絵画の中で、線は様々な表現をする。
直線、曲線、折れ曲がった線。それらを使うことで、物の形をしっかりと表したり、スピード感を出したり、ユーモラスな感じを伝えることもできる。
最初に、ラスコーの洞窟の中に描かれた馬の絵を見てみよう。
馬の身体は穏やかな曲線で描き出され、ゆっくりと進んでいく様子を見事に捉えている。

ベルナール・ビュッフェの「サバーバン・コーヒー」に目をやると、直線の表現が街並みを鋭角的に描き出し、スタイリッシュな雰囲気を生み出している。

こうして二つの絵を見比べてみるだけで、線の表現の面白さを感じることができる。
古代ギリシアの陶器では、人物を描くとき、線刻で描くことがあった。

時代が下ると、より繊細な線で詳細を描き、表現がより豊かになった。


日本の絵画に目をやると、法隆寺金堂の「阿弥陀浄土図」では、太さが一定の安定した線が使われている。(鉄線描)

この阿弥陀の気品に溢れた優美な姿は、はっきりとした線から生まれている。
源氏物語絵巻では、墨で描いた下絵の上に濃い色を塗り、さらに濃い墨で輪郭線を描く手法(作り絵)が使われ、鮮やかな色彩を生みだしている。

線の表現を変えることで、のびやかな動きを醸し出すこともできる。
「鳥獣人物戯画」の楽しげな動物たちの動き。

肥痩線(ひそうせん)と呼ばれる毛筆による太さと細さの組み合わせや、墨の濃淡が、楽しげな動物たちの動きに柔軟さを与えている。
「信貴山縁起絵巻 剣の護法」の右側に描かれた童子は、天空を走り抜けている。

童子の足元には、左上から右下にかけて勢いのある線が描かれ、スピード感を出している。
さらに、童子の前で転がる輪の中の軸が何本も描かれ、スピード感を増している。
それに対して、直線は、安定感を生み出す。
「信貴山縁起絵巻」の「命蓮と尼公の再会」の場面を見ると、建物は全て直線で描き出され、二人の人物の場を安定させている。
それと対照的に、人物は細い曲線で描かれ、不安定な心の様子が伝わってくる。

歌川広重の「東海道五十三次 圡山」になると、簡潔で繊細な線が、静かに降りかかる春の雨の感じを見事に表現している。

右横に流れる、水量を増した川の流れは青色。そこに黒いカーブが引かれ、スピード感がある。
雨と川の対比が素晴らしい作品だといえる。
ヨーロッパの絵画でも、直線が効果的に使われている例がある。
キリストが十字架に架けられた時にできた傷の跡が、聖人にも描かれるという伝説を描いた、ジヨットの絵画「聖痕を受ける聖フランチェスコ」。
空を飛ぶキリストの手と足から何本もの線が、聖人の手足に向かって投げかけられている。この線は、曲線ではなく、直線でなければならない。

直線は、安定性だけではなく、力強さや鋭さを表現することもある。
雪舟の水墨画は、岩だけではなく、木々も、カチカチとした線で描かれ、強固な感じを強く表出している。

ピカソの「泣く女」では、顔全体を描き出す直線と、髪の毛の曲線が、不思議な調和を生みだしている。
