ヴェルレーヌ 「ヴァルクール」  Verlaine « Walcourt » 印象派的

『言葉なきロマンス』に「ベルギーの風景」という章があり、その最初に置かれているのが「ヴァルクール」。

1872年、ヴェルレーヌはマチルドとの新婚生活を捨て、ランボーと共にベルギーに向かう汽車に乗り込んだ。

ブリュッセルに着く前に、彼等はヴァルクールという町を通りかかる。その時、詩人は幸福感に満ちあふれていたのだろう。
「ヴァルクール」には、いつもの物憂い悲しみなど、どこにも感じられない。屈託がなく、浮き浮きとした心が、そのまま表現されている。

その感情の動きが、印象派の絵画の手法と同調するかのように、小さなタッチで、素早く描かれている。

「ヴァルクール」の最後に、1872年7月という日付がある。
その表記は、ヴェルレーヌが車窓から見た風景を描いていることを示している。
そこで、詩を読む前に、実際の風景を見ておこう。

まず最初に目に入るのは、小さな家々。

Briques et tuiles,    レンガと瓦。
Ô les charmants    おお、チャーミングで
Petits asiles      小さな隠れ家
Pour les amants !    恋人たちのための!

Houblons et vignes,     ホップとブドウ、
Feuilles et fleurs,      草と花々、
Tentes insignes     人目に付くテント
Des francs buveurs !    根っからの酒飲み達の!

Guinguettes claires,      明るい居酒屋
Bières, clameurs,       ビール、大騒ぎ、
Servantes chères       愛しい給仕の女達
À tous fumeurs !        煙草を吸うみんなにとっての!

Gares prochaines,       次の駅から次の駅へ、
Gais chemins grands…      陽気で大きな鉄の道。。。
Quelles aubaines,        なんて運がいいんだ
Bons juifs-errants !        善良な永遠の放浪者たちよ!  

この詩は、ヴェルレーヌの詩の中でも、とりわけ印象派的だ。

「ヴァルクール」は、一行が4音節で、一詩節も4行。4つの詩節からできている。とてもコンパクトな詩。

そのコンパクトさを可能にしているのは、徹底した省略語法。
動詞がどこにも使われず、名詞がぽんぽんと置かれている。

しかも、名詞が列挙されるときには、冠詞なしで、語尾にSの印が付いているだけ。
Briques et tuiles,
Houblons et vignes, / Feuilles et fleurs,
Guinguettes claires, / Bières, clameurs, / Servantes

この列挙が生み出すスピード感は、汽車が駅を次から次へと通過し、目的地へと疾走していく快感と対応している。
Gares prochaines,
Gais chemins

こうした軽快な言葉の使い方は、印象派の絵画の画法を思わせる。
画筆を短いタッチでさっと動かし、スピーディーに描いていく。
そこで描き出されるのは、しっかりとした輪郭を持った物の形ではなく、一瞬をを捉えた生命力溢れる映像。絵画の中に動きがある。

Renoir
Monet
Pissaro

汽車の進行に従って、レンガの小さな家が見え、次に、草原の中にテントが張られ、人々が酒を飲み、煙草を吹かしている姿が見える。
駅を通る度に、こうした風景が繰り広げられ、旅人は幸福な気分に満たされる。

その気分は、形容詞によって、巧みに示される。
レンガの家が小さいのは、実際に小さいのかもしれないが、恋人たち、つまりベルレーヌとランボーの間の親密さを表しているともいえる。
ヴェルレーヌは、小さな家が同性愛者達をかくまってくれる場所だと想像し、魅力的だと思う。

草原の中のテントでは、みんなが酒を飲み、煙草を吹かしている。そのテントは人目につき、明るい酒場だ。給仕をしてくれる女達もいる。
insigne, franc, cherといった形容詞が、その場の幸福感の印。

第4詩節に出てくる「大きい」grandという形容詞は、普通は名詞の前に置かれる。しかし、ヴェルレーヌは、gais chemins grandsと、cheminの後ろに置く。
そのことで、道の大きさが強調され、未来に対する希望が開かれているという気持ちが、強く表現されるからである。

しかも、最初にレンガの家を見た時には小さいpetitという形容詞で親密さを出し、これから進む道に対しては大きいgrandと言う。そのコントラストが、ランボーとの親密さと二人の未来への希望を、見事に表現している。

二人のよき放浪者は、思わず、なんて運がいいんだともらすほど、幸福感に満たされている。

こんなに浮かれたヴェルレーヌの詩を読むと、ルノワールの絵画を見ている時のように、こちらまで幸せになる。
たまには、こんなヴェルレーヌもいい。

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