ネルヴァル 「黄金詩篇」  ピタゴラスと共に Nerval, « Vers dorés », avec Pythagore

ネルヴァルの「黄金詩篇」は、エピグラフにピタゴラスの詩句とされる言葉を挙げ、ピタゴラス教団の教えを唱えるお題目のような雰囲気を持っている。

ピタゴラスという名前を聞くと、ピタゴラスの定理を思いだし、数学者だと思うかもしれない。三角形の底辺の2乗は、他の2辺の2乗の和に等しいという、誰もが知る定理。

しかし、ピタゴラスは、万物は全て数で成り立つと唱えた古代ギリシアの哲学者で、秘儀的な宗教教団の中心人物でもあった。その教団は、ピタゴラス派と呼ばれる。
「黄金詩篇」はその教団の信条を詩句にしたもの。

ネルヴァルは、最初にこの詩を発表した時、「古代の思想(« Pensée antique »)」という題名を与えていた。この「古代」は「近代」と対立し、人間の思考の二つの型を連想させる。一方は合理的思考。もう一方は理性的理解を超えた思考。

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My one and only love ただ一つの愛 ただ一つの演奏 

たった一つの名演奏があれば、他の演奏はいらなくなってしまう、そんな名演があるMy one and only love. 

その名演とは、ジョン・コルトレーンのテナー・サックスに乗せて、ジョニー・ハートマンが歌ったもの。
これがあれば、後は全部捨ててしまってもいい。。。と思えるほど。

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ルネサンスの音楽 ギヨーム・デュファイ 「若々しいバラの花」 Nuper rosarum flores

ルネサンスの芸術の根本は調和(ハーモニー)にある。そのため、音楽にしても、建築にしても、絵画にしても、均整が取れ、五感に気持ちがいい。

ギヨーム・デュファイ(Guillaume Dufay)のモテトゥス「若々しいバラの花」(Nuper rosarum flores)は、1436年、フィレンツェにあるサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂の献堂式の時に演奏された。

デュファイの曲を聞きながら、大聖堂の写真を見ていると、訪れた時の感覚がふと蘇ってくる。

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風の谷のナウシカ 交感する力

「風の谷のナウシカ」は、「火の7日間」という大戦争によって巨大文明が滅んだ後、1000年後に世界が行き着いた姿を描いている。

地上は猛毒を撒き散らす「腐海」が侵食し、オームが僅かに残る都市や谷の村を襲うこともある。風の谷の隣国ペジテや西方の軍事国家トルメキアでは、今でも覇権を争い、最終兵器「巨神兵」を奪い合ったりしている。

風の谷の少女ナウシカは、そうした強大な敵を前にして、一体何をしようとし、何ができるのだろうか。
メーヴェに乗り、空を飛び回る姿はすがすがしいが、戦うための武器は持たず、無力さに打ちひしがれることもある。

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ネルヴァル 「ファンテジー」 Nerval « Fantaisie » 音楽と絵画とデジャ・ヴュと

ネルヴァルの「ファンテジー」は、音楽性と絵画性が絶妙に組み合わされ、ロマン主義的な美が見事に表現されている。

詩句は音楽性に富み、朗読すると口にも耳にも心地よい。

喚起される情景は、古きフランスの光景であり、「詩は絵画のように、絵画は詩のように」(Ut pictura poiesis)というホラティウスの言葉を実現している。
それと同時に、一つのメロディーから過去の光景が一気に描き出される様は、プルーストのマドレーヌと同じように、記憶のメカニスムが作り出す魅力を感じさせてくれる。

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非再現性の時代

19世紀の後半から、芸術は非再現性の時代に入る。
なにやら難しそうだけれど、要するに、芸術の目的がモデルとなる対象を模倣・再現することではなくなり、作品そのものになる、ということを意味する。

画家兼モデルだったシュザンヌ・ヴァラドンの肖像画を見ると、肖像画でさえモデルの再現を目指さない時代が来たことが理解できる。

19世紀の前半に発明された写真は、モデルを再現するのに適した機械。
その写真機が撮したヴァラドンの肖像画。

ヴァラドンの自画像と比べてみよう。

Suzanne Valadon, Autoportrait

この絵を見るときに問題になるのが、自分の顔を忠実に再現しているかではなく、彼女の絵画的なセンスや感性であり、表現の技術、そして作品としての質であることがわかるだろう。

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フロベール 『ボヴァリー夫人』冒頭 3/3 Flaubert, Madame Bovary, incipit, 3/3

帽子の描写で物語の流れが中断した後、会話の文章がきっかけとなり、新入生の名前のエピソードまで一気に進む。

— Levez-vous, dit le professeur.
Il se leva ; sa casquette tomba. Toute la classe se mit à rire.
Il se baissa pour la reprendre. Un voisin la fit tomber d’un coup de coude, il la ramassa encore une fois.
— Débarrassez-vous donc de votre casque, dit le professeur, qui était un homme d’esprit.
Il y eut un rire éclatant des écoliers qui décontenança le pauvre garçon, si bien qu’il ne savait s’il fallait garder sa casquette à la main, la laisser par terre ou la mettre sur sa tête. Il se rassit et la posa sur ses genoux.

「立ちなさい。」と先生が言った。
彼は立った。帽子が落ちた。クラス中が笑い始めた。
彼は身をかがめて拾った。隣の生徒が肘で叩いて、帽子を落とさせた。彼はもう一度拾った。
「ヘルメットを片付けなさい。」と先生。彼は気の利いた人なのだ。
生徒たちが大爆笑し、哀れな少年は混乱した。帽子を手に持っていたらいいのか、床に置けばいいのか、頭に被っていればいいのか、わからなかった。もう一度腰掛け、帽子を膝の上に置いた。

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