
1986年に公開された「ベティ・ブルー(37.2 Le Matin)」。フランスではキュルトゥ(culte、信仰)と言われ、今でも信奉者がいるほど、人々の記憶に強く焼き付いている。
ベティとゾルグが暮らす海沿いの風景の中に、サックスの曲が流れる。このシーンを体験するだけで、カブリエル・ヤレドの音楽とジャン=フランソワ・ロバンの映像が作り出す見事な世界を体感することができる。
映像と音楽、そして物語が最も美しく調和するのは、ゾルグのピアノにベティが音を付け加えるシーン。
二人の愛が頂点にあることは、部屋の基調色が青と黄色であることで示される。階段を下りたゾルグがピアノを弾き始める。その旋律にベティが装飾音を加え、二人の気持ちが完全に一つになる。
激しい性的表現が数多く描かれる中で、愛の頂点は肉体的な交わりによってではなく、二人が奏でる音楽の調和であることが見事に表現されている。
ベティのパッションは、赤で表現される。彼女はしばしば真っ赤なドレスを身に纏う。


妊娠していないことがわかり、激しい情熱が狂気へと向かうと、彼女の服の色ははもう赤ではなくなる。

最後、ベティは自分の目をくり抜き、精神病院に入れられてしまう。

パッションを失ったベティは、もうベティではない。そのために、ゾルグはベティを自らの手で窒息させる。
その時、ベティの着ているのは白色。
その白は、ゾルグが新しい小説を書いている時、彼に寄り添う猫の色になる。
この猫はベティなのだ。
そして、ゾルグが書く小説は、もちろん、彼等二人の愛の物語。

この最後のシーンは、「ベティ・ブルー」が、それ自体の成り立ちを語る映画であることを示している。
バンガローの中で暮らすゾルグは、自分の書いた小説の原稿をダンボール箱の中に詰め込み、人の目に触れないようにしていた。
ベティはそれを発見し、外部の世界に出させようとした。
バンガローに火を付け、ゾルグが閉じこもる空間を消滅させるのは、ベティの赤いパッションに他ならない。
パリの街に向かうトラックの荷台で、ベティはゾルグに向けて、こう叫ぶ。
Je t’aime. あなたが好き。
しかし、次に、木々や空に向かい、こう叫ぶ。
Je l’aime. 彼が好き。
あなた(te)から彼(le)へと愛する対象を変えるのは、二人の間に閉じこもっていた愛を、外の世界に向けて公言すること。
ゾルグの才能はこうして、ベティによって外に引きずり出される。
出版社に原稿を送ったベティが、出版を拒否した編集者に襲いかかるのは、ベティがゾルグを尊敬する存在であって欲しいと願うから。
自分の原稿に価値を見出さないゾルグに対して、彼女はその価値を確信し、彼に伝えようとする。それが、彼女の狂気とも思える行動の原理になっている。
妊娠のエピソードも、創作と関わっている。
フランス語で、「妊娠」と「知的な構想」は同じ動詞(concevoir)を使う。
ベティにとって、妊娠とは、ゾルグが小説を構想することの暗喩でもある。
とすれば、妊娠していなかったという現実は、彼女が最も望むこと、つまりゾルグの才能が開花しないことと同じことになる。
もしそうだとすれば、彼女のパッションは行き場を失い、狂気へと一直線に向かうのは必然だろう。
しかし、ベティのパッションは、確実にゾルグの中にも伝わった。
女装をして病院に忍び込み、彼女を窒息させる行為は、彼女の全てを受け入れてきたゾルグにパッションが目覚めたことを示している。
彼は赤い服を着て、ベティのパッションを引き継ぐ。そして、ベティは白い猫への変身する。
ベティを演じるベアトリス・ダル、ゾルグ役のジャン=ユーグ・アングラード、二人は激しさと優しさの対比を見事に演じきっている。
監督のジャン・ジャック・ベネックスは、デビュー作の「ディーバ」と「ベティ・ブルー」で全ての才能を使い果たしてしまったのではないかと思われるほど、この二作は素晴らしく輝いている。
「ディーバ」の中で描かれるパリ。音楽と映像の調和が素晴らしい。
これこそフランス映画。
「ベティ・ブルー」は、そう言い切れるほど、物語と映像と音楽が見事に調和し、美の世界を生み出している。
映画を見た後、音楽をもう一度聞くと、全てが甦ってくる。
最後に、2018年、ベアトリス・ダルとジャン・ユーグ・アングラードがこの映画について思い出を語ったインタビューがあるので、紹介しておこう。
とりわけ、ベアトリス・ダルの変わり方は衝撃的。
私
これ原作で読んで、映画になってもそのイメージが見事だったので、心から感動し、胸を熱くした思い出がございます。
熱い恋愛ができるのって素晴らしい。
老いた今もそう思いますね。
(=^・^=)
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コメントありがとうございます。
私は映画のイメージを壊さないために、原作は読んでいません。
少し時間ができたら、原作も読んでみることにします。
とにかく、この映画の映像表現と、それにマッチした音楽は、素晴らしいと思います。
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