ボードレール 「秋の歌」 Baudelaire « Chant d’automne » 中間の時としての秋

Sisley, Vue de Louveciennes en automne

ボードレールが歌う秋は、夏と冬の間にある中間の時。

夏の厳しい光の名残りに別れを告げながら、それと同時に、暗い冬が迫ってくる予感がする。

皮肉屋で繊細な詩人ボードレールは、そんなどっちつかずの時の不思議な感覚を綴り、愛する女性への愛の言葉とする。

全部で7つの4行詩からなる「秋の歌」は、4つの詩節を含む第一部と、3つの詩節で構成される第二部から成る。
第一部は聴覚の詩。第二部は視覚の詩。

        I

Bientôt nous plongerons dans les froides ténèbres ;
Adieu, vive clarté de nos étés trop courts !
J’entends déjà tomber avec des chocs funèbres
Le bois retentissant sur le pavé des cours.

もうすぐ私たちは冷たい闇に沈むことになる。
さようなら、短すぎた夏の激しい光よ。
私にはすでに聞こえている、不吉な衝突とともに
木々が中庭の舗石の上に落ち、鳴り響く音が。

第1詩節の冒頭、冷たい闇に「沈むことになる(plongerons)」と今後の予告されるとすぐに、夏の激しい光に別れの言葉を投げかけ、冬と夏という二つの季節が示される。
冷たい闇(les froides ténébres)と激しい光(vive clarté)の対照は、秋がそれらの両極端の間にあることを強く意識させる。

その中間の季節である秋、すでに木の葉が地面に落ちる音が聞こえ始めている。
その枯葉は、ロマンチックな思いを抱かせるものではなく、厳しい冬の到来を告げる不吉な音。

その時、詩人は落ち葉を見ているのではなく、地上に落ちる音を聞いている。
「秋の歌」が視覚の詩ではなく、聴覚に訴えかける詩であることが、「聞こえる(entendre)」という言葉で示されている。

ボードレール 「秋の歌」 Baudelaire « Chant d’automne » 中間の時としての秋」への2件のフィードバック

  1. 米原信子 2019年10月4日 / 4:25 PM

    聴覚を研ぎ澄まし、自然の音を汲み取る。今の環境では失われた喜び。映像と音楽と朗読が一体となり、素晴らしい。深く感動します。

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    • hiibou 2019年10月4日 / 5:41 PM

      コメント、ありがとうございます。
      ボードレールの詩句は本当に美しいですが、その美しさを感じられる感性も貴重なものだと思います。

      いいね

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