
エロディアードが乳母に「私、きれい(Suis-je belle ?)」と問いかける言葉で、「エロディアード」という詩のテーマが明確にされた。
マラルメが詩の効果として追求するものは、「美」なのだ。
では、姫の問いかけに、乳母は何と応えるのだろう。
N.
Un astre, en vérité :
Mais cette tresse tombe…
N. (乳母)
星のように、本当に。
でも、この御髪が落ちかかっていらっしゃいます。
乳母は、エロディアードを美しいと答える。星(un astre)のように美しい、と。
しかし、欠点があることも告げる。髪の一部が落ちかかっているのだ。
その時、12音節の詩句の基本は、6/6のリズムで進むという最も基本的な原則に基づき、落ちる(tombe)という動詞が強調される。
しかも、前の行から、3/3/6と軽快に進んできた詩句が、1音節で止まる。
un astre (3) / en vérité (3)
Mais cette tresse (6) // tombe (1)
そのことによって、星のように美しいというよりも、髪(la tresse)が落ちかかる(tombe)方にアクセントが置かれることになる。
そして、乳母はエロディアードに触れようとするのだろう。姫は、その振る舞いを制止する。
H.
Arrête dans ton crime
Qui refroidit mon sang vers sa source, et réprime
Ce geste, impiété fameuse : ah ! conte-moi
Quel sûr démon te jette en ce sinistre émoi,
Ce baiser, ces parfums offerts et, le dirai-je ?
Ô mon cœur, cette main encore sacrilège,
Car tu voulais, je crois, me toucher, font un jour
Qui ne finira pas sans malheur sur la tour…
O tour qu’Hérodiade avec effroi regarde !
H. (エロディアード)
そんな罪は止めなさい、
流れ出す血を凍らせる、その源で。控えなさい、
その身振り、誰もが知る不敬な身振りを。ああ、言ってみて、
どんなに確かな悪魔が、お前を、この不吉な動揺に投げ込んだのか。
その口づけ、差し出された香水、そして、言ってよければ、
おお、私の心よ、まだ罪を犯そうというその手、
だって、お前は、私を触れたかったのでしょ、そうしたものが作り出すのです、
不幸が起こらずに終わることのない一日を、塔の上で。。。
おお、エロディアードが眺める塔よ、凍り付くほど恐れながら!
乳母の手を押し留めるエロディアードの言葉の中で、froid(冷たい)という単語が、中心的なメロディーを構成している。
乳母が彼女を触れようと伸ばす手は、血を凍らせる(refroidit)。
最後に、彼女が塔を見つめる時に恐れを感じるのだが、その恐れは、effroiという単語で示される。
その時、« froit »の音が聞こえてくる。
さらに耳を澄ますと、froidの中に含まれる[ oi ]の音が、別のところから聞こえてくる。[ moi ](私)、そして、 [ émoi ](動揺)。
そして、音を聴けば、動揺(é/moi)の中に私(moi)が含まれていることがすぐに聞き取れる。
この二つの言葉の関係は、後に乳母が語る言葉の中で、決定的な重要性を持つことが示される。その際に詳しく見ていくが、動揺(é/moi)は、エロディアードが水に映った影なのだ。
マラルメは、詩句を掘り下げながら、「虚無」と出会ったという。
その虚無が「実体的な私」と「鏡に映った私」の間に横たわることはすでに見てきたが、それが言語の本質でもあるというのが、マラルメの最初の発見だった。
一般的に、言葉は現実の事象を指すものと見なされる。つまり、現実に猫が存在し、猫という言葉は猫を指し示す。言葉は現実の猫の代用として使用される。
その考え方に反して、マラルメは、言葉は現実や歴史的な事実に従属したものではなく、それ自体で存在していると考えるようになる。
洗礼者ヨハネの死は、サロメによるものであろうど、エロディアードによるものであろうと、どちらでもいい。
詩人は、エロディアードという名前の持つ美に心を動かされるだけであり、現実という基盤を言葉の下に置く必要はない。そこには「虚無」しかない。
https://bohemegalante.com/2020/04/18/mallarme-herodiade-langue-moi-beau-1/
そうした考えに立つとき、単なる音が言葉をつなぎ、音の反復が、詩句の音色とリズムを生み出し、新しい意味を作り出す可能性が見えてくる。
effroiはeffrayer(恐れさせる)と関係する名詞であり、寒さ(froit)とは関係がない。
émoiは、émouvoir(心を動かさせる)と関係し、「私」(moi)とは関係がない。
しかし、音としては、effroiはrefroiditを、émoiはmoiと響き合う。
その上、[ oi ] という音を通して、4つの言葉が不思議な共鳴を聞かせてくれる。
その時、「私」と冷たさが連動して、「冷たい水(eau froide)」と「鏡(miroir)」を呼び出し、エロディアードの冷たさが鏡像の冷たさでもあることが、音を通して示される。
もう一つの音にも耳を傾けてみよう。
最後の3行では、何度も、母音[ ou ]が繰り返される。(アソナンス)
vOUlait, tOUcher, jOUr, tOUr, tOUr.
そして、これだけの反復が耳につくと、最初に出てきたsOUrce(泉、源)が甦ってくる。
逆に言えば、sOUrceが、jOUrやtOUrを予告しているともいえる。
こうした音の表現から、辞書的な意味では「無」関係な言葉に「新たな」関係が生まれ、源と塔と一日という言葉の網が形作られる。
こうしたことを意識して詩句を声に出して読んでみると、音が意味を繋げる役割を感じ取ることができるだろう。
以下の朗読だと8分35秒くらいから、エロディアードの詩句が聞こえてくる。
詩句の内容を読み取っていけば、乳母がエロディアードに触れようとする行為は、不敬で(impiété)、冒瀆(sacrilège)な罪(crime)になるという。
口づけも、香料も、同じこと。
そうしたことは悪魔(démon)の仕業に違いないとさえ、姫は言う。
逆に言えば、エロディアードは、自分のことを神聖な存在と見なしていることになる。
だからこそ、実体の実在を信じる乳母との接触(toucher)は、不幸(malheur)を引き起こすことになる。
エロディアードの言葉が、途中から、自分の心に対する呼びかけ(Ô mon cœur)のように感じられるためだろうか。乳母は彼女の言葉を受け止めることなく、自分の思いを口にする。
N. (乳母)
Temps bizarre, en effet, de quoi le ciel vous garde !
Vous errez, ombre seule et nouvelle fureur,
Et regardant en vous précoce avec terreur ;
Mais toujours adorable autant qu’une immortelle,
Ô mon enfant, et belle affreusement et telle
Que…
奇妙な時間、本当に。その時間から、天があなた様をお守りくださいますように!
あなた様は彷徨っておられます、孤独な影となり、新たな狂乱となり。
そして、見つめておいでです、早熟なあたな様の内面を、恐れながら。
それでも、いつも愛らしくいらっしゃいます、不死の女性と同じほどに。
おお、愛しの姫様、恐ろしいほどお美しい、そして、
あれのようでいらっしゃいます。。。。
乳母は塔のことなど話題にせず、時間について口にする。
奇妙な時間(temps bizarre)とは、乳母の生きる時間、現実的で、時計によって測ることができる時間とは異なる、エロディアードの生きる時間のことだろう。
それは、乳母が触れれば姫に不幸が起きるような時間だ。
彼女にはそうした時間は理解不可能であり、天がエロディアードをその時間から守ってくれるようにと祈願する。
その後、乳母の目を通して見えるエロディアードが描かれる。

エロディアードは影(ombre)のように見え、乳母に対する怒り(fureur)を常に新たにする。
思い出せば、最初から乳母にとってエロディアードは影ではないかと思われた。(« vois-je ici l’ombre d’une princesse ? »)
エロディアード自身、鏡に映る自分の姿を、彼方の影(une ombre lointaine)と見なしている。
ということは、乳母が、主体として実在するエロディアードを見ていようが、鏡に映った映像である客体的なエロディアードを見ていようと、どちらにしても影を見ていることになる。
その乳母は、時計によって測られる、現実的な世界観を体現している。
そのことは、早熟(précoce)という言葉によって示される。
彼女はエロディアードを、不死の存在(une immmortelle)のように美しいが、しかし、早熟だ言う。
時間の存在しない不死な存在に早熟と形容することは矛盾している。乳母がその言葉を使うということは、彼女が時計的な時間で姫を測っていることを示している。
姫の美が恐ろしいのは、奇妙な時間に属する美だからだろう。
そして、それがどのようなものか言おうとして、口ごもる。
エロディアードはその言葉を終わらせず、触れることに話を戻そうとする。
H.
Mais n’allais-tu pas me toucher ?
N.
J’aimerais
Être à qui le Destin réserve vos secrets.
H.
Oh ! tais-toi !
N.
Viendra-t-il parfois ?
H.
Etoiles pures,
N’entendez pas !
H. (エロディアード)
でも、私に触れようとしなかった?
N. (乳母)
願わくば、
私は、運命があなた様の秘密を委ねられたお方のものになりとうございます。
H. (エロディアード)
なんということを! お黙り!
N. (乳母)
あの方はいらっしゃるでしょうか、時々は。
H. (エロディアード)
純粋な星々よ、
何も聞こえませんように!
ここで詩句のテンポが一気に上がり、二人は短い言葉のやり取りを繰り返す。
その対話は、12音節の一つの詩句が、3つのセリフに分割されるところから始まる。
乳母の« que (1) »を受け、エロディアード、乳母と続く詩句。
Que … (1) / Mais n’allais-tu pas // me toucher ? (8) / J’aimerais (3)
同じ分断は次の詩句でも見られる。
Oh ! tais-toi (3) / Viendra-t-il // parfois (5) / Étoiles pures (4)
こうしたスピード感のあるリズムは、エロディアードの独白とも思われる詩句と対照をなし、重厚な詩句に軽さを与えることに役立っている。
内容的に暗示されるのは、運命(Destin)がエロディアードの秘密(vos secrets)を預けるという存在。
詩句の中では、その秘密が何なのか、それを預けられるのか誰なのか、何も語られていない。

ここでは、個人的な解釈として、その秘密を、マラルメが出会った「虚無(le Néant)」に関係することと考えたい。
言語の底の「虚無」。自己の底の「虚無」。
そして、「虚無」を長い間下った後で到達しうる「美」。
では、誰に?
それも詩の中には出て来ない存在。
とすれば、エロディアードが死を与えることになる洗礼者ヨハネだと推測できる。
乳母の言葉から、ヨハネはまだ塔に来ていないことがわかる。
そして、エロディアードの星に向かっての呼びかけから、彼女が彼に来ないで欲しいと望んでいることもわかる。もちろん、運命を知った上で。
N.
Comment, sinon parmi d’obscures
Epouvantes, songer plus implacable encor
Et comme suppliant le dieu que le trésor
De votre grâce attend ! et pour qui, dévorée
D’angoisse, gardez-vous la splendeur ignorée
Et le mystère vain de votre être ?
H. (エロディアード)
Pour moi.
N. (乳母)
どのように、人を恐れさせる暗い星たちに
囲まれてでないとしたら、今まで以上にに呵責に夢見るのでしょうか、
ちょうど、あの神に祈願するようにして、そう、あなた様の優美という
お宝が、お待ちしている神様に! でもいったい誰のために、
不安に苛まれながら、保っていらっしゃるのですか、あなた様という存在の、
人に知られぬ輝きと、虚しい神秘とを。
H. (エロディアード)
私のためです。
エロディアードが呼びかける純粋な星(étoiles)は、乳母にとっては暗く(obscures)、恐ろしい(époouvantes)存在になる。
この視点の違いは、二人の世界観の違いを明確に示している。
乳母の視点からだと、エロディアードは夢を見ている(songer)。
激しく、呵責ない様子で、しかも神に懇願するように。
(songerという動詞の後ろに形容詞implacableが続くのは非文法的だと考えられるが、こうした用法がないわけではない。ここでは、comme suppliantと同格になり、songerの状況を表現すると考えていいだろう。)
エロディアードが懇願する神は、彼女の美が待ち望んでいるのだから、彼女の美を保証してくれる神と考えていいだろう。
乳母もそこまではわかるのだが、しかし、その美の本質を知ることはできない。
だからこそ、乳母にとってエロディアードの輝きは人に知られないものだし、彼女の存在の神秘は、虚しいものなのだ。

そこで、誰のために、あなたは美しいのかと問いかける。
すると、エロディアードは答える。「私のために」と。
この答えは、主体と客体を峻別する乳母には、理解できない。
なぜなら、「私のため」という言葉は、エロディアードの世界観ーー主体である「見る私」と客体である「見られる私」の相互関係の中にしか「私」は存在しないーーに基づいているからである。
モナリザに、あなたは誰のために美しいのかと問いかければ、「私のため」と答えるかも知れない。そして、その美は、世界のためでもある。
モナリザの神秘的な微笑みが、そうした美を体現している。
N.
Triste fleur qui croît seule et n’a pas d’autre émoi
Que son ombre dans l’eau vue avec atonie.
H.
Va, garde ta pitié comme ton ironie.
N. (乳母)
悲しい花、たった一人で育ち、動揺としては、
その影だけ、無気力な様子で、水の中に見える影。
H.(エロディアード)
わかりました。哀れみも、皮肉も、後に取っておきなさい。
乳母はエロディアードを理解できない。そして、彼女の言葉は、エロディアードにとっては、哀れみとか嫌みの言葉にしか聞こえない。
そのことは、atonie(無気力)とironie(皮肉)が韻を踏んでいることから、音としても表現されている。
しかし、それにもかかわらず、乳母の言葉は、神秘的な「美」を直感的に言い当てている。
そのポイントになる言葉は、「動揺(émoi)」。
この言葉は、エロディアードが乳母に投げかけた言葉の中で、すでに使われていた。
« […] conte-moi
Quel sûr démon te jette en ce sinistre émoi »
言ってみて、
どんなに確かな悪魔が、お前を、この不吉な動揺に投げ込んだのか。
Émoiはmoiを含み、「私」とは、水の中に見える影に過ぎない。
その水は、鏡のように、一本の花を映し出す。
水面にほとんど何も動き(émoi=動揺)がなければ、その映像も動かず、無気力(atonie)に見える。
モナリザに激しい動きを感じるだろうか。
彼女の最大の魅力が、口元に浮かんだ僅かな笑みだとしたら、乳母の言葉は、美の本質を突いている。
その上、« Triste fleur »で始まる2詩節自体、非常に美しい。
N.
Toutefois expliquez : oh ! non, naïve enfant,
Décroîtra, quelque jour, ce dédain triomphant.
H.
Mais qui me toucherait, des lions respectée ?
Du reste, je ne veux rien d’humain et, sculptée,
Si tu me vois les yeux perdus au paradis,
C’est quand je me souviens de ton lait bu jadis.
N.
Victime lamentable à son destin offerte !
N. (乳母)
では、教えてください。いいえ! うぶなお子様、
衰えていくでしょう、いつか、そのような勝ち誇った軽蔑は。
H.(エロディアード)
いいや、誰が私に触れるでしょう、ライオンたちさえ敬った私に。
その上、私は人間的なものは何も望みません。彫刻のように彫り込まれた、
私を、乳母様は見るのです、天国に目を奪われて、
その時、私は思い出しているのです、かつて飲んだ乳母様の乳を。
N. (乳母)
自らの運命に捧げられた、哀れな犠牲者!
乳母は謎を説明して欲しいと口にするが、しかし、思い直し、エロディアードに対する保護者のような言葉を口にする。うぶな子供(naïeve enfant)という表現が、そのことを端的に示している。

その乳母の姿勢に反発するかのように、エロディアードの方は自らの尊厳を主張する。そして、その時には、乳母の世界観に基づた反論になっている。
つまり、人間的な次元と天(イデア)的な次元の区別をする世界観。
実在とその反映の区別する世界観と言い換えてもいい。
実際、彼女は人間的なものは何も望まないといい、自らを彫刻に見立てる。
彫刻とは、理想(イデア)の表現であり、人間の上位に位置する。
ミロのヴィーナスは、どのような人間の女性よりも美しい。
ライオンたちに尊重され(respectée des lions)とか、天に目を向け(les yeux perdus au paradis)という表現が、地上を越えた存在を指し示している。
そして、最後に、乳母の乳を思い出す時だと付け加え、二元論的な思考が、現在のエロディアードの思考ではないことを明白にする。
そうした姿は、乳母にとっては、運命の犠牲者でしかない。
この乳母の哀れみの言葉に対して、エロディアードは21詩行に及ぶ長さの返答をする。