マルティーニ作曲「愛の喜び」 « Plaisir d’amour » de Martini

「愛の喜び」はジャン・ポール・マルティーニ(1741ー1816)の代表作。
彼はドイツ生まれだが、活躍したのはフランス。お墓は、パリのペール・ラシェーズ墓地にある。

Plaisir d’amour ne dure qu’un moment, 愛の喜びは一瞬しか続かない。
Chagrin d’amour dure toute la vie.  愛の悲しみは一生続く。

単純だけれど、素直に心に飛び込んでくるこの歌詞は、フロリアン(ジャン・ピエール・クラリス・ド、1755ー1794)の中編小説「セレスティンヌ」から取られた。

吉田秀和が『永遠の故郷 真昼』のために選んだのは、エリザベート・シュヴァルツコプスの歌うもの。

吉田によれば、エリザベート・シュヴァルツコプスは20世紀最高の歌手10人のうちの一人に入る。
歌の言葉の響きを大切にして、それがわかるように歌う。時にはテクニック過剰と感じられることがあるが、「愛の喜び」に関しては、技術を駆使しながらも、それが少しも不自然に感じられず、とても見事だという。

たぶん、そうした自然さというのは、この歌の持つ素朴さによるのではないかと考えられる。

ジェラール・ド・ネルヴァルが死の直前に書いた「散策と想い出(Promenades et Souvenirs)」(1854−1855)という散文の中で、「愛の喜び」の歌詞の最初の2行を引用し、そうした素朴さについて連想させる記述をしている。

ネルヴァルはその時、パリ近郊のサン・ジェルマン・アン・レにいて、小さなカフェから聞こえてくる若い娘たちの澄んでよく響く声に耳をとめる。

サン・ジェルマン・アン・レの城とその周辺

彼女たちの純粋で自然な声の抑揚、ナイチンゲールやツグミの歌声のようなトリル、新鮮でメロディアスな歌声は、音楽教育のメッカであるパリ音楽院の教育を受けていないためにまだ保たれているというのが、ネルヴァルの考え。
それに対して、音楽教師たちからすると、彼女たちは歌い方を知らないということになる。

こうした対比を示した上で、素朴な音楽の代表として、ネルヴァルは19世紀前半に活躍したバリトン歌手ガラが持ち歌としていた「愛の喜び」の冒頭の2行を引用する。

その歌をカフェで歌う若者の描写はとても詳しい。
髪は信じられないくらいカールしていて、白いネクタイ。シャツの胸飾りにはダイヤモンドのピンをさし、組紐の形をした飾りの付いた指輪をしている。

いかにも18世紀っぽい服を着た若者を見て、ネルヴァルは、もし自分が女性ならば、彼に恋していただろうとさえ言う。
それほど「愛の喜び」を歌う歌声がネルヴァルの心に届いたということになる。

こんな風に、19世紀半ばのネルヴァルにとっても、21世紀の吉田秀和にとっても、この歌は、素朴さや純粋さと繋がっていることになる。

今度は吉田秀和の解説に目を向けてみよう。

(この歌は)人好きのする、わかりやすさがあり、簡素なまま率直に人の心に染み入る味わいがある。大衆の歌にもなり得て、しかも都雅(とが)な趣きと可憐で優しい華やかさにさえ欠けていない。(中略)私としては、フランス18世紀末、革命前後のロココ趣味の咲かせた小さな残りの花と呼んでみたい気がする。

ロココ趣味に関しては、冒頭のピアノから、こんな風に言う。

ヴェートーベンの《月光のソナタ》のはじまりみたいな分散和音のなだらかで柔らかなくりかえしの前奏で曲が開始されるが、これも簡単この上もないのに素敵。そこに歌声が入ってくる。
(楽譜挿入)
レッキとした長調のソ/ドレ。。。という「ふし」なのに、悲しみの影がそっとよりそって立っている感じ。モーツァルトを思い出す優美と哀傷が一つにとけあった趣き。ここにロココ趣味の香りをかいでもいいでしょう。

こんな風に、19世紀のネルヴァルと21世紀の吉田秀和の言葉をリンクさせながら、エリザベート・シュヴァルツコプスの歌声に耳を澄ませる。
なんと豊かで優美な時間と空間だろう! 

Antoine Watteau, Les Plaisirs de l’amour

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