぼくー酔いどれ船」が大海原を航海する間に見たものが明かされる。
ただし、描写によって現実の事物を再現するのではなく、映像を結ばない言葉が連ねられている。そのために、読んでもわからいことが多くある。
ランボーの目指す新しいポエジーは、私たち読者にも、困難な航海を強いるのだ。

第9詩節

J’ai vu le soleil bas, taché d’horreurs mystiques,
Illuminant de longs figements violets,
Pareils à des acteurs de drames très antiques
Les flots roulant au loin leurs frissons de volets !

ぼくは見た。海面近くにある太陽を。神秘的なおぞましさの染みがつき、
紫色の長く伸びた塊を照らしている。
ひどく古い劇の役者たちと似た
大波を。遠くまで鎧戸の震えを転がしている。

見た対象は、太陽と大波。天上のものと地上のもの。

太陽と関連する表現には、現実に映像を結ばない二つの名詞グループがある。
神秘的なおぞましいもの d’horreurs mystiques
緑色の長く伸びた塊 de longs figement violets.
記号としての意味は理解可能だが、それらが何を意味するのか分からない。そこで、読者は、これらの言葉の結合から理解可能な意味を考えることになる。その際の発想は自由だが、しかし、強い緊張を強いられる。

太陽に関して理解できるのは、以下のこと。
太陽は海面の近くにある。(le soleil bas)
染みがついている(taché)。その染みは、ぞっとするようなもので、神秘的。
何かを照らしている(illuminant)。照らされるのは、長く、紫色で、固まっているもの。

大波に関して理解できることは、その姿が古い劇の役者たちに似ていること。そして、遠くまで何かを流していること。流す対象は、鎧戸の震え(frissons fe volets)。

ここで問題になることは、次の2点。

古い劇の役者という言葉は理解可能だが、しかし、どのような劇の、どのような役者を指しているのか分からない。
ランボー研究ではそれを確定することが盛んに行われるが、しばしば意見がわかれる。限定できる要素があまりにも少なくて、明確に何か確定することは難しい。

鎧戸の震えを転がすという表現も、日本人にはわかりにくい。
フランス語の文語体では、青い空と同じ意味で空の青と言うことがある。そのことから、鎧戸の震えは、震える鎧戸と考えていいだろう。難破した船から飛びちった鎧戸を、波が遠くに流している考えると、理解が可能になる。

以上の表現法から、ランボーの詩的言語を考えてみると、次の様に言える。
それぞれの単語も構文も特別なものはなく、理解可能。しかし、言葉の組み合わせが普通とは違うことがあり、何を意味しているのか不明なことがしばしば起こる。
その例としてここで挙げられるのは、horreurs mystiques、longs figement violets、frissons de volets。

これらの見慣れない言葉の組み合わせが、新しいものを作り出したり、音楽的な美を作り出したりすれば、普通の言葉(卑金属)から詩的言語(黄金)を精製する、言葉の錬金術が行われたことになる。

例えば、最終行の[ l ]の見事な連なり。

« Les flots roulant au loin / leurs frissons de volets ! »

流音[ l ]の反復(アリテラシオン)が、鎧戸をどこまでも遠くに運び去る。そこに、この詩句の黄金の輝きを見ることができる。

大海原で夢見たもの  

第10詩節では、見るのが現実ではなく、夢の中であることが、夢見る(rêver)という最初の動詞で予告される。

J’ai rêvé la nuit verte aux neiges éblouies,
Baiser montant aux yeux des mers avec lenteurs,
La circulation des sèves inouïes,
Et l’éveil jaune et bleu des phosphores chanteurs !

ぼくは夢で見た。まばゆい雪の舞う、緑の夜。
海の目へとゆっくり上っていく口づけ。
前代未聞の樹液の循環。
歌う燐光の、黄色く青い目覚め。

夜の大海原を航海しながら「ぼく=酔いどれ船」が見た夢のもの中では、想像可能な現象と現実に像が結ばない現象が一つになっている。一つ一つの単語は理解できても、それらの組み合わせが日常の現実とは違う世界がある。

雪の舞う夜は分かる。しかし、緑の夜とは何か?

「海の目」とは何か。そこに向けて上昇する口づけとは何か。
読者は、海の沖にいることを想像し、「ゆっくりと上る」という表現から、感覚的に詩句を感じ取る必要がある。

「前代未聞の樹液」とは何だろう。
樹液は木の内部で木に栄養を循環させる。海と関係させれば、栄養豊富な海水が循環しているという連想はわく。

「歌を歌う燐光」も何かはっきりとはわからない。夜光虫だと見なすことも可能だし、まだ暗い海の波が曙の光を受けてきらきらと輝く様子だと考えることもできる。しかし、現実の対応物を探すよりも、光と歌、視覚と聴覚を一つにする表現そのものの美を感じるだけでいいだろう。
そして、その歌う燐光の目覚めを、詩人は、黄色と青で彩る。限定的な意味はなくても、言葉として美しい。

第10詩節は、緑の夜から青と黄の目覚めへと時間的に移行する。その間に、口づけ、樹液、歌、光があり、この夢のヴィジョンは幸福感で満ちあふれている。
言葉から現実へと向かうのではなく、現実を参照しない言葉たちの歌声に耳を傾けることで、詩句の生み出す世界に遊ぶことができるようになるだろう。

見ることも、夢見ることも、酔ったぼく=船には、同じように見える。その二つの間に境界線はない。
第9−10詩節は、現実性の区別を取り払い、言葉そのものの持つ力を示すため、現実に像を結ばない言葉の連結が行われたといえる。だからこそ読者は「分からない」と思う。
それは読書の難破。ランボーの詩を読むには、そうした体験から出発しなければならない。

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